記憶を辿る男

 集団心理とは恐ろしいものである。日中には周囲の目を恐れて倫理規定に迎合していた学生たちも、満月の元で変貌を遂げて集団で狩りをし始めるのだ。ここ高田馬場では日夜女性を口説き落とすための計略が繰り広げられている。



 そしてなんと、僕はこの戦場に現地入りしていたのだ。むろん卑しい理由などではない。断じてそんなことはない。れっきとした免罪符が用意してあった。


 僕が所属する「遅田おそだ大学オカルト研究会」は非公認でありながらも会員数は八十八人を超え、現在大成長を遂げている注目サークルだ。そして夕方から駅前のレンタルカフェーを貸し切って忘年会が開催されることになっていた。なんと健全であるか。他の倶楽部などは女子大と混合飲み会をやったり、未成年飲酒の横行したりする卑劣破廉恥極まりない集団だった。比較倶楽部学の権威の僕からすれば、奴らはオカ研など比べようもない悪漢どもの烏合の衆と評することもやぶさかではない。


実際、集合場所である駅前のベンチで待機していた時も酔っ払いの百鬼夜行を幾度も見てきた。加えてそいつらは吸い寄せられるように居酒屋か中華に消えていくのである。何度でも言おう。カフェーと居酒屋、どちらが健全か? Which is healthy? 



 激戦繰り広げられる主戦場から外れた隅のほうでは、僕と部員たちはひっそりとソーシャルゲームに勤しんでいた。まるで高校生の修学旅行下のようだ。そうして日の沈みきった寒空の元で全員が揃うまでの暫し心休ませ、誰一人取り残さない優しさに満ち溢れる我々学聖隊は準備万端、約束の地へと向かったのであった。





 店内は、クラシックに支配されていた。中流階級の親たちがこぞって我が子に聴かせるようなおぞましいバイオリンの音が響きわたり、カフェーの大衆的な装飾でさえも大層な雰囲気を醸し出しているように思えた。


 僕はソシャゲ仲間と固まりつつも、この耳障りな騒音を遠ざけるためにできるだけスピーカーから離れた壁際の席に着いた。そういえば、幼少期の頃から芸術や文学といった貴族的趣味が嫌いな傾向にあった気がする。などと思案しながら冷水を飲んでいた時、右隣に座っている須藤が話しかけてきた。


 「おい、あれ見ろよ」


 彼が目線で示した先、斜め向かいの席を見ると岡崎先輩が微笑んでいる姿があった。それから彼女と目が合った。ドキリとした。なぜなら彼女はこのサークルでは姫のような存在でありオカルト好きの粋狂野郎どもに混じる紅一点だったからだ。その時もしかり、歓声怒声喚声が飛び交う混沌の飲み会の中でも存在感を存分に発揮し常に話題の中心を占めていたのだ。


僕は恥ずかしくなって視線を外し須藤に向き直ったところでこう問いかけてきた。


 「お前はどう思う? 俺はけっこう黒だと踏んでるけどな」



 質問の意図に困惑し曖昧な反応をしているところで、彼が睨みつけるように彼女を見て杯を飲み干す。そうして云った。


 「アイツが似非オカルティストなんじゃないかって噂」


 いはく、彼女は古代文明とか心霊写真とかには微塵も興味がなくて、仮にUFOが真上を飛んでいてもその意識は男からの承認欲求に終始しているような人間なのだという。しかし、僕はそれを突っぱねた。

 

 「別にありえないことではないかもな。でも、だからなんだというんだ。うちはライトなサークルで、本気のクラブじゃない。それに彼女は人を集める広告塔でもあるし、このコミュニティに不可欠な存在といえる。」


「それはわかってるさ。わかってるけど、馬鹿にされてるようで心が治まらねえよ」

 

 須藤は出会ったころからそうだった。正義感やこだわりが強くて、バカまじめな奴だった。僕が講義をさぼるために代返をサークルメンバーにお願いしていたところに通りかかった彼が注意をしてきて口論になったことから始まった友人関係。今では笑い話だが、当時は互いの価値観が衝突して常に冷戦状態だ。

 

 しばらく思案した後、妙案を思いつく。


 「待ってろ」


 そう須藤を宥め、僕は立ち上がる。


 

 




 

 

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ジェノヴァの夜 浪生活者 @road1922

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