『』の物語 6
「…………でも、弟を、助けてください」
「は? それはさっき
「あ、あなたの、ためでは……」
「ボクが現れた時点で全部奪われるのに、なにを言っているんだ」
ぐちゃぐちゃに破壊して消し去るために追いかけて探し回っていたのに、身綺麗なままというのは予想外だった。人生を
しかも、これから生きていればこちらの力である程度望んだ幸福を与えることは可能だったのに、開口一番に「弟を助けろ」とは。
「キミはボクが好みではなかったが、そこは諦めろ。男運がないのは、もうわかっているだろ。キミを選ぶのはボクしかいないんだから」
「あ、の…………神様は、私のことが好きなんですか……?」
「好きだ。だが、キミがボクを選ばないのはわかっているから、どうでもいいことだろ」
本当に好きなのか? と不思議そうに見てくるので、優しく頭を
「キミの弟は撫でてくれはしなかっただろう? 頑張ったな」
「…………」
「まだ泣くな。やることがある。たくさん
少しくせのある、かたい黒髪。茶色のその瞳に、こちらの姿が映っている。瞬きを繰り返す彼女に、告げる。
「始めるぞ。魂は
キミの『願い』を叶えるため、キミ自身をも『
安心させるように微笑んでみせる。だれかにとってはくだらない、ささやかな願いに過ぎないだろう。
「間違うな。キミは自分自身のために弟を助ける。ただの自己満足だ。恩返しも、ただの自己満足だからな」
恩と思っているのは彼女だけだろう。結局、人間は一方的な感情でしか、生きていけないのかもしれない。
「いつかだれかが助けてくれるなんて、そんな都合のいいことはない。ありえない。その『現実』を虚飾し、たった一瞬を、『
さあ、ボクの選んだ魂よ。『過程』をなにより重要視する人間たちすべてを
「いいな? ボクも利用しろ。キミは手段を選べるほど、武器を持っていない。戦おうとするな。立ち向かおうとするな。ただ目的だけを、見ていればいい。
ほかの人間を
そう、自分のように『
この世界に開けた『穴』もいずれ見つかってしまう。見つかる前に、彼女の魂を消し去る。この人生をわずかでも幸せだと思っていたら……多少は大人しくしてるつもりだったのに。
望みを叶えるエネルギーに魂を変換すれば、文字通り、消滅する。そこに自分の魂も使うだけだ。やはりこんなものは、愛でも恋でもない。
彼女の目元を片手で
反発力が大きいほどいいというのは、書き換える情報が多いものほどいいということだ。つまり、極端な人生を送った記録が必要となる。人間ではない自分から見ても、
なるべく想像しやすいような言葉を選んでかけたが、これで正解だろうか? こんなに
口移しが一番楽だが、今の彼女は怪我をしている。
彼女の七度の
どうしてここまで疲れるのかわからない。意識を
眉をひそめると、視界が暗くなる。その薄闇の中で、こちらの意識を
「
は、と気づいて声をかけると、止まっていた息を吐き出してくれる。見落としていた。今の彼女の人生での無意識下でのこの
会話を続けていたほうがまだ良かったか。こんなに急激に
「べつに怖いことをするわけじゃない。静かに始まって、静かに終わる。終わりなんていきなりで、あっけないものだ」
怖くないくせに。痛覚も
対価を差し出さないと、信じたふりさえしてくれない。こんなふうにしたのは、いま、別の病室にいる彼女の家族だ。
「キミが呼んだから来たわけじゃない。もう代償は払っているから、あとはボクがやるだけなんだ。ごめん。ごめん」
彼女の意識がこちらに向く。謝罪の言葉は
「簡単なのに、できなくてごめん。気持ち悪いだろうが、手を握ってるから。あっという間だ」
あぁ、握り返してくれた。さあ、
七度の間に七回、自分の姿が消えては現れた。最後の一度と同時に、姿が完全に消え、彼女の握られていた手が力なく落ちた。そのまま、まったく呼吸をしなくなる。
そしてもう一度、姿を
「トワ……
すべてが逆さまになったような奇妙な揺らぎ。秒針が激しく振動し、逆方向へ無理やり動こうとする。そしてそれを止める力もまた、あった。
川の水が逆流しようと、砂時計の砂が舞い上がろうと、蝶の羽ばたき、生き物の動きひとつ、すべてすべて。
「約束は、―――――――守られた!」
時の止まった世界で、内包していた強い力が逆回転する。破裂して、嵐のような破壊が生じ、世界を
「……やはりボクは、キミを愛していない」
薄く笑った彼が
これは『願い』が『叶う』物語。
ふたりの『うそつき』が、願いを叶えた……ものがたり。
閉じられた本の
ストーリーテラーと、七人の共犯者 ともやいずみ @whitemozi
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