第5話 襲撃(4)

真似し真似され

愛し愛され

そうして世界は蕩けて堕ちる



***



「真窮流剣術・秘剣の弍――」

突然、白恋は糸を束ねて刀を作る。そのまま流れるかのように秘剣の構え。目の前の世界2位を相手に、唐突に斬りかかる。

「――燕返し!!」

大きく振り上げた刀を、力のままに振り下ろす。床に鋒が着く直前に切り返す。半歩だけ踏み込んで刃を上にして振り上げる。言葉にすればそれだけの雑な技だが、その技を完成させるには途方もない努力が必要となる。

そもそも、刀を大きく振り上げた時点で腹部はがら空き。そこに攻撃されては秘剣も何もない。

次に、振り下ろした刀の鋒が床に着く前に切り返して振り上げる。

床に着いてはダメなのだ。床から遠すぎてもダメなのだ。床と鋒との間は僅か1ミリにも満たないほど。そこまで耐えての切り返しとなると、ほぼ不可能に近い。刀とは細長い武器である。柄があり、刃があり鋒がある。振り回すとどうしたって遠心力が生じる。その力は手元から離れれば離れる程に強く大きくなる。つまり、己の武器で最も遠心力の働く箇所が、1ミリにも満たない程の隙間を残して切り返す。それは単なる腕力や膂力だけでは再現不可能。


――だがしかし。これらの課題をたった15歳で解決できる者がいる。それこそ白恋だ。

がら空きの胴体への攻撃――〈反射〉の呪いで無効。

ミオスタチン関連筋肉肥大症により、遠心力など問題にすらならない体。

そして師の1人に〈剣聖〉――真窮流の開祖がいること。

〈燕返し〉の習得にこれ以上ないほど恵まれた体と環境。

これで〈燕返し〉ができない方がおかしい。



「当たらないわよ」

白恋の剣は当たらない。その思い込みによって彼女は回避をする。

否、正確には。

僅かに剣が鼻を掠める。切り返した刃は顎を裂く。

「――っ!?」

思い込みが。固有魔法が通じない。それはつまり。

どんなに努力しても2位にはこの男の剣技を避けることはできないということ。


「急に攻撃して悪かった。――でも、俺の技は〈十大魔皇オーバーズ〉に通じるって分かった」

2位――ジョージの固有魔法とて無敵ではない。

今現在の人類にできることに限り、その思い込みを現実にできる。

逆に、全世界の誰も実現していないことはできない。

あるいはジョージと相手の魔力量の差や体格や技術の差があまりに大きく〈思い込み〉ななどでは埋まらない場合。その場合には思い込みを現実にできない。


白恋のこの秘剣は師である〈剣聖〉や〈影〉には通じない。よって、誰もが回避不可能の必中の一撃ではない。

ならば、ジョージが白恋の剣をくらった理由はただ1つ。

白恋の剣技が、ジョージの固有魔法では回避できない程に圧倒的である、ということ。


ただし、そこには大きな誤算があった。


「いいわぁ――とっても良い!!このアタシより強いオトコを求めていたのよ!!」

ジョージを滾らせてしまったことである。

ジョージが2位にいるのは、偏にその固有魔法の強力さ故。

彼女の〈思い込み〉が通用しないのは――つまり、彼女より強いのは世界1位のオスカーのみ。

どう足掻いても勝てない絶対なる壁。それが彼女にとってはあまりにも巨大で絶大。

その〈壁〉しか彼女の乾きを満たしてくれない。

それが、今。目の前に、新たなる〈壁〉が現れた。


思い込みにより、自身の体を極限まで強化し硬化する。それを音速を超える速度で放つジョージ。

だが、それは悪手。ジョージは白恋の呪いを知らない。故の悪手。

彼女の一撃は。ダメージは。痛みは。傷は。全て彼女自身に返る。

ジョージは己の拳の力を己で受けて、口から血反吐を吐く。そのまま腹部を抑えて蹲る。


「分かっちゃいたが、この〈呪い〉も通じるみたいだな――〈十大魔皇〉レベル相手にも」

「う、美しくないわ。私が跪くなんて美しくない!!でも、この私に勝負を挑む貴方の美しさ!!アタシどうしたら良いの!?」

彼女の中の〈美〉という概念は、おおよそ他人が推し量れるものではない。理解することはできない。だからこそ魅力的なのだ。


独特な感性。それは社会を渡る上で不要なもの。ラーメン屋に入ればラーメンを食べるし、寿司屋に行けば寿司を食べる。それが普通の感性である。

だがジョージは。C・Jは違う。

ラーメン屋では何故かメニューの端っこに小さく書いてある唐揚げ定食を食べるし、寿司屋に行けばこれまた何故かあるステーキを食べる。

その理由は〈美しいから〉のただ1点。

こんな変人は社会において真っ先に排斥されるはず。輪を乱す者は徹底的に虐める。これこそ個性を認めぬ近現代の教育の賜物だ。故に大人は、個性を認めぬ。個性を認めぬ大人に育てられた子供も個性を認めない大人になる。

