第6話:俺の名は。

「怪我が治りました」

「きゅう!(おめでとう!)」


 というわけで、あれから3日で怪我は治った。あれだけの重傷だったというのに妖狐の回復能力、恐るべし。

 Gランクのベイビーフォックスでこれなのだから、おそらくオデットはもっと凄いに違いない。あの尻尾に包まれたい。


「先に言っておくが考えてることは丸わかりじゃからの」

「オデットサァン!?」


 いつの間に横にいたのだろう。全く気がつかなかった。


「念話スキルは高レベルになると相手の心を見透かせるようになるんじゃよ」

「何それ強い。念話は最強スキルだった」

「まあ儂は念話使い続けて50年でようやくレベル10になったがの」

「使えねえ!」


 老人になるわ。念話先輩はやはり無能スキルであった。


「ところでオデットさん、ちょっとステータスみてもいいですか? SSランクのステータスって気になります」

「うん? ふむ、勝手に見れば良かろう? くふ」


 なんだか意地悪げな表情をしているが、とりあえず見せてもらうことにする。ハッキング!


『種族:人間

名前:白井行人

性質:異端の獣

適性:魔獣使い

レベル:「人間領域Lv1」「神聖領域Lv0」

ステータス

攻撃力:10

防御力:10

エーテル攻撃力:10

エーテル防御力:10

SAN値:89/999999

スキル

「念話Lv3」「ハッキングLv1」

固有スキル

なし』


 う、ううん?

 これは、どうみても。


「ほぼ俺のステータスじゃねえか!」

「あっはっはっはっは、儂ぐらいの鑑定レベルになると偽造もらくらくなのじゃ!」


 騙された。ところどころは違うがこれは俺のステータスだ。これだからレベルの高い奴は困る。才能を無駄に悪戯に使いやがるのだ。


「……いや、でもよく考えたら俺もこの前偽造したな」

「きゅう(そうだね)」


おふざけ改ざんではあったが。


「えっ? お主の鑑定レベル1じゃろ……あっなんじゃこれ! めちゃくちゃじゃのう……SAN値ってなんじゃ……」


 若干うなだれるオデットであった。


「あー、そういえば神聖干渉限界が残滓じゃから高めじゃったな、忘れとったわ……改ざんには低レベルじゃと大量に神聖の領域に干渉してしまうからすぐ上限に行ってしまうはずじゃが……高め? たっか! 今気づいたけどなんじゃ999999って! そんな使わんわ! アホか!」


 アホ呼ばわりである。俺だってこんなステータスをぶっちぎらせるよりもっと他のステータスに振って欲しかった。文句は神にいって欲しい。


「なんじゃ〜もう〜。今日は地上に帰れた時に困るじゃろうからステータス偽造について教えようと思ったのに〜……もう知っとるなら儂が教えなくてもいい~? 勝手にすれば~?」


 だんだんと不貞腐れ始めた。しゃがんで土いじりまで始めている。周りの狐たちも何事かと集まってきているのでやめて欲しい。


「おいおい残滓クン、オデット様はメンタルがベイビースライムなんだよ」

「きゅっきゅ〜きゅう(そうよ異世界残念勇者君、あんまりいじめちゃ駄目よ)」

「そうだぞステータスオール10ボーイ。これでもSSランクなんだぜ」


 と、人間の姿だったり狐の姿だったりする狐村人達が煽ってくる。


「変なあだ名で呼ぶのやめてくれませんかねえ!?」


 ここ数日俺は小屋に引きこもっている間に物珍しさから集まってきた(暇人な)狐村人達に毎日のように押し掛けられていた。結果、まあこんなことになってしまったわけだ。せめてあだ名統一しろよ。


「さりげなく村人にディスられたような気がするんじゃが。帰っていい?」


 オデットは完全にいじけている。ここはどうにかして御機嫌取りをしなければ。俺はニナと目配せし、完全に褒める体制に入った。


「俺ほどのディスられ方じゃないんで大丈夫っすよ! オデットさん可愛いっすよ!」

「きゅっきゅー(すごいですねー)」

「そうか? そうかのう? 照れるのう」


 チョロい。この狐の村の長、チョロい。


「それにほら、偽造って言っても何か知っておかなきゃ行けないこととかあるんじゃないですか? メリットとか、ほら。教えてくださいよ」

「きゅきゅー(すごいー)」


 この子狐、棒読みである。意外と仲は良くないのか……? だが、幸か不幸か気づかなかったようでオデットはニコニコしながら説明を始めた。


「うむ、そうかそうか! なら教えてやろう! 感謝して聞くのじゃぞ! ステータス偽造のメリットはまず、魔獣だとバレぬことじゃな! 人間の街には鑑定士が検閲をしているところも多い。そういうときには便利なのじゃ! 獣人のフリをして入れるからのう! まああとはデメリットというか制限なのじゃが、そうじゃな。まず、持っていないスキルを持っているように見せることは出来ぬ。持っているスキルを隠すことやスキルレベルを下げることならば出来るが」

