〈観察者〉編
一幕 襲撃
第2話 襲撃(1)―白と牙
私は貴女が望むなら 貴女を護る盾となる
私は貴女が望むなら 敵を切り裂く刃となる
私は貴女が望むなら 空を羽撃く翼となる
私は貴女が望むなら 貴女の心に傷をつけよう
一生消えない恋に似た
一生消えない火傷のような
一生消えない愛に似た
一生消えない呪いのような
***
「新入生代表挨拶」
入学式は、なんの滞りもなく進行していった。式次第に合わせたアナウンスが流れ、司会進行役と、何らかの代表者が交互に話す。ただ、それだけのの入学式だ。特別なこともなく、会場の空気はまるで他の学校でも見かけるようなものだった。壇上に立つ校長や教員たちは、どこか儀式的な顔つきで、式典の進行に従っている。春の暖かな陽気に包まれた式場は、心地よくもあり、どこか退屈で眠気を誘う空気が漂っていた。
自分は少し前に嫌な夢を見ていたせいか、寝不足で頭がぼんやりとしていた。だからかもしれないが、式の進行が淡々と進んでいく中、眠気が増していった。新入生代表挨拶が始まるのを、どこか遠くで聞いているような感覚で見守っていた。
「なぁ、なぁって」
となりの席に座っていた男が声をかけてきた。彼もきっと、同じように退屈で仕方ないのだろう。男は、いかにも学生らしからぬ体格をしていた。筋肉質で、どこか荒々しい印象を受ける。見た目に反して、声は穏やかだったが、その眼差しには一種の鋭さが感じられた。
事実、新入生代表の挨拶なんて、正直つまらなかった。大体、あれは型通りの内容であり、特に印象に残るものでもない。勝手に「新入生一同が、この学園に決意を胸に入学してきた」という決まり文句が並べられ、そこから期待と不安が交錯する生活が待っているという理想的な未来像が描かれる。だが、自分はそんな感情を抱くことなく、この場にいるわけだ。別に、この学園で何か特別なことを期待しているわけでも、何か不安を感じているわけでもない。
「俺は
隣の席の男が、にやりと笑いながら名乗ってきた。彼は、やはりどこか強引な雰囲気を漂わせているが、その目の奥には確かな鋭さが宿っていた。
「
自分は少し面倒に思いながらも答える。名前を聞かれて、無駄に返答を引き延ばすのも面倒だからだ。
「お、良いな――そういうの。名前だけ答えるのカッケェな。俺も今度から真似しよ」
彼は、なぜか自分の返事にすぐに感心し、楽しそうに笑った。そういう反応が、なんだか滑稽にも思えて、思わず苦笑いを浮かべる。
この男、なかなか暇を持て余しているらしいが、無駄話をする気にはなれなかった。何を話すべきか、特に思いつかないまま、式が続くのをぼんやりと眺めていた。
「てかさ――血の匂いスゲーな、ハク」
突然、遠渡は言った。
「血の匂い? 何のことだ?」
不意に振られたその言葉に、思わず反応してしまう。
すると男は、まるで当たり前のことを言うかのように続けた。
「隠せねぇよ。俺はわかるんだぜ、そういうの。人を殺したことのある奴には、〈血の匂い〉ってのが染み付いてる。それは親父もじいちゃんも兄貴もそうだった」
「親父?――あぁ、西牙って軍人の家系か」
自分は、少し驚きながらも納得して返す。
西牙家。
この家系は、代々日本魔道軍の最高司令官や参謀長といった重要な職を担ってきた名家だ。その家系に生まれた西牙遠渡もまた、厳しい軍人としての道を歩むことが決められているのだろう。日本最高峰の学園――人生のエリートコースに進むのは、その一環に過ぎないのだ。
「まぁ――お前は見た感じ、誰かの為に戦った結果としての人殺しって感じだろうな。殺意や悪意で他人を害するタイプじゃない」
遠渡が、無表情にそう言った。その言葉に、驚く暇もなく、自分は静かに黙り込む。
どうして初対面の人間に、そこまで言い当てられるのか。
いや、確かに彼は鋭い眼差しをしている。だが、これほどの洞察力を持っているとは、予想もしていなかった。
この男、西牙の家系の一員。やはり普通ではないのだ。 彼の直感力は恐ろしく、冷徹さを感じさせる。人を見抜く眼力が、彼の強さの一部なのだろう。
自分は、その言葉を受けて何も言わず、ただ黙って前を見つめた。 しばらくして、また式が進んでいく音が耳に入ってきた。気づけば、新入生代表の挨拶が終わり、式は次の段階に進んでいる。しかし、今度はこの男、西牙との会話が頭から離れなかった。