――だがしかし。その変な感性は。独特な感性は。異常な感性は。

時に、凡骨の無能な一般人からすれば羨望の対象となる。

何故か。そんなの簡単だ。

自分はまともでいたいけど、変わった人になりたい――そんな矛盾を己の内に抱えるからである。

だからこそ、SNSやメディアが発展したこの時代には、が溢れている。

そしてそれにも溢れ返っている。


〈自分は独特な感性を持つ憧れの人と同族なんだ。でも自分は普通に働いてるから隠してるだけなんだ〉と思い込み、矛盾を強引に解決しているだけ。

だから、本当に変な感性を持っている必要はない。そう思われるような演技さえ上手ければ、人々から憧れの目を向けてもらえる。

ジョージのいう〈美〉とは、その程度の、安っぽい哲学でしかない。

けれども。だけども。しかし。



「〈貴方は反射を使えない〉!!」

そう強く思い込み。

そう強く叫び。

ジョージは再び殴りかかってくる。

そのジョージの思い込みは。


いとも容易く打ち破られる。


魔法士如きの思い込みで、どうなかなるレベルではない。これは〈神〉の与えた力。

〈禍水巫龍神〉――何の神様かも知らんが、とにかく神である。人智を超えた究極の存在に、人間が敵うはずもない。

その結果に、白恋は納得しつつもガッカリする。

「お前の言うところの〈美〉ってやつこそ、俺の生きる意味なんだ」


相手を跪かせること。

最後に立っているのが己だけであること。

〈勝利〉と〈復讐〉こそが。

それこそ彼なりの〈美〉であり、白恋の全て。

愛?美?

