第4話 襲撃(3)

鯉は滝を登り

金に輝く龍となる



***



とある一匹のリスの話だ。

彼はとてつもなく忘れっぽくて、どこに自分の餌を隠したか忘れてしまう。

秋に溜め込んだ餌。それを冬の間に少しずつ食べようと思っていたのだが、どこに隠したか忘れてしまった。

時は経ち春が来る。

彼はたまたま。本当に偶然。餌を隠した場所を発見した。けれど、その餌を自分が隠したことは忘れている。

ラッキーだ。こんなに簡単に餌を大量に見つけることができるなんて―と思った。

――さて。

このリスは本当にラッキーなのだろうか。

餌の隠し場所を忘れてしまったからアンラッキー?

餌を見つけられたからラッキー?

どちらだろうか。


正解はない。

答えはない。


リス自身がラッキーと思ったのだから、それはラッキーなのだ。

無理に答えを作るなら、こうだろうか。


「知らんわそんなん。てか、会議の時はいつもダンマリなのに、終わった途端によく喋るな――ディミトリさんよ」


「いや、なに――気になっただけだ」



***



魔法には、2種類ある。

汎用魔法と固有魔法。


汎用魔法も固有魔法も3種類ある。

属性魔法と概念魔法。

そして回復魔法。


そして、それもまた2種類に分けられる。

任意型と常時型。

任意型はそのまま、使いたい時に魔力を消費する。

常時型は、本人の意思に関係なく常に魔力を消費し続け発動している。


このうち、白恋の呪いで反射できないのは、敵自身の回復と、敵自身のバフである。


「颯歌。アイツを倒す方法だが――」

「ん」

男の固有魔法は〈幸運なる不死者プラナリア〉といったか。

プラナリア――それこそ、実在する不死身に近い生物である。体を切断されても生きている。再生は当たり前のように、当然のようにできる。

しかし、そんなプラナリアも本当に不死身ではない。

圧殺や酸欠、全身を燃やし尽くす――様々な方法がある。

「能力名からして、相手を切断するような攻撃は避けなきゃならない」

プラナリアの再生能力。それは、ある種の脅威である。

体が2つに切断されれば、そのどちらも再生し、2匹のプラナリアとなる。3つなら3匹、4つなら4匹――と、断片の数だけ増殖していく。


「わかりやすく、めんどくさい。厄介な能力だ」

だが、対処法は想像できた。イメージできた。

――いける。勝てる。勝利までの道筋は見えている。


「――ッ!!」

先に動いたのは白恋。距離を詰めて顔面に拳を叩き込む。その威力は、通常の打撃に加えて、距離を詰める際のスピードも乗っている。生半可なガードでは防げない。

男は顔面をガードするが、その腕の骨ごと白恋が粉砕する。

崩れたところに追撃。それに反射的にガードが出る相手。しかし骨が折れている。常時発動している回復魔法。しかし痛みは律儀に神経が伝達する。痛みのせいで一瞬だが反応が遅れる。そこを見逃すはずもない。拳を顔面に容赦なく放つ。