未だ続く新入生代表挨拶。それを遮るかのように。否―実際に遮って。突然の校内放送がかかる。
『あ〜聞こえてるか?聞こえてるな?よしよし』
誰かのイタズラか。そう思ったのだろうか。いや、今のところはそうとしか思えない。なぜなら聞こえてくる声は明らかに子供の声だからだ。教師の何人かが大講堂を出てどこかへ走っていく。恐らくは放送室だろう。
『この学園は、我々が占拠した。ハレの日を邪魔して悪いけど、これも上からの命令なんだ』
『えっと、何が言いたいかというとね。君たちは人質になったんだ』
放送の主は、そんな馬鹿げたことを言っている。なぜ馬鹿げているのか。それはここが魔法学園で、それと日本一だからだ。下手な魔法士が束になったところで、日本一の学園の日本一の教師が返り討ちにしてしまう。
どうしても学校を占拠したいのなら、非魔法士が通う一般の学校か、あるいは名門ではない普通の魔法学校にすべきだろう。それを、あろう事か――日本一の学校でやっている。馬鹿げた話だ。どうせ誰かのイタズラに決まっている。
――その幻想は。いとも容易く打ち破られる。
『固有魔法―〈
刹那。講堂内にいた新入生の1人が苦しみの声を上げ、倒れ込み暴れる。
「ガッァァ!レ――さ――」
何かを言い残し、彼は息を引き取る。
「――おいハク」
「あぁ。間違いない」
遠渡は軍人である父や兄から凶悪犯罪者の話を聞いていた。
白恋はメイリアに繋がる情報を必死で漁った。
そのおかげもあってか、2人は直ぐにこの魔法を〈禁忌魔法〉だと判定できた。
〈禁忌魔法〉――それは、WWOが定めたもの。いかなる理由があろうとも、それをWWOの許可なしに使うことは許されない。現在は25の魔法がそれに指定されている。そして、それら全てに共通しているのは。
即死攻撃が可能だということ。
巨大な火の玉で焼死。水属性魔法で溺死。それらは、魔法によって火や水に閉じ込められた結果として死んでしまうもの。避けられないのが悪い。実力が相手より下なのが悪い。それで片付けることもできるだろう。
だが、この〈禁忌魔法〉は違う。発動した瞬間に、対象を問答無用で死に至らしめる。
それも、何の代償もなしに。
故に禁忌。
そして、2人の他にこれが〈禁忌魔法〉だとすぐに断定できたのは僅かに3人。
日本一の魔法学園。その新入生200人の中で、たったの5人。
周りが怯えて動けなくなっている中で、すぐに大講堂を出て放送室へ行こうとしたのは、5人だけ。
1人は、大講堂の扉を蹴破って入ってくる敵に向けて短剣を投げつけ、そこへ放電。短剣の柄が避雷針となっており、離れた場所からでも正確な雷撃を放てる。次々に短剣を投げる。それらは的確に相手の正中線上に突き刺さる。電撃の威力を控えめにしていたとしても、あれでは耐えられない。
共に動き出した白恋と遠渡に目配せをして走り抜ける。彼女の切り開いた道を後ろから2人は着いていく。
残る2人のうち1人は、汎用魔法である瞬間移動を発動。もう1人を抱えて講堂から抜ける。
講堂を抜けた後も油断はできない。廊下を走る5人の後ろから銃弾が飛んでくるが、それを遠渡が対処する。立ち止まり、振り返り。そして。
「固有魔法―〈
対象と自身との距離を無限にする能力。これで銃弾は無限の距離を進み続けることになるため、決して届くことはない。そのうちどこかに落ちるだろう。
見た目は何も変わらないのに、間の距離は無限になる。仮に目の前にいたとしても、触れることは叶わない。決して届くことのない、絶対の無限。これで背後の廊下の距離を無限に設定する事で、被弾を回避する。
その背後から先程の電撃少女が短剣を投げつける。
だがこのままでは、無限の距離を短剣が進むことになり、敵に当たることはない。それを瞬時に判断し、白恋は自身の呪いを盾に遠渡の前に立つ。何かを察した遠渡は固有魔法を解除。勢いが衰えかけた短剣に電撃を放ち威力を戻す。その間の銃撃は全て白恋が反射する。敵に短剣が刺さったのを確認すると彼女は更に放電。電気は見事に遠渡と白恋を避けて進む。
この状況でも的確に急所を狙い打つ技術には脱帽である。
