初めての戦闘①

 森は平原に比べてヒンヤリとしていて、とても過ごしやすそうな気温だった。これなら、想定よりも少しだけ水場の探索が楽になるだろうが、油断は一切出来ない。


 何せ、ここは俺の居た世界の常識が通用する場所では無い。先程のスライムのように、元の世界では考えられないような理解不能な化け物が、この先でも現れると見ていい。


「油断」=「死」。別に命が惜しいとは思わないが、今ここで死んでしまえば、先程の考察も果実を選び取った行為すらも無意味になってしまう。


 それに、こんなに楽しそうな世界に来たというのに、死んでしまっては勿体無い。


『_______ブモォォォォォッ!!』


 神経を張り詰めながら進み続けること、数分、何やら聞いた事のない生き物の悲鳴が俺の耳へと届いた。恐らく、狩る側の動物が猪に似た何かを倒したのだろう。


 暫く、耳に響く様な断末魔が木々の隙間を抜けて聞こえていたが、やがて声が止み再び森を静寂が支配する。


「行くか」


 狩られたのがどんな生き物なのかは分からないが、狩った直後なら相手も油断しているはずだ。後方から観察するくらいなら出来るだろうし、もし気付かれたとしても既に手に入れた獲物を置いてまで追いかけては来ないだろう。


 それに、そいつを尾行出来れば水場に有りつけるだろうし、リスクがあっても返ってくるリターンがデカイ。


 ハイリスクハイリターン。胸が踊る言葉だ。


 興奮する気持ちを抑えながら、音を立てないように声のしていた方に進んでいく。


「……!」


 木を背にしてチラリと様子を伺って見ると、そこにはボロボロの麻の服を着た緑色の肌の生き物が居た。


「ギィ、ギィギィア」


「ギィギィ、ギャギャ」


「ギィィ!」


 不清潔な見た目に、長い耳、そして大きな鼻。人型ではあるが、とても人とは言い難く、どちらかと言えば猿に近い。彼等の手には石で作られた武器が握られており、槍、斧、剣と多種多様だ。


 ______ゴブリン。


 そんなメジャーなモンスターの名前が頭をよぎる。


 そんな奴らの傍らには、奴らの背丈二倍はある大きさの猪が血を流して横たわっていた。大きな牙に、大きなガタイ。幾ら武器持ちとはいえとても正面から勝てる相手とは思えない。


 疑問に思い、目を凝らして観察してみると、猪の傍らに一メートルほどの穴が空いているのが見えた。なるほど、落とし穴に落としたのか。


 頭から穴に引っかかった猪を三匹で袋叩きにしたわけか。見た感じ血抜きとかはせずに長い棒に括ってるし、そこまで文明レベルが高いわけでは無いだろうが、少なくとも俺より装備は充実している。ボロボロではあるが皮鎧らしきものを着てるやつもいるし。


 恐らく、リーダー格だろうが、正直あの中のどいつと戦うことになろうが勝算は薄い。


 何せ、武器が……


「なん_______!?」


 突然影が差したので何事かと後ろを振り向くと、別の個体が俺に向かって棍棒をふりおろすところだった。


「_______ギィッ!」


「チッ!」


 俺はそのまま身体を後ろに回転させると、したり顔をしているゴブリンに倒立する要領でゴブリンの顔面に蹴りを放つ。


「ギっ!?」


「……バレたな」


 騒がしくなった背後の様子から、自分の存在がバレたことを察した俺は、蹲っているゴブリンの顔面をわざと踏み抜いた後、反対方向へと駆けていく。


 流石にあの数を武器無しでどうにかするのは無理がある。


「追ってきてるな」


 出来るだけ視界から消える様に走っているものの、俺と一番近かったゴブリンがまだ俺の事を捉えている。身体能力に自信はあるが、こんな場所で生きている相手に移動力で挑んでも勝てはしないだろう。


 さて、どうするか。



 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》



 ……また出やがった。


 目の前に浮かび上がった。青い板を見て、ウンザリした気持ちになる。別に、お前が『選択肢』を出さなくても、自分で選べる。


 そう思って無視していると




 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》





 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》




 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》




 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》





 視界を覆い尽くす数の『選択肢』が目の前に現れる。


「……ウザったい」


 打開策を考えている最中だと言うのに、ここまで邪魔されると、イライラしてくる。折角、異世界の森を探索しているというのに、こんな無駄な感情に心を支配されたくないという気持ちと、それでも腹が立つものは腹が立つという気持ちがせめぎ合っている。




 Q.《戦う》or《逃げる》



《戦う》 《逃げる》





「_______ハハッ」



 最後のひと押しをしたのは、またもや青い画面だった。


「……ギっ?」


「アハッ、ハハッ、ハハハハッ」


 足を止めて、天を仰ぎ笑っている俺の姿を見て、ゴブリンの動きも止まったのが視界の端で見えた。


「_____ハハッ、はぁ……。さっきから無視してれば、ぽんぽこぽんぽこ『選択肢』を送ってきやがって、メンヘラ女かお前は!俺は自分で考えて行動してるし、お前みたいな文字だけのカスに行動を強要される覚えはない!」


 視界いっぱいに広がった『選択肢』の画面を___睨みつけ、大声で怒鳴りつけると、順々に視界から『選択肢』の画面が消えていく。


 どうやら、俺の思いは伝わったらしい。


「……別に選ばないわけじゃない。自分でちゃんと決めたら答えてやるか________」


「_______ぎぃっ!!!」


 ら、と言おうとした途中で、背後にいたゴブリンが棍棒を振りかぶって飛び掛ってくる。




 ※逃走を推奨______




「______今、話してる最中だろうがぁ!


「ギイッ!?」


 そんなゴブリンの頭に対して、俺はオーバーヘッドキックを決めたのだった。

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異世界転生したけど、スキル『選択肢』がウザすぎる。 あるたいる @sora0707

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