第6話 襲撃(5)

俺の輝きに

見蕩れて眠れ



***



「〈災禍と混沌の匣パンドラ・ボックス〉」

アレクシアはここでガレスを倒すため、2つめの固有魔法を発動。

それは即死攻撃が可能な凶悪なる魔法。25の禁忌魔法のうちの1つである。

彼女の手には紫色の立方体が現れる。それは一般的なサイコロとさほど変わらぬサイズ。

その立方体から怪しくどす黒い煙が立ち上る。

その煙を吸うと、死ぬ。問答無用で死に至る。

ただそれだけの魔法である。

だが、シンプルな能力ほど厄介。

更にこの固有魔法の厄介なところがある。それは、術者であるアレクシアが視認できる範囲内であれば、この煙を吸う人物を選べるのだ。


「ガレス・サンチェス。――吸え」

対象を自由に選べる。

それは当然、相手が変身していても。

――本来であれば、アレクシアが相手を指定した時点で煙は真っ直ぐその者の方へ行く。

しかし。煙はアレクシアの手元を漂うのみで、一向に動かない。


そんなはずはない。この場にいる2人の遠渡。そのうちの1人は確実にガレスのはず。なのに何故。この煙は手元を漂うばかりなのか。

ならば、次の能力だ。

「災禍――解!!」

手の中の立方体の色が赤く変色する。

選択した対象に向け、〈災禍〉を放つ。

災禍とは、天災あるいは事故を意味する。この〈災禍〉を解放すると、対象は何故か急に体調を崩したり、どこからか鉄骨が降ってきたりと、不幸が連続する。そしてその不幸の全てが、命の危機に直結するレベルのものばかり。

だが、それも。不発に終わる。

アレクシアの顔に焦りが見える。

ならば、次の能力。

〈混沌〉を解放するしかない。

だが、それは。あまりにも危険。下手すればこの場の全員が死ぬ。無論、アレクシア自身も含めて――だ。

(――〈混沌〉の発動はやめい。それは許可せんぞ)

アレクシアの頭の中に1位――オスカーの声が響く。

(冷静になれ、アレクシア嬢。お主の煙は対象を選べるんじゃろ?それが通じないってことは、どういう意味じゃ?)

2人の遠渡。

否―――2人遠渡か。

(その通り。ガレスの擬態は真似ごとではない。完全なる擬態。変身。変態。変化。じゃからその煙はガレスを見つけられぬ)

なら、どうすれば。


(――アレクシア嬢。このWWOまで着いて来てくれた西牙の倅を、もっと信用するんじゃ)

別に信用してない訳じゃない。

だから、アレクシアが〈刹那の切り抜き〉を使った後に遠渡に攻撃を任せた。

だから、煙幕に紛れて遠渡に変身しても彼女は笑っていた。

(なら、今も信じて、頼って、任せてみよ)

――いいのか。

本当に良いのか。

アレクシアはオスカーのその言葉の真意に気付いて。それでも尚、躊躇ってしまう。

なぜならこれからやろうとしていることは。

失敗すれば1位が死ぬ。

遠渡が動いてくれなければ、オスカーが死ぬ。

世界の均衡が崩れる。

(構わん。――やれ)

アレクシアはオスカーを見る。

(そうだ。この男は最初から覚悟を決めていた。だから私が固有魔法を発動しようとしたとき、)

