Cursed Wizard―魔法学園の〈反射〉遣い―

クラウチングスタート太郎

第1話 呪い

命の熱さを

お前は知らない



***



十大魔皇オーバーズ〉――それは、世界で最も強い魔法士たち。人類最強の10人のことである。

その中でもトップ――1位は、〈世界魔法士機構WWO〉の会長も兼任している。この魔法世界において、武と智の象徴である。

人類が魔法を使い始めて400年以上。当然ながら少年少女の憧れは〈十大魔皇〉である。


それは〈彼〉も同じ。


日本魔法士機構JWO〉直轄。

国立・第九日本魔法学園。日本最高の魔法士教育機関と名高いこの学園に、落ちこぼれは1人としていない。

――いないはずである。


「入試の成績は、体術と筆記は全ての項目で満点。そりゃあ凄いよ。特に体術なんて、この学園が出来てから、満点を取った奴なんか1人もいないんだから。――いや、そもそも。使。君はあの試験で何をした?」

国立・第九魔法学園。理事長に呼び出されたのは、今年度の入学生。いや、正確には入学予定の生徒である。というのも、体術、筆記、そして魔法実技の3項目300点満点で入試は行われ、200点以上で入学が認められる。

彼は200点を取ったのだが、その点数配分が問題なのだ。

体術、筆記は満点。

しかし、魔法実技は0

故に、入学式前に理事長に呼び出され、聴取をされているのだ。


「あぁ――隠し事は無意味だよ。この私に隠し事なんて通じない。だって私だから」

何を隠そう、この理事長こそ〈十大魔皇〉の1人。

8位―〈完全時計クロックワーク〉の草凪 咲良くさなぎ さくら

深紅のレディーススーツに身を包んでいる。胸元が大きく開けられ主張する胸。そこから首元にかけての蛇の刺青にどこか妖艶さを感じてしまう。

青い瞳の三白眼に、目が痛くなる程に真白な髪。身につけたアクセサリーは金で統一され、蛍光色の緑をした靴を履いている。

どこを見ても色だらけで、その見た目に統一感などまるでない。


「別に何もしてませんよ。オレは今まで教わってきたことをしただけです」

淡々と事実だけを述べる彼。


「教わってきたこと――ねぇ。確かに君はとんでもない人達にいろいろ教わっているみたいだ」理事長は手元の資料を見る。


第5次世界大戦で日本を勝利に導いた男。

〈英雄〉――〈憂嶋 羽涼うれいじま うりょう


ストリートの喧嘩から本物の武術、拳法、格闘技まで。その全てを合わせた自称最強の喧嘩師。

〈Emperor〉――〈ジョン・ドゥ〉(偽名)


天位流忍術42代目継承者。超実践的で、人殺しすら躊躇わない冷酷な暗殺者。

〈影〉――〈天位 漆聖てんい しちせい


真窮流剣術開祖。日本最強の剣士。

〈剣聖〉――〈真窮 寅次郎しんぐう とらじろう


IQ測定不能の天才。否――天災。思い付きで思いついた全てを試して歩く少女。

〈冒涜〉――〈愛里 蜜柑あさと しとらす


「何故こんなとんでもない人脈があるのか、今は良い。たしかにこれだけの師がいれば魔法なんてできなくても、第九魔法学園を進学先にすることはできるだろう。だとして、魔法実技が全くできないのに、本当に入試を受けにくる奴がどこにいる?しかも君は――」


「君は、JWO会長のご子息だ。私がここで入学を認めたとしよう。そしたら周りはどう思う?コネだと思うだろう。いや、思われなかったとしても――だ」


理事長は言葉を選ぶ。それから、選んだ言葉の全てを廃棄して、オブラートも破り捨て。素直に伝えることにする。


「魔法が使えないのであれば、君は落ちこぼれだ。落第生の烙印を押される。そうなれば会長の顔に泥を塗るだろう」

理事長は立ち上がり、彼の目の前までやってくる。元の背が高い為、その胸が彼の眼前にやってくる。


「――俺はここでやっていける自信があるから受験しただけです。それにあのクソ親父は関係ありません。いや、泥を塗ることができんなら、むしろ本望」


父親とは犬猿の仲。顔を見るのも嫌な程に嫌っている。だからこそ、この学園に入って見返してやりたい。自分のことを無能と罵り誹り嘲た彼を、今度は自分が叩き潰してやる。その覚悟と決意があるからこそ、自らこの学園にやって来た。


