第11話 誰にでも許せないものはある

 硝煙が燻る銃口の先で仰向けに倒れるサーティーンと、背後からその体を抱き支えるセブンを視界におさめ、ギドは胸のすくような思いと共に口元を歪ませた。


「ヒ、ヒヒ、ヒャハハハッ! バカが! 油断しやがって! ざまぁみやがれ!」

「……バカはテメェだよ」


 勝ち誇るギドの耳朶を、地獄のように不機嫌な声が打った。


「へぁ?」


 間の抜けた声を上げるギドの視線の先で、胸を撃たれたはずのサーティーンが「おもい〜」と呻くセブンに背中を押される形で、何事もなかったかのように身体を起こしている。


「な、なんで!? こ、この距離で外したってのか!?」

「んにゃ? しっかり当たってんぜ」


 そう言ってサーティーンは、親指大の穴が開いたポンチョをはだけて自分の胸元を親指で指し示す。

 そこには、キノコの傘のようにひしゃげてボディーアーマーにへばり付いた弾丸があった。


「あーあー。せっかくの一張羅が台無しだ」


 サーティーンは、ポンチョの穴から指を突き出してぼやくと、胸元をパッパッと払った。弾丸はアッサリとボディーアーマーから剥がれて地面に転がる。

 アーマーは被弾した箇所に微かにヘコミが出来ているだけで、ほぼ無傷だった。


「そ、そんなバカな! コイツが一体どんだけの威力があると思ってやがんだ!」


 至近距離から撃ち込んだ大口径リボルバーが全く通じなかった現実を受け止めきれず、ギドは狂ったように喚き散らす。


 動きやすさを重視しているため、どこぞのPKスコードロン頭目の強化装甲服には劣るが、サーティーンとセブンのボディーアーマーも特殊合金製の最高クラスの防具だ。

 どれだけ大口径だろうと、ハンドガン程度の火力では傷をつけるのも困難な代物である。

 二人のボディアーマーを貫通するには、ライフル弾でも同じ箇所に数発連続で撃ち込む必要がある。


 もっとも、貫通はせずとも被弾の衝撃で僅かながらダメージは入るので、過信は禁物だが。


 ちなみに一張羅とは言ったが、ポンチョとケープに関しては迷彩効果とオシャレ効果を狙った安物だったりする。


 サーティーンとセブンも決して油断していた訳ではないのだが、ギドの口から語られた三百年前云々のくだりは、二人が気を逸らさせられる程度にはインパクト抜群だった。


 とは言え、銃を向けた相手の口車にまんまと乗っかり、一瞬の油断を突かれて反撃されるという、まるで映画の間抜けな悪役のようなムーブをかましてしまったことに、サーティーンは地味に怒り心頭だった。


(チッ。我ながら、絵に描いたような不意打ち喰らっちまったモンだぜ。今後は気を抜かないようにしねぇとな)


 サーティーンは内心で自分を戒め、絶望の表情を浮かべるギドの額に暗い笑顔と共にタクティカルリボルバーを突きつけた。


「ひぃっ!」

「さて。見ての通り俺は心の広いナイスガイなんだが、そんな俺にも許せないものが三つある。一つ、人が挨拶してるのにそれをスルーする奴。二つ、人の物を力ずくで分捕ろうとする奴。三つ、人に向かって銃をぶっ放してくる奴だ。おめでとう。おっさんはフルコンプだ」


 そう吐き捨てると、サーティーンは見せつけるようにリボルバーの撃鉄をゆっくりと起こす。


「た、助けっ……」

「言ったろ。他人に銃口を向けていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだって」


 目に涙を浮かべるギドの命乞いには聞く耳を持たず、サーティーンは無慈悲に引き金を引いた。

 脳みそをまき散らして、ギドは死んだ。二十人余りもの手下を率いたロードギャングのボスのあまりにもあっけなく、あまりにも情けない最期だった。


「あ、いけね。殺っちゃう前に、一番近くの街の場所とか聞いとくんだった」


 腰のホルスターにルリボルバーを収めながら、サーティーンは「しまった」とばかりに額に手を当てた。


「あっ! そうじゃん! も〜、油断して撃たれちゃうし、何やってんのさドジ」

「いや。お前だって、コイツから目を離しただろうがよ」

「そんなことありませんー。アタシはちゃんと注意してましたー」

「嘘つけコラ。思いっきりよそ見してたろ」

「ホントですー。心の眼で見てましたー」

「そんなスキルなんてねぇだろうが」


 やいのやいの言い合っていた二人だが、やがてどちらからともなく周辺に転がる無法者達の死体に目をやった。


 ざっと数えて二十人以上の射殺体。

 ゲームのようにポリゴンの破片となって消滅することはなく、傷口からはエフェクトではない本物の鮮血がこぼれ、地面に赤い水溜りを作っている。


「……これ、アタシ達がやったんだよね」

「……ああ」


 本来の自分とは全くかけ離れた肉体は、まるで『Neo Eden』をプレイしていた時と全く同じ感覚で思う通りに動かせた。動かせてしまった。


「……なんか、ほとんど何も感じないね」

「……だな」


 地球の、それも二人の母国である厳格な法律が敷かれた法治国家の日本の基準から考えれば、間違いなく歴史に残るであろう大量殺人を行った後にも関わらず、罪悪感やそれに類する感情は湧き上がってくる気配もない。


 強いて言えば、ゲームをプレイ中に取るに足らない雑魚エネミーを蹴散らした時のように僅かな達成感があるくらいだろうか。

 肉体はともかく、二人の中身のパーソナリティーがごくありふれた一般人であることを考えれば、明らかに異常な精神状態である。


 元のリアルの記憶を喪失しているとは言え、日本人としての価値観や倫理観までは失っていない。そう思っていたのだが。


 あるいは、相手が弁解の余地もないほど徹頭徹尾悪党だったせいなのかもしれないが、この荒事に対する忌避感の無さは果たして歓迎すべきことなのか否か。


 明確な答えを出すことも出来ず、サーティーンとセブンは野盗達の死体に囲まれて立ち尽くすのだった。

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