まったく――その覚悟に気付けないなんて、私はまだまだ三流だ、と自虐的に笑い。

そして。


オスカーと遠渡を信じて。


再び煙を放つ。

ただし、その対象はガレスではなく。

「オスカー・グレイヴ。――吸え」

世界1位である。

その命令をオスカーは何の抵抗もなく受け入れる。


魔法による行為の強制。

この場合で言えば〈煙を吸う〉という行為の強制。

あるいは、魔法による攻撃。

例えば、火属性魔法や水属性魔法など。それから重力操作などの概念魔法。

あらゆる魔法的要素は、無効化できる方法がいくつかある。

1つ。魔法の相性による対消滅。

2つ。無効化や透過などの魔法による回避。

3つ。方法。

4つ。――これは例外中の例外だが、白恋の〈反射〉である。


アレクシアの魔法など、オスカー程の実力者であれば、無効化など容易なはず。

それでも彼は、受け入れる。


「―〈無限不終アンリミテッド〉!!」

そこに割り込むのは、遠渡の固有魔法。

「な、何やってんだアレクシア!!1位を狙うとか、どうかしてるぜ!!」

2人の遠渡。そのうち、固有魔法を発動した遠渡は声を荒らげてアレクシアを責め立てる。

「オーケー!!!」

アレクシアは。

オスカーは。

分かっていた。

本物の遠渡なら、オスカーを狙った即死攻撃を固有魔法で防いでくれると。

煙とオスカーとの距離を無限にして、護ってくれると。

そう信じていたからこその作戦。

「最初からそういう作戦って言え!!」

「最初から言ったら、ガレスにバレるじゃないの」

アレクシアは固有魔法を解除して、本物の隣に立つ。

2人が並んで攻撃を仕掛けようとしたが、それを見慣れぬ不気味な生物に邪魔される。

「〈百鬼夜行パプリカ・パレード〉」

偽物に対して固有魔法を発動するのは、5位。

凄惨隠遁カラミティ・エンド〉のミリア・ワトソン。

体は女。心は男。


椅子に座って携帯ゲーム機に夢中になりながら。それでも固有魔法を発動する。

固有魔法。それは、使用者の精神が。魂が。思想が強く反映される。

故に、固有魔法は己の心と強く結びついている。

静寂に包まれた朝の湖畔のような心が。獲物を捉えんとする猛る獅子のような心が。そんな反する2つの心が必要。この矛盾を克服し自分なりに解決する事でコントロールが可能となる。

ゲームをしながら、片手間で発動できるようなものではない。

だが、この天才はそれをやってのける。


「グォォォ――」

「ガァルルル―――」

「ギャァァァオ!!!」

ミリアの固有魔法は、異形の人形を無数に召喚する。その人形の全てが、おおよそ人とは思えぬ形をしている。そのどれもが人語を介さぬ、吼えるだけの隷従者。

――ただし。

その人形には、いくらでも効果を盛れる。後付けの設定を追加できる。

史上最年少の〈十大魔皇〉に選ばれた10歳の天才。幼いことと弱いことは決してイコールではないが、彼は群を抜いて特別な存在。


(遠渡に変身してる今、この異形の人形を回避する方法は固有魔法―〈無限不終〉を発動することだけ。それなら、オレの人形で取り囲んで魔力切れで倒れるまで攻撃し続ける――とか思ってんだろ!!)

ガレスは固有魔法を発動したミリアを睨みつけ、その思惑を看破する。

「オレの思考は読めた――って、調子に乗ってるんじゃないの?テメェみたいな羽虫以下のカス魔法士がよォ!このオレに勝てるワケねぇだろ!!ゴミ虫がァァ!!」

ミリア・ワトソン。普段はゲームに夢中だが、1度スイッチが入ると激昂するタイプか。

――ミリアの固有魔法で出現したその異形には、いくらでも効果を盛れる。設定を後付けできる。

ならば、当然。

「オレの人形は、固有魔法を喰い破れる」

後付けで何でもできる。それはまるで2位の思い込みの力のようだ。


〈無限〉に牙がかかる。

異形は、遠渡に擬態したガレスと自身の間にある〈無限〉を破り、零に近づく。

「バカな――〈無限〉だぞ!何で近付ける!?」

ガレスの顔に焦りが見える。だが、

異形は無限を食い尽くし、ガレスを捕らえる。

「オレの人形に掴まれている間は、魔法を発動できない」

ミリアは人形にその能力を与え、ガッチリとガレスを掴む。

殺しはしないが、身動きが取れない程度には主要な関節を外す。



ミリアに限らず、絡繰仕掛けの人形やおもちゃ、あるいは死体などを操る魔法士はいる。

彼らに共通するのは、〈個〉ではなく〈全〉への指示しかできないということ。仮に、人形それぞれに指示を出せたとしても簡単な指示や思考を必要としない指示になるだろう。しかし、ミリアは違う。

〈魔法を発動できない〉という能力を付与した人形。

関節を外すための人形。

重量を増やし、押さえつける人形。


何でもありの能力だからこそできるその芸当。

どうすれば魔法を封じれるかなんてミリアは知らない。

どこの関節を外せば良いかなんてミリアは知らない。

どうすれば動けなくなるかなんてミリアは知らない。

――全て、人形が。

おおよそ人の形を保っていない異形が。自ら考えて動いている。


「〈白絡泉〉を穿て」

新たな人形に命令を下す。

〈白絡泉〉―心臓の左下にある、魔法士のみに存在する器官。魔力を生成し、全身に送り届けるためのもの。そこが機能停止になれば、魔法士は魔法を使えない。つまり、何もできない。