――くだらない。


そんなものがあったって、メイリアには敵わなかった。刃が立たなかった。

役に立たなかった。

大切なあのひとを。

大好きなあのひとを。

護ることなどできなかった。


「俺はメイリア・ヴェスターを殺す。親父を見返す。それだけの為に生きてる。お前ごときに負けてたら、達成できない」


「――今、何て?メイリア・ヴェスターって言わなかった?」

ジョージの顔が、苦悶から絶望へと塗り替わる。

「あぁ。俺はかつてメイリアに負けている。大切な人を殺された」

「そうなのね。――貴方、名前は?」

「玄鉄 白恋だ」

「白恋――ハクちゃん。これは忠告よ。警告よ。今から私の言うことをしっかり聞いてちょうだい」

そこには、白恋の〈反射〉に戸惑い敗れた2位ではなく。

世界で2番目に強い実力者としての彼女がいた。

両の脚で立ち上がり、傷を抑えながらもその眼は白恋をしっかりと捉えている。

「はい」

白恋も思わず敬語になるほどだ。


「メイリア・ヴェスターは。彼女は―――」


紅蓮の鮮血ローゼフラウ〉ことメイリア・ヴェスター。少女の血を飲むことで魔法士として強くなれる。その狂った信念のもとに、衝動のまま少女を殺して歩く悪逆の大罪人。

その彼女は、今。

「奇しくも世界の均衡を保つ役目を担っている。彼女が死ねば、世界は終わる。戦争が始まるとさえ言われているわ」


この世界には、大きな力を持った3つの派閥が存在する。

1つはWWO。魔法士は加入が義務付けられた世界最大の組織。

2つめは〈観察者グレゴリオ〉である。

〈魔法士と非魔法士の人数が均等であるべき〉という思想を掲げる国際犯罪組織。

ある地域において魔法士が増え過ぎれば魔法士を。非魔法士が増え過ぎれば非魔法士を。組織である。

そして3つめ。

天与進権ギフト〉。

魔法士こそ人間であり、非魔法士は魔法士の奴隷となるべき、という過激思想の宗教団体。教祖は昨年末に死に、その後を継いだ者こそメイリア・ヴェスターである。


このうちの1つでもボスがいなくなれば。その組織を徹底的に潰したり強力な魔法士を引き入れたり。ただその為に戦争が起きるとされている。

白恋が求めたメイリアの命。

それを奪った瞬間。

その瞬間に戦争が始まる。

「なんで、そんな―俺と戦った時には、どこにも属していなかったのに――」

「それはいつの話かしら?」


あれは、忘れもしない。

3年前の12月25日。

玄鉄 白恋が12歳のときである。


「そうなのね。メイリアが〈天与進権〉に加入したのは2年前の6月。つまり、ハクちゃんがメイリアと戦った約半年後よ」


メイリアに負け、呪いを身に宿し、父に捨てられ、大切な人が死んだ。

それから3年。国立・第九魔法学園に入学するまでの間、ただひたすらに師を求め教えを乞うてきた。様々なメイリアに繋がる情報を漁ってきたが、彼女が〈天与進権〉に加入したことなど、誰も教えてくれなかった。


「それはそうよ。WWOが箝口令を敷いたからね。――とにかく、ハクちゃん。貴方がメイリアを殺せば戦争になる。それでも貴方が復讐を遂げると言うのなら――〈十大魔皇〉だけでなく、WWOの〈上位者ランカー〉が貴方を敵とみなして拘束しにくるわ」

