第13話 ハイウェイは続くよどこまでも
サーティーンとセブンが、惑星バースで目覚めてから一夜明け。
「セブン、そこのレンチ取ってくれ」
「ほいよ」
「サンキュー」
サーティーンは、セブンから渡されたレンチでトライクのエンジンプラグをキリキリと締める。
その横では、トライクの燃料タンクに開いた穴を溶接し終えたセブンが、流れ弾でエンジンが完全に死んだバギーから、手動ポンプで燃料をポリタンクへと抜き出しにかかる。
惑星バースへ飛ばされてから一夜明け、まだ太陽も上りきっていない早朝から、サーティーンとセブンは野盗の頭目ギドの乗っていたトライクの修理作業に励んでいた。
『Neo Eden』で車両を手に入れる手段の一つとして、ワールドマップ上に放置された廃車を修理するという方法が挙げられる。
この方法は、一定レベル以上の『機械工学』スキルや工具が必要な上、修理された車両の品質や性能は店舗で売られている正規品には及ばないことも多い。
野盗達が乗っていたのが軽車両の単車やバギーばかりだったこともあり、これらを修理しても直接メインクエストを目指すのは難しい。
だが、次の街へ辿り着くまでの繋ぎとしてなら使えそうだった。
幸い、サーティーンとセブンは基本的に戦闘職だが、各種サブクエスト攻略や装備品の手入れをする関係上、生産系スキルも中級レベル程度までは習得している。
スキルの効果が現実となったことで今の二人には、流石に一から車両を組み上げるような本職の生産職プレイヤーには及ばないものの、無事なパーツを寄せ集めて車両をレストアできる程度の知識と技術が身についていた。
さらに運の良いことに、野盗達の車両には工具一式も備え付けられていた。
二人はそれらを駆使して、昨夜の銃撃戦で穴だらけになった車両から使えるパーツを抜いて、ギドのトライクを修復しようと試みているのである。
なお、二十台近くの車両の中からギドのトライクが選ばれた理由は、仮にも頭目の乗用車のためか廃車寸前の野盗達の車両の中でも較的状態がマシだったからである。
――あくまでも『比較的』だったが。
「……これで、どうよ? セブン、エンジン掛けてみてくれ」
「はいほーい」
バギーから抜き出した、惑星バース特有の資源と思われる金色の液体燃料をトライクのタンクに注いでいたセブンは、オイルに汚れた頬を拭いながらトライクのシートに跨る。
そして『運転』スキルによって取得した知識に従って、迷いのない手つきでキャプレーターを作動させてエンジンに燃料を送り込み、ブレーキレバーを引きながらキックレバーを思い切り踏み抜いた。
「キュルル」と響くエンジンのスターター音に、サーティーンとセブンが歓喜の笑みを浮かべた――「ボッボスッバスッ」――瞬間に情けない音をあげてエンストを起こし、トライクは沈黙するのだった。
「あーもーッ! このポンコツ!」
シートから飛び降りたセブンが、腹立ち紛れにトライクの後部タイヤを蹴飛ばす。
「おい。せっかく直そうと努力してんだから、あんま手荒に扱うなよ。ただでさえ廃車寸前のジャンクなんだからよ」
「分かってるよ。ったくもう。なんでどの車両も揃いも揃ってこんな整備不良のポンコツなわけ? 使い物になるパーツ見つけるだけでも一苦労だよ」
「文句言ってもしゃーねーだろうが。口よりも手を動かせって。こんなしみったれたゴーストタウンで、もう一晩過ごすなんてまっぴらだぞ。あったかい飯を腹一杯食って、ふかふかのベッドで寝たいんだ俺は」
「そんなん、アタシだって同じだよ」
「なら、さっさとこのポンコツを直しちまうぞ」
そう言って修理を再開するサーティーンに、セブンは不満げに頬を膨らませながらも渋々と修理作業に戻る。
「それにしてもさ。この車両もそうだけど、連中の使ってた装備って『Neo Eden』のと同じような技術で作られてるよね」
「ああ。おかげで俺らの『機械工学』スキルのレベルでも、どうにか修理ができそうなんだからラッキーだったな」
「ホントにそう思ってんの?」
「……何が言いたい?」
聞き返しはしたが、サーティーンもセブンの懸念は理解している。
体内のナノマシンや装備がゲームの時と全く同じ、どころかフレーバーテキスト込みで考えればそれ以上の性能を有している事から、少なくともこの世界は『Neo Eden』と同程度に科学技術が発展していることは間違いない。
それ自体はむしろ歓迎すべきことだ。
だが、ここで問題になってくるのが、ギドの言葉を信じるならばこの世界はゲーム本編で語られた惑星開拓計画から三百年も後の時代だという点である。
三世紀もあれば、テクノロジーは大幅に進歩していて然るべきだ。
にも関わらず、野盗達の装備に使われている技術は『Neo Eden』に登場していた物と大差はなく、整備状態に至っては大きく劣っている。
それは、惑星バースの技術レベルは三百年の間にほとんど進歩していないことを意味し、技術分野によってはむしろ退化しているような印象すら受ける。
おかげでサーティーンとセブンのスキルレベルでも車両の修理が可能だったが、果たしてこれは素直に喜ぶべきことなのだろうか。
(野盗連中が三百年前の骨董品を使うしかないぐらいにひっ迫していたか、それとも単に古い物好きだったとか? ……ハッ。ねぇわな)