「そうか。それで――魔法も使えないのに、どうやってこの学園で過ごすつもりだい?」


「理事長。俺は魔法が使えないなんて言ってませんよ。入試の方法じゃ、俺の魔法を。力を測れなかっただけです。それはつまり。?『魔の高みを目指す少年少女。それらを分け隔てなく受け入れ、世界で輝く人材を育成する』――学園の公式ホームページに載っている文言ですよね?まさか、入試で魔法が測れなかったからと言って受け入れないつもりですか?分け隔てなく受け入れるという言葉に、理事長が背くんですか?」


「おいおい。まさか――この私に喧嘩を売っているのか?私は―――〈十大魔皇〉いち気が短いんだ」

その言葉を言い終わるよりも先に、理事長は魔法を放っていた。

なんてことのない、ただの汎用魔法。火の玉を飛ばすだけの魔法だ。

固有魔法を使わなかったのは、情けでも温情でもない。

在り来りな言葉を使えば、〈ただの舐めプ〉だ。

当然、世界8位の魔法士の魔法だ。汎用魔法といえど、まともにくらえば―――否、掠っただけでも致命傷になりかねない。

それを、彼は。正面から受け止めた。

そしてそのダメージは。傷は。痛みは。



「なっ!?」

驚いた隙を逃さず、天位流忍術の基本的な歩法で距離を詰める。懐に潜り込み、その胸へ何の躊躇いもなく手を当てる。

そのまま深呼吸をして、全身に力を込める。溜め込んだ力を掌の一点に集め、一気に解放。その瞬間。耳を劈く轟音。立つのも困難な程の爆風。それらと共に理事長が。8、大きく吹き飛んだ。

そのまま理事長の窓ガラスを粉砕し、外へと転がって行く。

「流石世界8位。吹っ飛ぶだけで済んだか」

本来ならばこの技は、ジョンが言うところの〈気〉とやらを放ち、相手の心臓を貫く技。ようは、殺す為の技。それでも吹き飛ぶだけで済んだのには、大きく2つの理由がある。

1つは、彼も言った通り、世界8位の実力者であること。彼の手から気が放たれる瞬間に、何が起きるのかを瞬時に理解し、魔力を胸元に集め防いだ。

2つめは、理事長が女性―巨乳であること。胸元の脂肪により、衝撃が軽減されたのだ。

「私を殺す気で撃ったのか――面白い。並外れた技術に、〈反射〉の魔法。全てを反射するなら、体術の為に間合いを詰めるのも躊躇いなくできる。本当に面白い」


立ち上がり、拍手をしながら理事長は呟く。


「その面白さが、余計に私の興味を唆る。私も少し本気を出すとしよう。なに――そう身構えることはない。どうせ蹂躙されるだけだからな」


汎用魔法。それは、魔法士としての才があれば誰でも使える魔法。火属性魔法などの属性系と、重力魔法などの概念系に大別される。威力は、術者の魔力に完全依存。ただの学生ならまぁ――火傷程度で済むこともある。だが、その使い手が世界レベルとなれば話は変わってくる。掠っただけでも致命傷。それ1つで一騎当千の活躍すらできてしまう。

そんなデタラメを、反射してしまうのが〈彼〉だ。

「あぁ。そうだな。蹂躙だ。ただし――されるのはアンタだ」


理事長の撃った火の玉のダメージを。傷を。痛みを。全て跳ね返す反射の力。


――その裏で、理事長は固有魔法を発動していた。


「〈刹那の切り抜きスクリーンショット〉」

簡単に言えば時間停止。それも、任意の状況を作り出しての時間停止。直前まで誰が何をどこでしていようと関係ない。それら全てを無視して、理事長の望む光景――状況を作り出してしまう。


理事長――彼女の望んだ状況。それは彼が魔法を発動せずにただ立っているだけ――というもの。これならば、反射の効果も発動せず、言葉通りに蹂躙できる。

迷うことなく火の玉を放つ。念には念を入れて彼の周囲を取り囲むように、全方位からの攻撃。

時間停止の中、反射はない。これで勝ちだ。

その油断は。慢心は。驕りは。


容易く打ち破られる。


「悪いが、〈反射〉が魔法だって、俺は言ってないぞ」

攻撃は全て理事長へ返った。

停止した時間の中でも、当たり前のように動き語り出す彼に、もはや言葉もない。


「このクソみたいな〈呪い〉のせいで、俺は全ての攻撃を受け付けない」

攻撃と彼は言ったが、それには魔法も物理も含まれる。他者による攻撃も、自傷も。

ありとあらゆる事象を受け付けない。


これは、数年前。とある大事な人を守る為に望んだ力。別に、この無敵の力を望んだわけではない。その人を守れる――護れる力なら何でも良かった。だが、手にしたのは、自身の固有魔法と相性が悪く、とてもじゃないが扱いきれない呪いだった。