その言葉に。

瞳に。

嘘はない。一点の曇りもない、紛れもない事実。

だが、それでも白恋は。


「俺を拘束?2位でも勝てない俺を、どうやって拘束すんだよ」


復讐の為に生きることしかできない。

仄火が愛に。

ジョージが美に生きるように。


白恋には復讐しかないのだ。


「1位の言葉を借りれば、貴方は〈青い〉のよ。魔法士どうし戦いにおける勝敗なんて大した意味もないわ。魔法の相性次第では簡単にランキングの差なんて覆るわ」

とジョージは言ったものの。白恋にはそんな相性なんて関係ない話である。ありとあらゆる攻撃を反射する。

白恋はジョージに。そしてこの場にいる颯歌にも、自身の過去と呪いについて打ち明ける。

「そういう事情なのね。だとしても〈十大魔皇〉はあなたを止める。たった一人の例外もない。そうでなければ秩序は保たれない」

「そうか――そりゃあ残念だ。都合よくここに2位がいるし――まずはアンタを踏み越えていこうか」

白恋が再び糸を束ねて剣を作る。


それに対してジョージは。白恋に干渉するタイプの〈思い込み〉は全て反射される。それを踏まえて、固有魔法を発動する。

「相手の身体能力は倍になる」――と。

その思い込みは反射され、ジョージの身体能力が倍になる。


この、ありとあらゆる魔法や物理攻撃を反射する能力の弱点。それは、白恋に対するバフや回復も反射してしまうこと。

それをあえて白恋は説明しなかったのに、見抜いた。

さすがは2位というほかないだろう。相手の能力の弱点を的確に見抜くその観察眼。


だが、それでもジョージは誤っている。


己の固有魔法に頼って戦ってきたジョージ。その身体能力はあくまで一般人と同レベル。そんな彼女が身体能力を倍にしたところで、白恋に勝てるはずがないのだ。


刹那の睨み合いの後。白恋がしかけたその瞬間。

「―――ん!!」

間に颯歌が割り込んだ。

「ん――ん!」

何かを訴える彼女。言葉にならない言葉を発しながら、何かを必死に打ち込んでいる。そして、打ち込んだそれを機械音声で再生する。

「私たちは明 雨桐を倒すために動いてる。なのに、助っ人と戦ってどうするの?時間の無駄だよ」


「それはそう。それはそうなんだけどよ――颯歌。でも俺は、戦いたい。この人と心ゆくまで戦いたいんだ」


「だめ。そんなのだめ。私はここで戦って消耗するべきじゃないと思う。そんなに戦いたいなら、この件が片付いてからにして」

感情などないはずの機械音声でも。颯歌の強い気持ちが伝わって来る。


颯歌は引かない。二人の間に立って、動かない。

正直な話。

颯歌には全く理解できない。1ミリも理解できないし、理解したくない。

戦いたいという気持ちが分からない。

魔法とは誰かを護るためのもの。力とは誰かを助けるためのもの。それをなぜ傷付けるために使うのかわからない。


虐待を受けて育った颯歌には、〈誰かを傷付けることが最大の悪〉と深く刻まれている。それは楔のように深く刺さっていて、決して抜けることはない。


仄火の電撃は自分を護るため。

自分の固有魔法で敵を攻撃したのは、自分を護るため。

白恋の技は颯歌を護ってくれるため。

ジョージの固有魔法は白恋と颯歌を助けるため。

―――だから良かった。

―――だから

でも、今は違う。

戦いたいから戦う。そんなの認められない。

と言いつつ。

使用者の思想が。心が。魂が。それらが色濃く反映されるはずの固有魔法。それがなぜ守りの力ではなくなのか。

それだけが、颯歌自身にもわからない。


「颯歌ちゃんの言う通りね。ハクちゃん。この決着はまた後でつけましょう」


「ん。――ん」

颯歌が胸をなで下ろす。


魔法は人を傷付ける為のものではない。

誰かを護る為のもの。

白恋だって、そう思っていた。

けれど、護れなかった。

だから復讐の為に魔法を使う人生をえらんだ。


人の考えなど簡単に変わってしまう――それを分かっていても。否、分かっているからこそ白恋は颯歌に何も言えない。


「さぁ、行きましょう。まだ先は長いわよ」

ジョージは先頭をきって歩き出した。



***



「さて、1位として。WWO会長として。人類最強として聞いておこうか」

7位と6位。それから2位の不在。

9位と3位は退室済み。

残ったのは1位、4位、5位、8位、10位。それから魔力切れで学園に帰れないアレクシアと遠渡。合計7人である。

1位は〈十大魔皇〉を座らせ、アレクシアと遠渡を空いている席に着席を促した。

「聞くって、何をですか?」

8位――学園の理事長でもある草凪 咲良が尋ねる。

「此度の件の全てじゃよ。裏切り者から説明してもらおうかのう――4位よ」

唐突に、裏切り者として指名された4位。

天牢雪獄ニブルヘイム〉のトラン・バオ。

「な、何言って―――俺が裏切り者?」


「ワシが思うに、裏切り者をお主と仮定すれば全ての辻褄が合うんじゃ。トラン・バオ。否――偽物のトランバオ。〈観察者〉のガレス・サンチェスよ」


バオは偽物で、その正体は〈観察者〉のガレス・サンチェス。オスカーの口から告げられた言葉が、ウソではないとアレクシアは直感的に理解した。


「だから、あのとき――」

遠渡が察した。

WWOに飛ぶ前に危惧していたこと。それは会議に参加している者のなかに裏切り者がいて、急に攻撃して来るかもしれない、という可能性。

実際は、急ではないものの4位が攻撃してきた。

あれは、今思えば。アレクシアと遠渡を消すためのものだったのか。


「おいおい、俺が偽物のバオだとしてだ。固有魔法は偽れないぜ?バオの固有魔法は〈氷華千斬葬ダイヤモンドダスト〉で間違いないだろ」

たしかに、そうだ。それはアレクシアが固有魔法で模倣しているのだから間違いない。


「何をとぼけておる。ガレス。お主の固有魔法は〈完全擬態パーフェクト・ミミクリー〉じゃろ?それなら姿や声、利き手や体臭。血液型から歯並びまで。それに固有魔法も含む全てを完璧に真似できる。アレクシア嬢がコピーした固有魔法は、お主がバオからコピーした固有魔法。あのとき、あの場では。二重にコピーが起きていたんじゃよ」


「なるほどね。分かったわ。これでスッキリしたわ」

アレクシアが声を上げる。

「私の固有魔法は、相手の固有魔法をコピーし、完全に使いこなすことができる。でも、あのときコピーした貴方の〈氷華千斬葬〉は、何だか違う気がしたのよ。使いこなせてる感覚がなかった」


「そんな感覚的な話じゃ根拠にならないだろ!!」

尚もガレスは反論する。

「それじゃあ、私の固有魔法を解説してあげるわ」


最高傑作ハイエンド〉のいう〈使いこなす〉の定義だが、それはシンプル。本来の術者よりも魔法の威力が上がったり、攻撃範囲が広がったり。あるいは魔力の燃費が向上したり。とにかく全ての性能が、これ以上ない程に上がることである。

