第7話 俺はお前らに殺されたんだ!
9月4日09:20、東京拘置所、死刑執行施設、1階。
「俺たちの仕事って…何なんですか…」
「裁判所が決めたことを、忠実にこなす。それだけだ。」
「それだけ…ですか?」
小声で話す刑務官たちの声が、少しずつ片桐の耳に入ってくる…
片桐は意識を取り戻した。いや”意識を取り戻した”という表現が適切なのか。確かに自分がどこで生まれ、どのように生きて、どのように殺されたのか、という“生前”の記憶はある。しかし…
生きている人間が使うことを前提として作られた言葉では、うまく表現することができない。しいて言うなら、何というか…自分の意識と肉体が結びついているという感覚がないのだ。
現に、自分は強烈にロープで首を絞められている。だが、少しも苦しくない。全身の骨格もバラバラで内臓もグチャグチャだ。だが、全く痛くない。
その一方で、あいかわらず灰色のスウェットが自分の体を包んでいる感覚がある。しかも、あちこちベトベト濡れていて、かなり気持ちが悪い。
手に
「さて、どうしたものか…」
ロープに吊るされたまま、片桐は考え込んだ。死刑台に吊るされて生き返ったからには、あの鬼が言っていた通り、”シュラ”だか、”ラセツ”だかになったのだろう。だが、今の自分にどんな力があるのか見当がつかない。おまけに、どうやったら力が使えるのかも分からない。あの鬼は何も教えてくれなかった。おかげで、生前はろくに復讐の計画も立てられなかった。
そもそも、生き返ったのではないらしい。時折、白衣を着た男がやってきて、涼しい顔で、スウェットの中に聴診器を滑り込ませ、心音を確かめている。仮に心臓が再び動き出したとなれば、大騒ぎするはずだ。医者が落ち着いているのは、心臓がちゃんと止まっているからだ。
「9時20分、絶命!」
という医者の言葉で、このことを片桐は確信した。
音も聞こえる。いや聞こえすぎる、ともいうべきか。
「ガシャン!」という厨房で大鍋を火にかける音。
「ええ…今、東京拘置所の正門前に来ています。本日、片桐死刑囚の死刑が執行された模様です…」という、リポーターがマイクに向かって話す声。
ここにきてから何度も放り込まれた保護房からは、「ああ!目に毛虫が、目から!目から!毛虫が入ってくる。助けてくれ!取ってくれ!」という声がする。今は、暴れる薬物中毒者が入れられているらしい。
片桐は、とりあえず”死んだふり?”をすることにした。相手に気づかれることなく、自分の置かれている状況について、少しでも多くの情報を集めるためだ。
幸い”死んでから”、ずっと目は開いたままだ。恐るべき聴覚のおかげで、目隠しをされたままでも、周りの状況は正確に分かる。だが、医者が目隠しを外してくれた後、やはり目は開いていた方が都合がいいことが分かった。
相変わらず片桐のまわりでは、刑務官たちが自分を棺桶に移すためにせわしなく作業している。
「どんな力があるにせよ、一度にこれだけの刑務官を相手にするのは無理だ。いったん棺桶に入って、拘置所の敷地を出てから脱走するか…」
「しかし、出た後でうまく逃げられるか?火葬炉で焼かれたら…さすがに”死ぬ”だろうし…」
落ち着いて計画を練る時間はなさそうだ。だが、何も分からない今は周囲の様子を探るしかない。
さっきから横で中年男の説教が続いている。
「車は便利だ…だが、そのせいで毎年5000人も殺されている。同じだよ…その中で“冤罪で死刑”になるやつも出てくる。」
この言葉を聞いた瞬間!彼は、体の芯が燃えるような熱さを自分の中に感じた。生前感じたことのない、腹の底からの怒りだった。こんな怒りは、最高裁で死刑が確定した時も、感じたことはない。
「ちがう!!運が悪くて死んだんじゃない!お前らの勝手な都合で殺されたんだ!」
そして、中年男は近寄ってきて合掌する。
「成仏してくれ…」
どんどんと、視界が赤黒い炎に包まれていく。
「ふざけるな!!」
「ふざけるな!!」
「バカにするのもいい加減にしろ!!」
「俺は殺された!お前たちに殺されたんだよ!」
そして、この言葉を聞いた瞬間、片桐の中で強力な爆弾が炸裂した。
「どうしても恨むなら、どうか腐りきった今の日本を恨んでくれ…」
「そういう理屈なら、お前たちは誰かに理不尽に殺されても、文句をいう資格はないよな!」
はっきりと片桐の中に”殺意”が湧く。
「てめえらこそ、この腐った日本を恨め!!!!!!!!」
次の瞬間!
ポロン…ドサッ…
ポロン…ドサ…
ポロン…ドサ…バッシャ…
ポロン…ドサ…バッシャ…
まるで積み上げられた積み木が風で崩れるかのように…周りにいた刑務官たちの首が…胴体から離れて床に落ちる。
生前の片桐なら、さすがに動揺しただろう。だが、この時の片桐には人を殺したという罪悪感も感じなかった。排水溝で渦を巻いている大量の血を見ても何の恐怖感も湧いてこない。
あああああああああ!
真横で腕を失った医者が叫んだ。この医者には一遍の恨みもない。だが、
「誰…か…。」
と哀願するか細い声を聴いても、全く同情する気持ちは起きない。そういった”弱さ”につながる一切の感情は、”修羅”か”羅刹”になると消えてしまうらしい。
首のロープや足の革バンドが、まるで紙テープのように切れた。鉄の手錠も音を立てて飛び散る。
「とりあえず、外に出よう…出口は…」
たまたま、落とされた頭上の穴から光が射しこんでくるのが目に入った。
「いけるか?」
と思った瞬間…
フワッ…
片桐は体が浮かび上がるのを感じた。
※第4話を読んでからご覧ください
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