なんとか追手を片付け、近くの空き部屋に入る。
「――まさか放送室に行こうなんて奴が、私以外にいるなんてね」
空き部屋に詰め込まれた古いソファーと、壊れかけた椅子。偶然にも全員が座れる数が揃っていた。ここまでやってきたメンバーの中でも一際派手な見た目の少女は、真っ先に1番キレイな椅子に座り、他の者を見回す。
燃えるような赤い髪と、氷河のような蒼い髪とが半々に。それが足首まで伸びている。瞳の色も赤と青。ピアスも指輪もネックレスも。その他の身につけている物の全てが赤と青の2色で統一されている。
「私はアレクシア。アレクシア・レイルヴァイン。レイルヴァイン王国第1王女よ」
レイルヴァイン王国といえば、400年前に魔法がこの世にできたとき、突如として北欧に現れた島国だ。それまでどの国もその島の存在を認知していなかった。だが、それは。一夜にして極寒の海の中に現れた。
そんな国の王女様がここに留学で来ていたのだ。世界一の魔法先進国の王女様だ。アレが即死攻撃である事を瞬時に判断できるのも納得だ。
彼女の自己紹介に続き、白恋と遠渡も自己紹介をする。
そして。残る2人。
「ボクの名前は
仄火と名乗った彼女は、一見すれば男か女か分からない。今の時勢的に見た目で判断するのは良くない。それは白恋もよくわかっている。しかし、その見た目は徹底して中性的。筋肉の付き方や体つき。仕草や声色の全てに至るまで。その全てが男でも女でも通用する。
まぁ正直、白恋からすればどうでも良い。
颯歌は特筆すべき特徴は何もない。強いて言えば、自身の左手に手錠がかかっているくらいか。
「気にしないで。これは彼女の趣味なんだ。手錠がないと落ち着かないんだってさ」
仄火がそう言うのなら、颯歌も気にしないで欲しいと思っている、ということだろう。
「それで――どうするの?」
仄火は、避雷針付きの短剣で手遊びをしながら作戦会議を提案する。
「正直、放送室まで行くのは簡単だ」
白恋の言う通り。相手からの攻撃は遠渡の固有魔法で回避できる。こちらは仄火の武器と魔法で攻撃できる。
「確かにね。じゃあ参考までに教えておくけど。私の固有魔法は――いや、人前で使うような能力じゃなかったわね。教えたいけど教えられないわ」
発動して見せてくれようとしたが、何やら気になる物言いで辞めてしまう。だが、僅かな魔力の流れから、白恋は既にそれが、どんな力かは察しがついた。
「そうみたいだな。王女様の魔法は試し打ちするようなものじゃない」
これは白恋が〈英雄〉に叩きこまれた技術。それの一端である。本来は肉眼で捉えることのできない魔力を、感じ取ることができる。ハッキリと目に見えるわけではないのだが、それなりに正確な把握が可能となっている。
事実、〈英雄〉が大戦で活躍できたのは、彼しか持たないこの技術が大きい。
それを継承したのが、白恋である。
「ここでじっとしていても仕方ないわ。行きましょう」
アレクシアは即断即決するタイプだろう。あの場で見ず知らずの颯歌を瞬間移動で拾うくらいだ。
「いや、その前に情報整理だろ。それぞれの情報を持ち寄って、手を考えた方が良いんじゃねえか?」
意外と――と言うと失礼だが、遠渡は見かけによらず筋肉バカではない。冷静に状況分析を提案する。
「でも情報なんて無いよ。ボクらが知ってることなんて、相手が禁忌魔法の使い手だってことくらいだ」
仄火の言うことも最もだ。だが、そこから見えてくるものもある。
「固有魔法の発動には、条件があるのは知ってるな?」
固有魔法の名前を言わなければならない、というのが第一条件。
そして、固有魔法の発動に必要な魔力が残っている、というのが第二条件。
汎用魔法であれば、魔力がなくても、その残り魔力に応じた威力で発動できる。しかし、固有魔法は、魔力の消費量が固定されている。故に、発動できない。
ほとんどの固有魔法がこの2つの条件を満たさないと発動できない。
「固有魔法の名前は偽ることなどできない。つまり犯人の名前がわかる」
白恋はスマートフォンを取り出し、WWOのサイトに載っている禁忌魔法のページを見る。そこには、しっかりと〈死神の息吹〉の名が。そして使用者は。
善悪の判断や区別がつかない、曲がった子供である。