トライクの修理を続けながら、サーティーンは頭の中に浮かんだ考えを一笑に付した。
元のリアルにもレトロカーやクラシックカーを乗り回す、いわゆる
三百年の技術を今も使い続けるのは、地球で言えば自動車で溢れかえる道路を馬車や牛車で走るようなものだ。酔狂にも程がある。
それにどの車両も整備状態は劣悪ながら、品質自体は百年単位の経年劣化を感じさせる程ではない。
これらの車両が作られたのは、それほど昔の事ではないだろう。
とするならば、やはり惑星バースの文明は何らかの理由で停滞していると見るべきか。
サーティーンとセブンの懸念は、まさにここにある。
停滞で済んでいればまだマシだが、もしこの星がSF作品にありがちな文明が崩壊してヒャッハーな無頼漢が跳梁跋扈する
この三百年の間に、この惑星バースは一体どのような歴史を紡いできたのだろうか。
性根はあくまでも一般人の二人だ。世紀末救世主になるつもりもなければ、絶対的支配階層に喧嘩を売るつもりもないのである。
「まっ。今ここでウダウダ考えてたってしょうがないか。ほら、さっさとこれ直して出発しようよ」
と、セブンがメンタルスキルの影響か、はたまた自前の性格なのか、あっさりと気持ちを切り替えて闊達な声をあげる。
その様子に毒気を抜かれたサーティーンは、苦笑いを浮かべる。
「だな。ってかよ。元はと言えば、お前が考えなしに撃ちまくらかして、車体を軒並み蜂の巣にしちまったからこんな苦労してんだろうが」
「はぁっ!? サーティーンだって撃ちまくってたじゃん!」
「俺は全員ヘッドショット一発で仕留めたもんよ。いつも言ってんだろ。無駄弾撃ちすぎだってよ」
「アサルトライフルとスナイパーライフルを同列に語らないでよね。フルオートで弾をばら撒くのが快感なんだから」
仲良く口喧嘩を繰り広げながらも、二人は片時も手を休めることなくトライクを修理していく。
それから数回にわたる失敗と、その倍以上の口喧嘩が繰り広げられ、太陽が天頂に登ろうかという頃。
「っしゃー!」
「直ったーっ!」
ガッツポーズするサーティーンとセブンの眼前には、有り合わせのパーツが継ぎ接ぎされて、多少不格好ながらも「ドッドッドッ」と重厚なエンジン音を鳴り響かせるトライクの姿があった。
「「イエーッ!」」
サーティーンとセブンは、オイルまみれになった顔で喜びに打ち震えながらハイタッチするのだった。
◎◉◎
「忘れもんはないな?」
トライクの運転シートに跨ってハンドルを握るサーティーンが、後部座席に座るセブンに振り返る。
「うん。大丈夫。けど、やっぱアイツらの装備とか持っていかなくてよかったのかな?」
セブンはそう言って、路肩に並ぶ石の列に目をやる。
ゲームと違っていつまでも残ったままの野盗達の死体だが、時間の経過と共に腐敗が始まっていた。
サーティーンとセブンは、自分達の中に残っていた「死ねば皆仏」の日本人の価値観に従い、せめて墓だけは作ってやったのだ。
死んだ後にせよ人並みな扱いをしてもらえたことを鑑みれば、碌でもない人生を歩んできたであろう無法者達は、最後の最後で幸運に恵まれていたと言える。
なにせ、工具一式の中にスコップがなければ、二人が墓を作ってやることもなかったのだから。
埋葬の際、サーティーンとセブンは無法者達の装備をどうするかで少し悩む事になる。
当初は、ゲームで倒した敵からアイテムを入手するのと同じように、装備を根こそぎ剥ぎとろうかとも思ったが、死体から衣服を脱がす手間と気色の悪さから、結局は自分達の武器と規格の合う弾薬を頂いた以外は、ほとんど手をつけずに穴に埋めることにした。
「トライクの積載量はたかが知れてるし、燃料の節約のためにも重量はあまり増やしたくないしな」
「まあ、それもそっか」
「それに、連中の武器も着てるもんもスクラップ同然のガラクタだ。持っていったところでしょうがねえだろ。弾薬とこのトライクと、コイツだけで十分さ」
サーティーンはそう言って腰の雑嚢(フィールドパック)に収めた、無法者達の持ち物の中で最も状態の良かったギドのリボルバーを示して見せる。
「あ、ズルいっ。いつの間に自分だけチャッカリと!」
「ワハハッ。まあ気にすんなって。ほれ、さっさと出発するぞ。ハリーハリー」
そう言ってサーティーンは、急かすようにトライクのアクセルレバーを二度三度と回してエンジンを噴かした。
「ったくもう! 安全運転で頼むからね、運転手さん」
「かしこまりー。ではでは」
「レッツゴーッ!」
セブンの掛け声とともに、サーティーンはチェンジペダルを踏んでギアを一足に入れてトライクを発信させた。
サーティーンとセブンを乗せたトライクは、徐々に速度を上げてメインストリートを走り抜け、やがて廃墟を脱して地平線の彼方まで伸びるハイウェイへと乗り出す。
「サーティーン!」
「ああっ?」
「この世界って広いね!」
「ああっ!」
このハイウェイの続く先には、一体どんな世界が広がっているのか。
サーティーンとセブンは、まるで『Neo Eden』に初めてログインしたような僅かばかりの不安と、それ以上の大きな期待と興奮に心を弾ませるのだった。
廃ゲーマーコンビ、開拓惑星にて奮闘せり 不健康優良児 @health
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