触腕の先が鋭く長い針になった異形を召喚する。

それは容赦なくガレスの心臓の左下を貫く。

「もう良いぜ、戻れ」

ミリアは固有魔法を解除。

白絡泉を破壊した。故に魔法は発動できない。


「――さて、聞かせておらおうかの」

オスカーはガレスに尋ねる。今回の目的を。

そして〈観察者グレゴリオ〉の企みを。


「ククク――」

追い詰められ、魔法も使えず、何もできない。

それでもガレスは笑う。

「ハハハハハハハ!!!」

ガレスは笑いながら。

関節が外れたはずの体で立ち上がる。


「〈二つ名〉――まさか忘れたわけじゃないよな?お前らWWOが決めたシステムだぜ――なぁ?」

〈二つ名〉――それは。

かつての日本国内閣総理大臣兼〈十大魔皇〉1位。

神風 陣捌かみかぜ じんぱちが決めたシステム。

WWOの上位100人。

ランキングにこだわらないが、確かな実力のある者。

国際的に有名な凶悪犯罪者。

人類社会や魔法の発展に貢献した者。

唯一無二の特別な力を持った者。

――それらに与えられる称号にも似た肩書である。


ガレス・サンチェス。世界的に有名な〈観察者〉に属する犯罪者。

彼に〈二つ名〉を与えたのは、誰か。

答えは簡単。現WWO会長のオスカーである。


「〈変幻自在ファンタズマ〉――忘れたか?」

〈二つ名〉は、その者の特徴や精神性、固有魔法などを表す重要なもの。

その名を聞けば、どのような魔法士なのかが分かる。

そういう風にできている。

「俺はとっくに、魔法士ニンゲン辞めてんだよ!!」


固有魔法――〈完全擬態〉は、別の誰かに成り代わる変身能力。身長や体重は勿論、体臭や血液型、歯並び、固有魔法に至るまで。ありとあらゆるものを完璧に真似る力。

この能力による〈擬態〉こそ、真の能力。

――だが、ガレスは。

この力の別の使い方を考案した。


「固有魔法の魔力消費量は固定。だから、例え魔力が残っていても、固有魔法の発動に足る魔力量でなければ意味がない」

それは、世界中の魔法士が知っていることだ。

「魔力が足りないのに固有魔法を発動するとどうなるか知ってるか?」

ガレスの問いかけ。その答えをガレスが自ら口にする。

「中途半端なところで終わっちまうか、不発か。奇跡的に発動できても魔力切れでぶっ倒れる。俺はこの、〈中途半端〉ってのを気に入ってなぁ」

「擬態が途中で終わっちまう。するとどうなる?俺の体なのに、全く別の誰かの体が混じることになるんだぜ!!」

見た目はガレスのまま。けれど中身は自他が入り混じるキメラ状態になる。

中身――即ち体内。つまり臓器。それらはとうの昔にぐちゃぐちゃになっている。

「心臓は3つ。そして白絡泉は7つある。お前らが1つ壊した程度じゃあ俺は止められない!!」

固有魔法は使い方次第で化ける。それはこの場の誰もが分かっていることだ。

〈十大魔皇〉に名を連ねる者だけでなく、アレクシアも遠渡も、それはよく分かっている。

だが、その認識があっても、わざと魔力が足りない状態で固有魔法を発動しようなどと考えたことがあっただろうか。

「ディミトリとベルナルドを呼び戻す」

オスカーは、に戻るようにテレパシーの魔法を飛ばす。

その連絡にすぐに答えが帰って来る。

「申し訳ないですけど、無理です」

――明らかに負傷したベルナルドの声。

「今、ちょっと動けません――」

それだけ言い残して一方的に連絡を断たれてしまった。

3位が追い詰められている。そんなのありえない。

オスカーが最も信頼しているのが、ベルナルドだ。そんな彼が追い詰められるはずがない。

そこまで力のある魔法士がいてたまるか。ましてや〈観察者〉に、そんな魔法士がいただろうか。

――まさか。

オスカーの頭に一つの可能性が浮かぶ。最悪の可能性だ。

「裏切ったな―――ディミトリ!!!」



***



時は遡ること数分前。

「リスの話って、結局なんだったん?」

ベルナルドは共に歩くディミトリに質問する。

「裏切り者。オレが裏切り者だということを忘れていたお前が、今ここでオレに攻撃されたら――」

ディミトリは歩みを止める。

「お前はオレのことを恨むのか気になった。それだけだ」

明らかな臨戦態勢をとるディミトリ。

その構えはまるで相撲だ。

腰を低く落とし、両手を握り床へ付ける。脚に力を込めて――突進。

極寒の雪国が産んだフィジカルモンスター。身長2メートル12センチ。体重190キロ。脂肪と筋肉の塊が、ルールなど無用で突っ込んで来る。

狭く長い廊下で、その突進を受けるのは不可能。

ベルナルドは為す術なく吹き飛ばされる。

「ば、バケモンか――っ!!」

全身の骨が砕ける痛み。それに耐えながらベルナルドはかろうじて着地の衝撃を殺す。立ち上がろうと顔を起こした瞬間、ディミトリの全力の張り手が頭部を直撃する。またも吹き飛ぶベルナルド。