「――でも、即死攻撃を連発しないってことは、〈ヤツ〉に魔力が残ってないってことだ。1度の発動で、半分以上の魔力を持っていかれてるんだろうな」
「それと、連れて来てる下っ端は魔法士じゃないな。あれは一般人が撃てる普通の拳銃。グロック18Cだ。魔力を充填して放つ魔弾じゃなかった」
軍人の息子はさすがだ。1度の銃撃でそこまでしっかりと見抜いている。
「ただ――魔法時代の今からすれば、旧時代の遺物になり下がったグロック18Cだが、厄介な代物でな」
というのも、グロック18にはフルオート機能がついている。当然、拳銃に機能を盛れば守るほど、サイズは大きくなるし重くなる。だが、それをグロック17と同じサイズまで小型化したのが、グロック18Cである。全長204mmと、片手でも難なく持てるサイズ。それに、1分間に1200発を撃てる連射性。50連マガジンをカスタムしても、それを3秒足らずで撃ち尽くすことが可能である。
「遺物を使い続ける理由もわからん。――が、実銃としての性能は今でも通用する。そんな代物を、どうやって手に入れたのかまではわからない」
いや、その情報だけで十分である。魔弾ではなく、実銃として対処すれば良いことが分かっただけでもありがたい。
「―ん?どうしたの颯歌」
仄火に耳打ちをする。しばらく二人にしかわからない謎のやりとりが続く。何をしているのかも分からないので、見守るしか無い。
「――たしかに、ボクらはこの学校の構造が頭に入っていないね」
―――盲点であった。
入学式の前にこの校舎に入ったのと言えば、入試のときくらいだ。それは競技場と試験の部屋くらいしか入ってないので、他の構造が全く分からない。
放送室の場所も、分からない。
分かることと言えば、ここが講堂の近くの空き部屋だということ。それだけだ。
「行き当たりばったりじゃ厳しい。長期戦になれば人数的に不利だ」
「そうね――瞬間移動の汎用魔法も、行ったことのある場所じゃないと跳べないし、距離の制約もあるわ」
高校生とはいえ子供は子供。たった5人でどうにかなる問題では無い。
「こんな日に限って理事長―世界8位はWWOの緊急会議に行ってるし――ボクらが取れる最善の行動は、〈成り行き任せ〉ってことになるのかな」
「おかしくねえか?なんで入学式の日に緊急会議が入るんだよ。いや、緊急なんだから仕方ないって言えばそうなんだけどよ。にしてもおかしいだろ。これが〈十大魔皇〉の会議ならまだしも。理事長ってたしかWWOの職員ではないよな?」
仄火と遠渡。二人の何気ない言葉から、少しずつだが糸口が見えて来る。
「たしかそうだった。いや、待てよ――アレクシア。WWOまで飛べるか?」
「ええ。WWOなら何度か行ったことがあるわ。でも、王女様としての公務だけだわ。だから――本会議場に飛ぶことになる。恐らくそこでは緊急会議中でしょうね」
そのほうが、むしろ都合が良い。一国の王族が急に現れて現状を伝えれば、それだけで説得力は増すはずである。ただし、この緊急会議そのものが〈観察者〉の仕組んだことであれば、会議に参加中の誰かが手先の者である可能性は高い。飛んだ瞬間に襲われる――なんて可能性もゼロじゃない。
「なら、俺も一緒に行くぜ。俺ならWWOにある程度〈西牙〉の名前が通る。王女様と西牙を襲ったとなりゃ――同時に2つの国を敵に回す。そんなヘマはしないだろうよ。もし襲われても、俺の固有魔法でなんとかなるし」
「じゃあ、決まりだ。アレクシアと遠渡はWWOまで飛んで現状を伝える。できれば理事長でも誰でも良いから〈十大魔皇〉に来てもらう。その交渉の間、残った俺らが放送室までのルートを確保しつつ、敵を減らす。異論は?」
満場一致。いや、この状況では、誰もが思う。白恋に従うのが最も良い選択であると。この流れに乗れば、〈十大魔皇〉に助けを求められる。被害が少なくて済む。これで良い。これが最善。
誰も異議を唱える者はいない。
(――また俺は。気付いたら俺は。――いや、今は考えないようにしよう。きっと大丈夫だ。なんとかなるはずだ)
「よし。作戦開始だ――」
今度こそ。
今回こそは。
きっと、上手くいく。
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