相手に汎用魔法を使う暇を与えない連撃。

痛みに耐えかねて相手が後退する。そこを逃さず、武器を使用する。

白恋の武器は糸。

崩れた体勢のまま、白恋の糸で雁字搦めにされてしまう。そのまま倒れ込んだ所に、颯歌の固有魔法をぶつける。

これで勝ちだ。

―――だが、2人が勝ちを確信するには早かった。尚早である。

「ぐぉぉぉぉ!痛えぇぇぇぇ!!!」

男は、自らの体に力を入れて、糸を食い込ませる。全身を糸によって切断される痛みは想像を絶することだろう。しかし、彼はそれを堪える。

「うぉぉぉぉ!!!!負けるかぁぁぁ!!!」

――爆ぜた。

糸も、体も。

それに僅かに颯歌の固有魔法が間に合わなかった。

飛び散った肉片の幾つかは燃やし尽くすことができたが、しかし。

「「「痛かったぜ――兄ちゃん」」」

燃え残った3つの肉片が、それぞれ再生し。敵が3人に増えてしまった。


――本物だ。この男は本物だ。助かる為なら痛みすら受け止める、本物だ。覚悟が決まっている。

それは、子供が遊び半分で言う〈覚悟〉ではない。

傷も痛みも全て受け止める。そうして生き延びて相手を殺す。間違いない。本物だ。


「やっぱり増えたか――」

「やっぱりって言ったか?てことは、俺の固有魔法の効果を知ってた―――いや、予想してたってところか?ハハハ!!すげぇなお前」

ジリジリと距離を詰めながら彼らは笑った。

「――ん」

颯歌が白恋の服を掴む。

「え?――あぁ、

白恋は颯歌の言葉を聞いていない。にも関わらず、目付きや表情で全てを察する。

「俺は玄鉄 白恋。こっちは一凪 颯歌。アンタは何ていうんだ?」

「俺は明姐の舎弟。金 力キム リー。第二山泊の出だ」

第二山泊。中国山間部。魔法士が台頭を始めた頃の話。中国は魔法士だけでなく、魔法で死なない兵士の育成にも手を出していた。山の奥に眠る実験施設――故に、作戦名及び施設名を山泊とした。

山泊は第一から第五まであり、とりわけ過酷で非人道的なのは第五である。とはいえ、他の山泊も決して良い環境とは言えない。昔々の都市伝説として語られていた山泊計画。それがまさか実在していて、現代まで残っているとは白恋には想像もできなかった。

さて、金のいた第二山泊は。固有魔法の概念を覆す実験を行い、成功させている。

それこそ、固有魔法の共有である。

第二山泊出身の魔法士は、漏れなく全員。固有魔法が同じなのだ。

まだ固有魔法も発現していない生後間もない赤ん坊を二束三文で買い取る。

その赤ん坊は全員、全く同じ頻度で全く同じ量の食事が与えられる。同じ量の睡眠時間。同じ量の入浴時間。同じ量の勉強。同じ量の運動。同じ量の同じ内容の娯楽。

そして、同じ量の

固有魔法は、使用者の精神が。魂が。思想が強く反映される。

死の縁を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

彷徨う程の苦痛を与えた結果、彼らは。

生に執着し、固有魔法〈幸運なる不死者〉を発現する。

中国は、死なない兵士の量産に成功したのだった。


「――山泊。俺はそこで育った。傷も痛みも嫌だが、それでも俺は戦う。戦うことしか知らないんだからな」


戦いしか知らない。

復讐しか知らない。

両者の間に何の違いがあるのだろうか。


それでも、敵として立ちはだかるなら――倒すしかない。


金は、よくありがちな回復が売りのかませ犬などではない。

白恋はその気概を受け止めて、己もまた同種の人間であることを自覚した。



***



「オスカー会長。なぜ学園に7位と6位と2位しか向かわせなかったのですか?」

10位――王は尋ねる。

「――お主じゃ役に立たんからじゃ」

1位――オスカーは。人類最強は正直に答える。彼にそう言われては言葉もない王。しかし、それで納得できるほど彼は柔軟ではない。

「俺なら、俺なら絶対に無傷で敵を倒せるのに――」

「その〈無傷〉だって結果論じゃろ?お前が無傷の勝利を収めるまでに、何人のお前が死ぬ?大量の同一人物の死体なんぞ、学生に見せられるか――たわけが」

それに――と人類最強は続ける。

「それに、この世に絶対なんぞない。ワシの勝利だけは絶対じゃが」

「会長。俺の勝利も絶対です。無傷の勝利が、俺には約束されている」

「――青いな、王よ」

王 金龍。彼を青いと評するのも1位の余裕の現れである。自分より強い魔法士などいない。その傲慢さと驕りこそ1位が1位たる所以。

「絶対に勝てる――?それ、このワシの前で言うておるのか?意味分かってるんじゃろうな?」

刹那。オスカーの纏う雰囲気が一変する。真冬の早朝の水のような。数多の人を殺した日本刀のような。そんな張り詰めた恐怖が、容赦なく王を襲う。ただそこにあるだけの老いぼれは、気迫だけで人を殺せそうなほどの絶望を振りまいている。

