第12話 フレーバーテキスト

 かつて栄えた文明の残骸である廃ビル群。

 夜の帳はすっかり降り、はるか以前にインフラが絶たれて文明の火が消えて久しい廃墟の一角。

 小規模の複合商業施設の店内から、微かに明かりが漏れている。


 陳列棚は軒並み荒らされ、商品がすっかり消え失せた店の奥で、パチパチと焚き火が燃えている。

 焚き火を挟んで二人の男女が向かい合い、ユラユラと揺らめく炎に視線を落としていた。

 近未来の開拓惑星を舞台にしたVRゲーム『Neo Eden』をプレイ中、気づけばゲームアバターの姿でバースと呼ばれる地球とは異なる惑星に飛ばされてしまったサーティーンとセブンの二人である。


「お店の中、どこもかしこも見事なまでに空っぽだったね。缶詰の一つくらい残ってるかもって、ちょっとだけ期待してたのにさ」


 荒らされた店内を一瞥するセブンが、気落ちした様子でぼやいた。


「残ってたところで、食えたかどうか分かったもんじゃねぇぞ。街の有り様からして、ここが廃墟になったのはずいぶん昔の話だろうしな」


 向かいに座るサーティーンは、店の倉庫に転がっていた空の木箱や木製の商品棚をたたき割って作った薪を焚き火の中に投げ込みながら、セブンのぼやきにそう返した。


「そりゃそうだけどさぁ」


 セブンはため息をつきながら、腰の雑納からブロックのような携帯食料アイテムを取り出して口に運ぶ。そして立ち所に眉尻を下げた。


「うぅ〜。ゲームの時もあんま美味しくなかったけど、さらに輪をかけてまじゅい」


 ゲームでは味のしないカ◯リーメイトといった風情の携帯食料だったが、現実の世界では「栄養価は抜群だが、味と食感は最悪」というフレーバーテキストの設定まで律儀に再現されているようで、味気の無さに加えて水分を根こそぎ奪い尽くさんばかりのパサついた食感が口の中を蹂躙してくる。


「ったく。運営もどうせなら、もう少しマシな設定付ければいいのに」

「……設定。そうか成程。設定か」


 セブンが何の気なしといった様子で口にした愚痴に対し、サーティーンは考え込むように顎に手を当てた。


「どうかした?」

「いやな。さっきからずっと考えてたんだよ。なんで俺達が、別の世界にゲームアバターの姿で飛ばされたり、リアルの記憶無くしたり、挙句にはド派手にドンパチしたりしても、こんなに冷静でいられるのかって」


 思い返してみれば、サーティーンとセブンがこの世界で目が覚めた時、もちろん最初は動揺したが、その後二人はすぐに自分達の状況分析ができる程に落ち着きを取り戻していた。

 元のリアルの記憶が失われていると分かった時もそうだった。当然ショックは受けたが、そこからの立ち直りの早さは明らかに不自然だ。

 野盗の殲滅をあっさりと決断し実行できた異常さなど、最早論ずるまでもないだろう。


「それはアタシも謎に思ってた。驚きが一周まわったにしても流石に限度があるなって」

「だろ? で、さっきのお前が言った設定って単語で思ったんだけどよ。もしナノマシンがフレーバーテキストの設定ごと現実化していたとしたら、俺達が妙に冷静なのはスキルの影響なんじゃね?」


 サーティーンの言葉に、セブンはハッとしたように目を見開く。


「あ、そうか『メンタル系』!」


 ゲーム時代の『Neo Eden』には「ナノマシンによって脳内の化学物質や脳波を操作して人間の性格や感情をある程度まで制御できる」という設定の『メンタル系』と呼ばれる常時発動型パッシブスキル群が存在した。

 プレイヤーはこれらのスキルを取得することによって、特定のステータスにプラス補正がかかるなどの恩恵を受けることができるのである。


「可能性は高いだろ? セブン。お前、メンタル系なに取ってたっけ?」

「アタシは『豪放磊落』。サーティーンは?」

「俺は『冷静沈着』だ。成程。ってことはやっぱ、スキルの設定もまんま現実になってるっぽいな」


 ちなみにサーティーンの『冷静沈着』はエイム時の手ブレを抑制し、セブンの『豪放磊落』は被ダメージ時の硬直やノックバックを軽減する効果がある。


 狙撃手であるサーティーンは狙撃の精度を上げるために、常に最前線で被弾の危険があるセブンは足を止めないために、それぞれ取得したスキルだ。


 ゲームの時はただそれだけの効果だったが、ナノマシンが現実のものとなった今は「性格や感情を制御する」という、ゲームシステム的にはなんの恩恵もなかったフレーバーテキストの設定すらも現実のものとなっているようだった。