今でもその呪いは彼のなかにあって、彼自身を蝕んでいる。


「〈禍水巫龍神まがつみなぎのかみ〉――俺の地元に伝わる、伝承上の神様だ。その神様が、俺には憑いている」


守りたい。護りたい。その思いに呼応するかのように神様が答えた。


でもそれは、救いでも何でもなかった。


「ありとあらゆる事象を拒絶し跳ね返す力を持った神様バケモノが宿っている。そんな奴を、日本の魔法士を束ねる奴が近くにおいておくわけもない。あのクソ親父は俺を捨てた。だからこそ。魔法じゃなくて〈呪い〉で。俺はこの学園を勝ち上がる。全ては――〈十大魔皇〉になって、あのクソ親父に。そして。俺の大事な人を奪った〈アイツ〉を殺すために」


「――あくまでも、この学園は復讐のための1ステップにすぎないと?」

「あぁ。その通り。俺は、俺の全てを復讐に捧げている」


理事長は。草凪 咲良は。その言葉を聞いて、しばし考える。

彼なら本当に〈十大魔皇〉になれるかもしれない。しかしそれすらも復讐の足掛かりでしかないのだ。教育者としては、その燃えたぎる黒い感情を取り除くべきだろう。しかし、本当にそれで良いのだろうか。今の彼を動かす原動力は、その復讐心しかないのに。それしかないのに、それを奪うことが、本当に正しいことなのだろうか。

復讐が成功したら?〈十大魔皇〉になったら?――その先に待っているものは、何だ。何が残っているというのだ。



――どうせ破滅しかない。それしかない。


復讐の道に落ちた者の末路を、咲良はよく知っている。


でも、今の彼を止める方法など、わからない。

ならば。復讐は認めよう。認めたうえで、条件を課そう。


「わかった。君の入学を認める。ただし条件がある。その条件とは」


「全国の学生魔法士の大会3大タイトル全てで、優勝すること。在学中に〈十大魔皇〉の次期候補になること。もちろん、〈十大魔皇〉になってくれても構わない。どうだ?君の復讐の足しにもなる、良い条件だろ?」


理事長は、最初から無茶な条件を課したつもりだ。

〈魔皇剣武祭〉――1対1のトーナメントで行われる、学生魔法士の大会。敗者復活もない、正真正銘の、負けたら終わり。腕に自信のあるものが戦う、技と技のぶつかり合い。3大タイトルの中でも、最も人気のある大会だ。


〈双華魔煌杯〉――2対2の総当たり戦で行われる大会。男女関係なくペアを組み参加できる。出場権を賭けた抽選や予選もなく、エントリーした組の全てが出場するため、毎年100を超える組みと試合をすることになる。ある種〈最も過酷な大会〉である。


〈戦鏖鬼陣戦〉――巨大な島を舞台に繰り広げられる生き残りをかけたサバイバル戦。最後の1人になるまで終わらない大会。水や食糧、衣服に寝床まで、全て自分で調達しなければならない、これまた〈過酷〉な大会である。


――そして、これらを全て優勝した者は未だにいない。もし実現すれば歴史に名を残すことができるだろう。


「上等だ。やってやる。俺はあのクソ親父と〈アイツ〉を殺すためなら、何だってやる」


「よろしい。取引成立だ。ようこそ――国立・第九魔法学園へ。君の入学を心から歓迎しよう。では、この書類に必要事項を記入し、入学式の日に持って来てくれ。――君の家庭事情を考慮し、保護者は私の名を使いたまえ。それと、あの父親の名を使いたくないなら偽名で構わん。私が許可する」


「そりゃどうも。名前は、そうだな――偽名のプロ〈影〉に考えてもらう」


書類を受け取り、中身を確認する。必要なものはこの書類と中学校までしっかり通っていたことを証明できるもの。まぁ、卒業証書で良い。

保護者や緊急連絡先、住所などのありきたりな項目から。

使用できる魔法や武器の申請書など、この学園ならではのものもある。

入学式まで3日。それまでにやるべきことは、〈影〉を捕まえて偽名を考えてもらうこと。これが一番大変だろう。だが、なんとかなる。なんとかする。今までもそうやってきた。