つまり、この固有魔法には欠陥がある。

最初から相手が〈使いこなして〉いれば、そこから性能の向上は見込めない。コピーという魔法の性質上、単なる劣化版の魔法となってしまう。

「固有魔法で貴方が出した氷の刃は1200万枚。私が出したのも同じ数よ」

――さらに、と彼女は続ける。

「相手が使いこなしていた場合、ただのコピー魔法に成り下がる。つまり、劣化版の魔法を扱うことになる。それが私の固有魔法の欠陥。弱点」


「劣化。それは劣ってるという意味よ。1200万枚の氷の刃を出す魔法。それの劣化となれば、当然ながら1200万枚に届かないはずよね?でも、私と貴方の出したそれは、全く同じ数だった。私の氷の刃の方が鋭利だったとか、頑丈だったとかそんなこともなかった。全て同じだったわ。つまりのよ」


さて、彼女の固有魔法の詳しい能力と、オスカーの話。これらを合わせると見えてくるものがある。

「あのとき、なぜ魔力の燃費だけ上がったのか。答えはシンプル」

――アレクシアが〈最高傑作ハイエンド〉でコピーした固有魔法は。

氷華千斬葬ダイヤモンドダスト〉ではなく、〈完全擬態パーフェクト・ミミクリー〉だったのだ。

故にアレクシアの固有魔法が干渉したのは〈氷華千斬葬〉ではなく〈完全擬態〉であった。

「貴方の本当の固有魔法を真似した。だから私は〈氷華千斬葬〉に違和感を覚えた。魔力の燃費が向上したのは、貴方の〈完全擬態〉をコピーしたからよ。――貴方は、固有魔法を燃費以外は完璧に使いこなしていた。完璧に近い性能であったが故の失態ね」


アレクシアがバオ――ガレスに対して2度めの嘲笑。


「ふざけんな!!」

その煽りを受けたガレスは武器の煙幕を張る。

煙に紛れて擬態する。これが彼のやり方か。


「固有魔法―〈刹那の切り抜きスクリーンショット〉」

8位が固有魔法を発動し、〈任意の状況を作り出してときを止める〉ことに成功。

「煙が晴れ、ガレスは固有魔法を発動していない」

――その状況を作り、時間停止を解除。

止まったときの中で、何が起きたのかを知覚できるのは8位だけ。他の者からすれば、急に視界が晴れたことになる。それを8位のおかげだといち早く理解したのは、さすがの1位――オスカーである。

「――ふんっっ!!」

人類最強はすぐに攻勢に出る。

その拳が、ガレスを襲う。

なりふり構わなくなったガレスは、瞬時に固有魔法を発動。そして。

人類最強に擬態した。

ありとあらゆる要素を完璧にコピーする能力。

オスカーの拳をガレスは受け止める。

そのまま煙幕を張り、再び姿が見えなくなる。

8位――はまだインターバルの途中で固有魔法を発動できない。

時間停止なんて何でもありの魔法が、簡単に連続で使えるはずがない。

それを察したアレクシアが〈刹那の切り抜き〉をコピーし発動。

再び状況は振り出しに戻る。

固有魔法を解除してすぐさま遠渡に合図を出すアレクシア。

それを受けて、1位より先に遠渡が殴りかかる。

が殴りかかる。

しかし忘れてはいけない。彼は軍人の家系。オスカーですら知っている西牙の家系だ。最も弱い者と言っても、並大抵の雑魚ではない。


アレクシアと遠渡が現れたあの瞬間。オスカーは〈西牙の倅〉と確かに言った。オスカーが知っている。なら油断はできない。

そう判断したガレスはさらに煙幕を張り、遠渡に擬態する。それを阻止しようと咲良が動くが、アレクシアは冷静にそれを制止する。

煙が晴れたとき――そこには。

二人の遠渡が立っていた。


「どうするつもりだ、アレクシア。これじゃあ――」

咲良はアレクシアに尋ねる。


だが、彼女だけはまだ余裕で笑っていた。

彼女だけは、勝ちを確信していた。

それは、まだ短い付き合いだが共に戦った遠渡がいるから。

人類最強がいるから。

きっと、人類最強なら。

1位のオスカー・グレイヴなら。

自分の考えを察してくれる。それが分かっているからこその勝利の確信。


「私は固有魔法が2つある。一つは〈最高傑作ハイエンド〉――これは説明したわね」

そして2つめは。


発動しようとして、オスカーを見る。彼はアレクシアがやろうとしていることを理解している。だから静かに頷き、目を閉じる。

「仕方あるまい。今回は特別じゃ。このワシが使

使用に許可がいる魔法。

―――それだけで、この場の全員が察した。


アレクシア・レイルヴァイン。その2つ目の固有魔法は。

「〈災禍と混沌の匣パンドラ・ボックス〉」

――禁忌魔法。すなわち、即死攻撃である。

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