一瞬だが意識も飛んでしまう。

「――ハッ!!」

気がついた彼が最初にしたのは、首から上がつながってるか確かめることだった。頭頂部から首にかけて、感覚があるか丁寧に確かめる。

つながっている。

だが、鼓膜は機能していないようだ。顎骨も鼻骨も砕けている。かろうじて左目だけは機能している。


「なんや急に――裏切り者?アンタが?笑えない冗談はモテないぞ」

「お前はモテるのか?」

「当たり前だ」

「――なら、さぞ面白い冗談が言えるんだろうな」

「あぁ。言える。言えるさ――ディミトリさんよ。なんたって俺は世界一のモテ男だからな」

全身がバキバキになりながらも立ち上がるベルナルド。その体は既に満身創痍。

「世界一のモテ男?――笑えるな」

ディミトリはまたも相撲のような突進の構えを取る。

「だろ?笑えるよな?」

ベルナルドも、負傷した体で構える。

――ディミトリはベルナルドの構えまどお構いなしに突進。


「構えっちゅうモンは――」

戦闘における構えとは。

次に繰り出す技にスムーズに移行するための姿勢のことである。


ランナーはわざわざ一歩引いた状態でスタートラインに立つ。これは、スタートの合図と同時に、引いた脚を前に出すことですぐに走り出せるから。

合図の後に一歩引いて――では遅いのだ。


戦闘においてもそれは同じ。

ディミトリの構えはこれ以上ないほどにわかりやすい。すぐに突進できるようにするための姿勢。

対するベルナルドの構えは、というと。

両足を大きく広げ、両手を頭上に掲げる。これだけ。

重要な器官の詰まった腹部をさらけ出し、頭も首もノーガード。

――そんな不自然な構えを見逃すほうがどうかしている。

これは明らかな誘い。

さっさと突進をしてこいというディミトリへの挑発。

これをディミトリは無視して、何の考えもなく突進した。

(全身の骨が砕けた今、何もできないだろ)という考えの甘さ。

に何の疑問も持たなかったディミトリの愚策。

「――っ!?」

「俺が立っていること。この不自然に急所をさらけ出した構え。それに気づかんかったお前の負けだ。地獄に落ちろ」


3位――ベルナルド・カデロ。

固有魔法――〈光学明彩カレイドスコープ

光の色や反射、輝度など。ありとあらゆる光の要素を自在に操る魔法。

これにより、彼は。もう既に行き止まりになっていた廊下を、まだまだ先が長いかのようにに見せていた。無論、この立っているベルナルドも光によって作りだした幻。

それに気づかずに突進をかましたディミトリは。廊下を突き破り、真っ逆さまに落ちていく。


アメリカ合衆国・ワシントンDC上空1000メートル。WWO本部。


陸路からの侵入は絶対に不可能。空島を球体状に覆う磁場と電気シールドによる防御。それは、外からの侵入を防ぐだけではない。内から外へ敵が出ていくのも防ぐことができる。

電磁シールドによってとらえられたディミトリは、もはや何もできない。


「あぁ――しんどいわ」

ため息と共にその場に座りこむベルナルド。もう動けない。なんせ全身骨折は本当 のことだ。これで立てるのは、気合と根性と勢いでなんでも乗り越える6位か、最強の1位くらいだろう。あぁ、痛覚がない10位もか。

「ほんと、世界一のモテ男が台無しだ」

汎用魔法の回復魔法でとりあえず骨折を治すのに専念するか。

「ベルナルド。会議場まで戻れるか?」

突然、頭の中に声が響く。1位からの招集だ。

だが、今は無理。全く動ける気がしない。


そんな彼に、更なる試練。

ディミトリが、壁の穴から入って来る。

「――って、オイオイ。嘘だろ」

登ってきたのか?

いやいや、どうやって?ここは空中に浮かんでいるんだぞ。

空中に掴めるものなんか無い。鳥に掴まってか?飛行機でも飛んでたか?