 結果としてサーティーンとセブンは、この異常な状況下でも取り乱さない冷静さや豪胆さを取得しているようだった。


「まあ正直、違和感が無いわけでもないけど、こんな状況で取り乱さないで済んでるんだ。そんな悪い事でもないだろ」

「同感。お互い、変なネタビルドに走ってなかったのは不幸中の幸いって奴だったね」


 自分達の性格が少なからず変化しているのは、何とも言えない気味の悪さがあるが、この状況下で混乱に陥らずに済んでいるのはむしろ有益とさえ言えた。

 メンタル系の中には人型エネミーに対して攻撃力が上がる『殺人衝動』など、もし現実化したら割とシャレにならないものもあったのだから。


 というサーティーンのな意見を、セブンはにアッサリと受け入れるのだった。


「でもそっか。通りでリアルじゃか弱くて繊細な乙女のアタシが、目が覚めてからこっち全然不安とか感じないから変だとは思ってたんだよね」

「なにがか弱くて繊細な乙女だ。《前線中毒》がよく言うぜ」

「ムキーッ! それは言うなってば!」


 「キーキー」とお猿さんと化すセブンと、それをイジって楽しむサーティーン。ゲームの中で何度となく行われた戯れあい。二人の関係は、世界を違えたところで変わることはないのであった。

 少なくとも、今のところは。


「さて、おふざけはこれくらいにして。今後の俺達の目標をハッキリさせておくとするか」


 ひとしきりセブンとの戯れあいを楽しむと、サーティーンは真面目な顔を作ってそう切り出した。


「目標かぁ。やっぱ、元の世界に帰る方法を見つける、とか?」

「まぁ、普通に考えたらそうなるよな。けどなぁ……」


 そこでサーティーンは、奥歯に物が挟まったような顔で言い淀む。

 セブンも気持ちはわかると言いたげに頷き、そこから先を引き継ぐように口を開いた。


「ぶっちゃけ、あんまり帰りたいって感じないよねぇ」

「それな」


 リアルの記憶が欠落しているせいなのか、今の二人には望郷や郷愁の念が希薄だった。

 元の世界に帰りたいという思いが皆無というわけではない。だが、是が非でも帰還を願うほどの未練を元の世界に持っていたのか否か、それすら思い出せないのだ。

 おまけに二人には、惑星バースに飛ばされるその切っ掛けになるような記憶すらない。


 トラックに轢かれたわけでもなければ、謎の光に飲み込まれた覚えもなく、神との会合も果たしていない。

 二人とも気がつけばコールドスリープポッドの中で目を覚ましたので、帰る方法を探すと言っても具体的にそれがどのようなモノなのか皆目見当もつかないのである。


「そもそも帰る方法なんてあるのかな? これがファンタジーだったら、転移魔法とか勇者召喚とかそれっぽいのがいくらでも思いつくけどさぁ」

「現にこうして俺達がここにいるんだ。何かしら、プレイヤーを呼び寄せる原因がこの星にはあると思うんだが」


 二人とも装備を回収する際、コールドスリープポッドの中は一通り調べている。だが、時空の壁を超越するような超ハイテク装置や、触れれば膨大な知識が流れ込んでくるオーパーツといった代物は見当たらなかった。


 ポッドの降下地点にしたところで、都市機能が完全に死んでいる廃墟だ。この近辺に自分達がこの世界にやってきた原因があるとはとても見えなかった。

 となれば、残された手がかりはただ一つである。


「やっぱ、このメインクエを目指すっきゃなさそうだな」


 サーティーンは、視界のマップにただ一つだけ表示されたメインクエストを示す赤い光点を見つめてそう言った。

 ゲームの設定がフレーバーテキスト込みで現実となった今、メインクエストの表示はゲームの時以上に重要な意味合いを持つのではないか、とサーティーンにはそう思えてならなかった。


 セブンも異論はないようだった。


「それしかなさそうだよねぇ。でも、めちゃくちゃ遠いよ?」

「ああ。直線距離で見ても三千キロは余裕で超えてる。歩きで向かうのは、無謀を通り越してただのアホだな」

「弾も食料も手持ちの分だけじゃ絶対に保たないよ。アタシはAGI極振りだし、サーティーンもDEX器用優先でSTR筋力は二の次だったから、あんまり大荷物は持てないもんね」