「あ、あぁ――」

王は言葉を失い腰を抜かす。

「冗談じゃ。これくらいでビビっておるようでは――青すぎるぞ小童が」

途端に空気は一変する。

「1番の新参に、ちょっとやりすぎですよ」

何故か残った8位が、苦笑いしながらオスカーに声をかける。

「ふん。この程度で腰を抜かすなんぞ、思っておらんかったんじゃ。悪い意味で期待外れじゃよ」

「まだ不慣れなだけですよ。加減をしてください」

「くっ――!!」

王のプライドを傷付けたのは3つ。

オスカーに青いと言われたこと。

オスカーの気迫で腰を抜かしたこと。

女にフォローされたこと。

ハラスメントという言葉が世に広まって久しいが、悲しいことに未だ男尊女卑の考えを持つ者がいる。

王もその1人。まぁ――彼の場合はというのもあるのだが。


「貴様の自信も誇りも思想も。このワシからすればくだらぬ戯言よ。戯言だとして、ワシはその言葉に対しても決して許さぬ。でなければワシはワシでなくなる。1位ではなくなる」

オスカー・グレイヴ。世界最強の魔法士。

その座にいるのは歴代最長。御歳97になる老人は、70年近く世界最強であり続けている。

「悔しかったらワシより強くなれ。――まぁ、お前ごときが、ワシより強くなれるわけもなかろうよ」


世界最強の10人は。

〈十大魔皇〉は。

それぞれの国を代表してここにいる。ならば当然のように、思惑がある。国の意向か己の勝手かはしらないが。

彼らは決して一枚岩ではないのだ。



***



またも先にしかけたのは白恋だった。後のことを考えない飛び蹴りである。

これが武道の試合なら、飛び蹴りと言うのも一つの技として選択肢に入る。しかし今回は殺し合いだ。命をかけて戦っている。しかも相手は3人に分裂している。

飛び蹴り――それは、空中に自らの体が浮く技。空中での回避性能の悪さは知っての通り。数年前にメイリアとの戦いで白恋は思い知った。

だが、しかし。それでも上手く決まったときのメリットがでかい。

威力は通常の拳の比ではないのだ。人間は腕より脚の方が筋肉量が多い。直立二足歩行という人体の都合上、数十キロにもなる体をその脚二本で支えているのだから当然である。

――実は、白恋は一般人ではない。魔法士であり、呪いをその身に宿している。

――それだけではない。

ミオスタチン関連筋肉肥大症。

端的に言えば人よりも筋肉が付きやすい。ただそれだけである。

ただし、筋肉量に対して見た目は普通で、とても筋肉ダルマとは思えない外見である。

玄鉄 白恋。身長165センチに対し、その体重は。

「ガハァッッッッッ!!」

「グヘェェッッッ!!!」

金その1は大きく後ろに吹き飛ぶ。頭を強く打ち付けて気絶。着地の勢いを殺さず回し蹴りで金その2の首をへし折る。

気絶状態は回復できないようだ。これも白恋の予想通りである。


その体重は、実に187キロ。

その恵体から繰り出される蹴り技は正に必殺。

先ほども、ただの拳が金の腕をへし折った。それもこの異常発達した筋肉のせい。



実はこのアンバランスな体こそ、白恋の持つ武器にして枷である。というのも、彼が教わってきた師には、一人も同じ病気の者はいなかった。故に師はしらない。筋肉の塊の動かし方を。筋肉の壊し方や殺し方は知っていても、動かし方を知らないのだ。

彼はこの重い体で、剣術や忍術、喧嘩に体術と、ありとあらゆる戦闘の技を学んできた。

師の倍以上もある体重で、師と同じ動きを目指した。

結論から言おう。

玄鉄 白恋が師を超えるのは不可能である。それも、重すぎる体が故に。

しかし――体重というのは。筋肉というのは。戦闘において重要なファクターである。重ければ動かすのが大変。デカければ動かすのが大変。当然である。相手からすれば身長が170に満たない小柄な男に、187キロの筋肉が詰まっているとは思えない。