――そんなバカな話があるか。

「固有魔法だな?」

ベルナルドが勘で言った言葉に、ディミトリは頷く。

「〈万物切断クライマックス〉――それがオレの固有魔法だ」

対象物を設定。それに固有魔法を発動すると、ディミトリの任意の数に等分割できる。また、分割した中でいらないパーツは、ディミトリでもわからないどこか別の場所へ消える。消えたパーツの部分は詰められ、最初からその場所はなかったことになる。それが固有魔法の能力。

壁に穴を開け落下した瞬間、ディミトリは固有魔法を発動。

対象は自身とWWO本部との距離。

それに固有魔法を発動することで〈距離〉を分割。自身とWWO以外のパーツをいらない物として消す。いらないパーツの場所は詰められる。つまり、自身とWWO本部が一気にぐっと近づく。

結果として、ディミトリはWWO本部に手が届く。これにより彼は戻ってきた。


「なんやその某奇妙な冒険の4部に出てきそうな能力。あの〈手〉とほぼ同じ能力じゃないか」

しかも、ディミトリの場合――頭が回るからやっかいだ。

自身の力を知りつくし、応用する。

応用できるだけの知識と知恵と閃きがある。

「オレはその冒険ってのは読んだことはない。おれは日本の〈HENTAI〉は好きだが、〈MANGA〉はあまり興味ない」


「――知らんとそんな使い方してんのか。面倒くさいな」

こうして会話をしているのも、全ては回復の時間を稼ぐため。何とかして立てるくらいまで回復しなくては。

先にこちらの手の内を明かした以上は、勝たなければならない。同じ手は通用しないだろう。

「――で、アンタの目的はなんだ、ディミトリさん」

「オレに意思はない。おれは祖国に従う兵士でしかない。全ての〈十大魔皇〉を殺せとオレは命令された。手始めにお前だっただけだ」

祖国――ロシアが?

何の為に?

〈観察者〉とは関係ないのか?

いろいろな疑問が湧いては消える。

「それで良いんか?」

「オレには良いも悪いも無い」


「そんなの――悲しすぎるだろ。そんなのあんまりだろ!ディミトリさんよぉ!!」

――命令だから殺す?

ふざけるな。

命令なら何をしても良いのか。

盲目になって従うだけが部下の役目じゃないだろう。

ベルナルドは認めない。そんな悲しいマシーンになることを、彼は認めない。


「――なんで俺が1位から最も信頼されてるか、分かるか?」

ベルナルド・カデロ。

彼には。ある秘密がある。

厳密には彼だけでは無い。全ての魔法士が会得する可能性は十分にある。だが、その可能性を手繰り寄せ、力にできるかは全くの別問題。


――固有魔法とは。使用者の思想が。心が。魂が強く反映される。

だとするならば。この〈先〉の力は。


「精神そのものの力、よく見とけ」

人はそれを、〈きわみ〉と名付けた。

ベルナルドは、〈極〉を体得した。

故の信頼。

「〈光の極〉――」


まっすぐ両の脚で立ち。相手を見つめ、目をそらさずに。

朝霧に包まれた薄明の町中のような静かな心を左手に。

今にも噴火しそうなほど憤る火山のような熱い心を右手に。

そしてそれらを強く叩き合わせ。

腹の底から声を上げる。



照赫かがやけ――〈光輝燦爛光学明彩カレイドスコープ・イクス〉!!」


〈極〉の効果は主に3つ。

1つ――固有魔法の大幅な強化。

効果範囲や威力などが格段に上昇する。

2つ――発動中は、固有魔法による魔力消費がなくなる。

正確には、〈白絡泉〉が魔力を生成する速度が爆発的に向上する。消費した分の魔力を瞬時に作り出すことで、結果的に魔力消費がないかのように見える。

3つ――固有魔法を応用した技が使えるようになる。

〈固有魔法〉とはあくまで魔法。それをどう使ったところで、本来の使用目的や用途から大きく外れることはない。だが〈極〉は、その目的や用途からある程度だが外れ、思い思いに使うことができる。


そして、この〈極〉には、発動の制限時間がない。

勿論、長く使えば使うほど解除後の反動がでかい。最悪〈白絡泉〉が破裂し、二度と魔法が使えなくなる可能性もある。

現在、この〈極〉の発動ができるのは公式では、世界に8人。

ベルナルド、リチャード、オスカー。

そして、白恋の5人の師だ。


「アンタを倒して、全部――全部!1つ残さず話してもらう」

固有魔法の更に上。

魔法の頂きに立つ世界3位。


「俺に話すことは何もない」

対するは、目的も謎の世界9位。


混沌極まるこの戦局。

次から次へと戦いが起きるこの場面。


次なる一手を指し、王手をかけるのはどこか。

それは誰にも分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る