 近未来を舞台にしているが、同時にリアルチックSFをコンセプトに掲げる『Neo Eden』には、質量保存の法則その他諸々を無視して何百個ものアイテムを収納できるアイテムボックスのような便利な機能は存在しない。

 プレイヤーはマガジンホルダーやバックパックなどの限られた収納ケースをやりくりして、弾薬や消費アイテムを持ち運びしなければならないのである。


 さらに、装備を含め持ち運べるアイテムの総重量はSTRのステータス値によって制限がかかり、これを超えると移動速度が著しく低下する上、消耗するスタミナも増大する。


 『Neo Eden』内最速と謳われるほどにAGIに特化してステータスを振ったセブンは言うに及ばず、サーティーンもステータスはDEXを最優先に上げているのでSTRはトッププレイヤーの中ではそれなり止まりだ。


 ちなみに他のゲームではクリティカル率などに影響するDEXだが、『Neo Eden』ではエイムの精度に影響してくる。

 ギリギリ重量級の武器も持ち運べる程度に上げたSTRで長物のスナイパーライフルを軽快に運用し、ゼロコンマのレベルで照準を微調整できるまでに鍛え上げたDEXで狙い撃つ。これが«死神»サーティーンの基本戦闘スタイルである。


 閑話休題


 機動力の確保やスタミナ消費率のバランスを考慮に入れて、二人の手持ちの弾薬や食料などの消費アイテムの総量はトッププレイヤー帯の中では控えめだ。

 徒歩での数千キロの長旅などしようものなら、道半ばにすら至る前に物資が尽きて行き倒れするのは目に見えている。


 メインクエストを目指すという目標は、初手から完全に手詰まりと言えた。


「よし。ここは一つ、発想をゲームっぽく変えてみようぜ」

「どういうことさ?」

「まず俺らの目標は、メインクエストを目指すことだ。けど現状、そこへ辿り着くための装備が整っていない。だからまずは、長旅に耐えられる移動手段を確保することから始めようってことだ」

「あーなるほど。つまりまずは車を手に入れようってことね」

「そういうことだ。それも居住スペース付きのキャンピングカータイプのヤツがいいだろうな」


 前述の通り、リアルチックSFをコンセプトとする『Neo Eden』には、長距離を一瞬で移動するワープのようなハイテク技術は存在しない。

 一千万平方キロメートルを誇る広大なワールドマップを行き来するための手段として、ゲームでは多種多様な車両が登場し、それらはクエスト報酬やカーショップで購入、もしくは他のプレイヤーの車両を強奪するなど様々な方法で入手することができた。

 ゲームでは、長距離移動を可能にする車両を入手して、初めて一人前のプレイヤー扱いされる風潮もあったのである。


 サテライト系スキルと同様にこの世界には引き継がれなかったが、サーティーンとセブンもゲームではキャンピングカータイプの車両を保有していた。

 車内の居住スペースで寝泊まりできるキャンピングカーならば、数千キロの長旅にも耐えられるだろう。


「となると、まずは車が売られてる街か何かを探さないとだね」

「ああ。マップの表示圏内にはそれらしいもんはなかったけど、ハイウェイは続いている。道路を辿っていけば人里に辿り着く可能性は高いはずだ」


 サーティーンは、マップに表示された廃墟から一本だけ伸びるハイウェイ道路を指でなぞりながらそう言った。

 道路とは、街と街の間を繋ぐ血管のようなものだ。無作為に作られることはあり得ず、道路の辿った先に何かしら人の営みが築かれている可能性は高い。

 ゲームでもワールドマップで道に迷ったなら、まずは道路を探すことが推奨されていた。


 物資の補充の手立てを見つけるという点でも、まずは人里を探すという方針は適切と言える。

 クエストを攻略するため必要な装備を吟味し、それを手に入れるために東奔西走する。サーティーンの言った通り、それはまさにゲームの発想そのものだった。


「線路ならぬ道路は続くよどこまでも、かぁ。でも現状、移動手段が歩きしかないんだから、結局のところ食料が持つかどうかは一か八かの賭けになりそうじゃない?」

「それなんだがよ。もしかしたら、次の街までの移動手段ならなんとかなるかもしれんぜ」

「ふえ?」

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