この体に、常に身体能力強化の魔法をかけている。故に187キロでも、普通の動きが可能となる。

ただし、187キロはそのままであるため、重いことに変わりはない。


魔法を常にかけている。そのため、彼は戦闘で汎用魔法すら使えない。

使わないのではない。既に使っているのである。


入試の体術のテストで、前代未聞の満点を叩き出した男。その秘密は。

一時代を築いた天才達が師であること。そしてこの病気。身体強化魔法。

様々な要因が奇跡的な噛み合いを見せた結果である。


「魔法士にはあまりにも向いてなさすぎる。ましてやこの体で。呪いで。病気で。それでも俺は復讐の為に生きる。――お前ごときで止まってるわけにはいかないんだ」

白恋は武器の糸を生成し、束ねる。それはまるで刀のようにも見える。


「颯歌。固有魔法はあと何回使える?」

その問いかけに右手の小指と中指を立てて答える。

「――かなり魔力の燃費が良いみたいだな、その魔法」

「んッ!」

まさかこの表し方で伝わると思ってなかったのか、颯歌はどこか嬉しそうである。

「俺が危なくなったら頼むぞ」

「ん!」

胸を張り、任せろと言わんばかりにドンと叩く。

全くもって頼もしい限りである。


「真窮流剣術・秘剣の壱」

糸を束ねた刀で、居合の構え。

居合の対処は簡単。その刀の届く範囲の外に出れば良い。だが、これにも問題がある。口で言うのと実際に行うのでは、難易度が違いすぎる。達人の居合は、時速にして800キロで飛んでくるボールにすら反応し、両断する。