「ときに、君は戦闘のスイッチが入ると素が出るみたいだね。最初は敬語を使っていたのに――今では敬語のけの字もない」


「――俺より弱い奴に敬意なんかねぇよ」


そう吐き捨て、彼は理事長室をあとにした。



***



「必ず、必ず俺が守る!俺の後ろにいろ――✕✕✕!!」

空には暗雲が立ち込め、土砂降りの雨が降る。どろだらけになりながらも、男は立ち向かう。


眼の前には、〈紅蓮の鮮血ローゼフラウ〉ことメイリア・ヴェスタ―がいる。魔法士の血を吸うと強くなれる。それも、少女の血は絶大な効果がある。――という持論のもと、世界中の魔法士の血を啜ってきた狂気の殺人鬼。生きたまま縛り付け、左足首を切断。そこから直接、血を飲むという手口は、〈狂気〉以外の何物でもない。

血を飲み干した後は、肉や内臓を喰らい、骨は粉砕して家庭菜園の肥料とする。脳は特殊な加工をして自宅地下に飾る。


残虐非道な殺人鬼が、今。彼の眼の前にいる。

背後には、護るべき人がいる。


「逃げて!!そうすれば死ぬのは私だけで済む。ここで戦ったら、二人とも死んじゃう!!」

その叫びが。訴えが。本心であることはわかっている。彼女は本当に、彼に助かってほしいと思っている。自分を置いて。捨てて。逃げてほしいと思っている。

でも。だからこそ。それが本気だとわかっているからこそ。

彼は逃げない。立ち向かう。


「フフフ。美しい愛ね。絆ね。命ね。でも――それもここで見納めなんて、悲しいわ」

メイリアの持つ武器は鉄扇。それも、持ち主の魔力が尽きない限り無限に生成され続ける。

その鉄扇を振るう度に鉄の羽が飛んで来る。それはメイリアの精密な魔力コントロールによって、速度や威力、タイミングなどのありとあらゆる要素が僅かにズレている。一つに集中すれば、他の羽に当たる。しかし、全体を見ていては、頭の処理が追いつかない。

プロだ。プロ中のプロだ。彼女は、人を殺すプロだ。他人を害することに何の躊躇いも迷いも遠慮もない。


「負ねえよ。俺は負けねえ!!何が愛だ。絆だ。お前なんかに、そんなの語る資格はない。それに―――命の熱さを、お前は知らない」

無数の鉄扇に、体をズタズタにされながら。尚も彼は立ち上がる。刺さった羽を抜きながら。フラフラになりながら。

目元に流れるそれが、雨なのか涙なのかはわからない。

けれど、そこに熱があった。

たしかにそれは、熱かった。



まるで――命のように。


まるで――初恋のように。



「仕方ないわね。貴方がいつまでも倒れないなら――こちらも固有魔法を使うしかないじゃない。固有魔法―〈深慮血奏・赤クイーンオブハート〉」

刹那。彼の足元から、血で生成された無数の槍が出現。それを回避するために跳躍したところに、鉄扇が飛んで来る。全力で空中で体を攀じるが間に合わず。槍や鉄扇が容赦なく彼の体を貫いていく。

雨が傷口を濡らす。そのため、なかなか血が止まらない。これ以上の失血は、死に繋がる。けれど、立つ。彼は立ち上がる。彼もまた、己の武器を携え。それで無理やりに体を起こす。


「何が何でも護る!死んでも護る!!命に変えてでも護る!!!俺の――魂に変えても!!!!絶対に護る!!!!!固有まh―――」


「――もう、良いよ」

決意を遮るような。そんな彼女の放つ諦めの言葉に、彼は何も言い返せない。

「私の固有魔法なら、メイリアさんを確実に倒せる」

自分を殺そうとしている相手にまで、〈さん〉を付ける。

それが、甘さということを、まだ知らない。まだ気づいていない。

けれど。

それが――優しさだ。

そして。

そんな優しいところを好きになってしまったのだ。

「それだけは絶対にだめだ。しょうがない。賭けだが―――やってやる」

いつ拾ったかわからない、濃紺の札。それには、ここら一帯に伝わる神様の力が宿っている。

それを飲み込めば、神の力を手に入れることができるらしい。信憑性は極めて薄い。信じる根拠に足るものは何もない。


「力をよこせ!!禍水巫龍神まがつみなぎのかみ!!」



***



「――ハァハァ」

彼は周囲を見る。そこは見慣れた自分の部屋だ。

「夢か――ったく。何だって今更あんな夢を」

最悪の目覚めだ。

結局、あの力をもってしても、メイリアは倒せなかった。彼女の固有魔法でも倒せず。逃げるので精一杯だった。


父親に捨てられた。

あの人は死んだ。

残ったのは、呪いを宿した彼ただ一人。


絶対に親父を見返してやる。

そして、大切な人を俺から奪ったメイリアを殺す。


決意を新たに。


偽称、玄鉄 白恋くろがね はくれんは。


JWO直轄。国立・第九魔法学園の制服に腕を通した。

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