それは達人の持つ技術が故。

そもそも居合とは、抜刀の速度を極限まで高めるもの。抜いたら勝ちではない。抜くまでの技術を練磨するものである。

片手で鞘をおさえ、片手で刀を抜く。――ではない。

抜刀する手と、〈鞘引き〉という、鞘を操作する手がある。

刃を上にして鞘に収めておいたり、柄頭を相手に向けておいたり。手順も様々である。素人の言う「ただ素速く抜くだけ」では、居合とは言えない。

「――うつろ

師を超えられない。ならば、師とは異なる技を習得するまで。

彼の放った剣が、他の居合と違うのは、鞘がないこと。突っかかるものも、摩擦もない。それを、身体強化の魔法がかかった腕で、全力で抜く。

気付いたときには、納刀を終えている。

そのすさまじい速度によって、切断面は摩擦により焼け焦げる。

焼ける熱さによって、並々ならぬ痛みを引き起こす腕。

肉の焦げる匂いが不快だ。

その不快さに思わず止まってしまう金。そこを逃さずに居合を再び放つ。残った最後の金の体が、高速の刀によって焼き斬られていく。

焼けた肉を再生し、そこから増殖。それにはかなりの魔力がいるはずだ。

連続で秘剣を放ち続ける白恋と。再生と増殖を無限に繰り返す金。再生と増殖が終わった金が白恋を取り囲み、殴りかかる。だがその痛みもダメージも傷も跳ね返る。


体力か魔力か。どちらが先に尽きるかの根比べである。我慢比べである。

これ以上ないほどの泥仕合。しかし、そこには互いに負けたくないという意地とプライドがある。

それを泥仕合と、誰が言えるだろうか。

最も汚くて最も綺麗な殺し合い。

それが今。ここで起きている。


あと少し。

あと少し。

あと少し。

そう言い聞かせて、体力の持つ限り放たれる居合。

僅かに。微かに。

金の回復速度が落ちてきたように思われる。

「今だ――颯歌!!」

切り落とされ焼け焦げた肉片。増殖した金。

落ちた回復速度。

ここで撃てば、殲滅できる。

「固有魔法――」

機械音声が、発動を告げる。

「〈地を這い消え逝く幻想の劫火カタリナ・ステーク〉」

そこに感情はない。淡々とした機械音声。

それと同時に、超火力が襲い来る。刹那の炎上で、範囲内を問答無用で灰にする。

それを二十発。全て撃ち尽くして金を跡形もなく消し去ることに成功する。

「――勝ったか。案外、呆気なかったな」

と、安堵したのもつかの間。


「キャッ!!!」

突然、颯歌が吹っ飛んだ。

その頬は赤く腫れ、目には涙が浮かんでいる。

――だが、その犯人の姿が見えない。

「な、何だ――?俺は。俺たちは何か見落としてるのか?」

――思い出せ。


何者かの気配を感じた。

それが気のせいだと思っていたら、颯歌の固有魔法で金を炙り出せた。

金を倒して―――今。颯歌が吹っ飛んだ。


「何だ?何を見逃して―――いや、まてよ」


気配すら消せる認知不可の魔法なんて、汎用魔法のレベルじゃない。

そこまで完璧に消えることができる魔法など、固有魔法以外にない。

だが、金の魔法は回復能力。

ということは。

他にいる。

姿や気配を消す固有魔法の能力者がいる。

なぜそこに気づかなかったのか。

迂闊だった。

愚かだった。

そう逡巡している間にも、颯歌が腹部を打たれて沈む。

ひとまずこの状況を脱しなければならない。白恋は颯歌に近寄って、抱きしめる。

「我慢しろ。あとでセクハラでも何でも訴えてくれていい。――とにかく、今はこれが最善手だ」

姿の見えない敵。そいつは何故か白恋ではなく颯歌を狙った。強い方から襲うのがセオリーだが、何故か颯歌が先。

――そうだ。見ている。透明なこの敵は、白恋の〈反射〉を見ている。だから先に颯歌を襲った。

増殖した金が殴りかかってきたが、それを反射しているのを奴は見ているに違いない。

「ひとまず結界を張るか」

白恋は自身の武器である糸を使う。それを壁や床、天井などに縦横無尽に張り巡らせることで結界を作る。不用意に触れれば、強酸性の粘着質の糸が皮膚を焼く。

「さて、どう攻略するかな」

「固有魔法―――」

悩む白恋の耳元で、そんな声が聞こえた。

それは機械音声ではない。女の声でもない。

「――〈愛の力は無限大ラブラブ・フィーバー〉」

いったいどうやってここまで近づいて来たのか。

白恋の耳元で固有魔法を囁く2位が。


愛怨無尽エンドレス・ラヴァー〉のジョージ・ワトソンがいた。


「うふふ。戦場で抱きしめ合う二人。愛ね。これこそ愛よ。アタシ――感動しちゃうわ!!」

体は男。心は女。

誰が呼んだか通称C・Jキューティー・ジョージ

神出鬼没の愛の権化。趣味のカメラは全ての愛を撮るために。

「愛さえあればなんでもできるわ。姿の見えない敵を捉えることもね」

ジョージの固有魔法〈愛の力は無限大〉は、簡単に言えば思い込みを現実にする力である。できると思ったことはできる。ただし、今現在の人類にできることに限る。

例えば。

宇宙服なしでの宇宙遊泳は、気体操作や重力操作の魔法、それから飛行や空中歩行など、様々な魔法をかけ合わせて可能となった。

つまり、ジョージはこの固有魔法の〈思い込み〉の力だけで宇宙服なしでの宇宙遊泳ができる。

なぜなら、既に宇宙服なしで宇宙遊泳をした人間がいるのだから。


「――見えたわ」

姿の見えない敵を見る。

〈自身の瞳がサーモグラフィーのような機能を持っている〉と思い込むことで、温度の変化によって敵を捉える。


ただ思い込むだけで世界2位になれるわけはない。

この固有魔法の真価は、その思い込みの実現ではない。

1つめは、同時にいくつもの思い込みを実現できること。

理論上は無限にできるが、実際は魔力をかなり消費するため、6か7が限界である。

2つめは、その思い込みが永続であること。

固有魔法解除後も、その思い込みは続く。思い込みが続く限り、永遠に効果が持続する。

固有魔法を解除した後も〈自分は宇宙遊泳ができる〉と思い込めば可能だということだ。


「アタシの拳は必ず敵の急所に当たる。アタシの拳が当たった敵は、魔法が解除される。アタシの拳が当たった敵は必ず気絶する」

そう強く思い込み、全力で拳を突き出す。

刹那。

筋骨隆々の筋肉ダルマが泡を吹いて倒れ込んだ。


「一撃で意識を奪う。つまり、無駄な痛みを与えない。アタシの〈愛〉に感謝なさい」


ララもジョージも。

たった一撃で敵を沈める。

学生如きが調子に乗って相手できるレベルではない、本物の〈覚悟〉を持った犯罪者を。


玄鉄 白恋は。


己と彼らの間にある、絶対的な壁に驚愕し。

密かに

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