「できないんだ」

「なんでです? オデット様」

「きゅきゅーう(知らなかった)」


 いつの間にか周りに住人がたくさん集まってきていた。地べたに座り込んで完全に鑑賞モードである。暇人かよ。実際暇なんだろうけど。


「いや、でも俺はスキルの名前を変えれたけど。それ使って念話を法術とかにできるんじゃないの?」

「うむ、名前を変えることは出来る。じゃが、すでに他にあるスキルの名前には変更できないんじゃな。だから結局、持っていないものを持っているように見せかけることは出来ないんじゃ」


 PCでいうと、同じフォルダの中に同じ名前のファイルは作成できないのと似たような感じか。原理的にも一緒のようだ。自分たちの中には全てのスキル発現の可能性があり、それがレベルゼロ、つまり見えない状態でステータス上に存在しているためにそういうことが起きるとのこと。


 ちなみに、名前を変えても鑑定魔法で詳しく見ると説明文が出てきてしまうのでバレるらしい。見えなくするのが一番。


「あと、名前すら変えられぬ部分もあるな」

「へえ、どこだろう」

「性質じゃ。ここは何があっても変えられぬ。気づかれにくいように注目をそらさないと儂も異端の獣とバレてしまうからのう。一回バレた時はそれはもう大変じゃった。人間に3日ほど追われ続けたからの」


 なんでも、他に強烈な印象を残すスキルやステータスを偽造することで乗り切っていたらしい。驚いている隙にさっさと検閲から離れる戦法。


「……あれ?」


 そこで俺は気づいた。性質が偽造できないということはつまり?


「残滓って隠せないですよね?」

「……あっ」

「残滓って時点でインパクト全部そこに持っていかれるし、偽装意味無くね?」

「…………そうじゃな」


 しばし流れる沈黙。なんとなく村人達が「まあどうせそんなこったろうと思ったぜ」「オデット様だからな、そらそうよ」「大事なところでいつもポカするもんな」みたいな顔をしている。


 そして、ニナがぼそりと言った。


「キュ(ま、そんなことだろうと思った)」

「うわぁあああああ! ニナに! ニナに愛想をつかれてしまったら儂はもうどうしたらいいんじゃ! じゃが待って欲しい! 役に立つ部分もあるから! 見捨てないで! ひーん!」


 子狐に白い目を向けられてギャン泣きするSSランク魔獣。

 俺が村に来た時に最初に感じた凄そうな奴オーラは一体どこに行ってしまったのだろう。見た目とのギャップが激しい。


「ほら! お主の名前、すっごく異世界っぽくて珍しいじゃろ! 勇者ネームじゃろ?」

「勇者ネーム?」


 そういえば村人はみんな横文字ネームだ。この世界の言語形態はいまいち不明だが、勇者ネーム呼ばわりからして日本人らしい名前は珍しいのか。

 そもそもこの世界の文字はどうなっているのか。王宮でのステータスの文字は普通になぜか日本語だったが、あれは俺たちに合わせてくれたのだろうか。勇者召喚も今回が初めてではないようだし。


「多分じゃが、勇者ネームじゃと噂になってすぐに神殿とかの連中に伝わってしまうじゃろ。じゃがな、名前は偽造できるのじゃ! それなら魔族や獣人達の街とかに入る分にはただの残滓じゃからちょっと警戒されるだけで済む。人間の街とは逆に勇者ネームだとめちゃくちゃ警戒されるがの。というか魔族の街だと入れてもらえない。勇者は魔族の敵だし」


 どっちにしろ残滓の時点で警戒はされるんだな。

 でも、確かにそれもそうだ、この名前は異世界で使うには向かないかもしれない。


「それでな! それでな! 儂は密かに準備していたのじゃ!」

「準備?」


 そこで、周りで座っていた狐や人の姿の狐たちが静かに立ち上がった。一体何が始まるんだ。


「そう、お主の名前を村人全員で考えようコンテストの開催準備をな!」

「ほんっと暇なんだなアンタら!」


 こころなしか全員ドヤ顔だし。アレか、今までの変なあだ名は全部この謎コンテストのためか。


「というわけで審査員は儂とお主じゃ」

「俺だけでいいと思うんですけど」

「儂もやりたいのじゃ!」

「はぁ」


 というわけで、第一回俺の名前命名コンテスト開催である。第二回? あってたまるか。


 まずは長身の男の村人。名前はレイサム・オデット・ルナーリアさん。尻尾3本。


「俺は『残滓クン』を推すぜ!」

「却下」

「さすがに安直すぎるのう、もっとひねるがよい」

「つーか名前で残滓ってバレてる件」


 つぎに、尻尾が二本の狐のシリル・オデット・ルナーリアさん。


「キューキュッキュー(ホワイト・ゴーマン)」

「ありじゃな……」

「ホワイト・ゴーマン……白い、行く人……? ねえよ? ないからな? あとなんで英訳できるの? この世界の言語どうなってんの?」

「キュ?(えいやく……?)」

「えいやくってなんじゃ?」

「きゅーきゅーきゅ(今のはフィーリングで思いついたんだけど)」

「偶然かよ! なんでもないです! すいませんでした!」


 次がコルネーユ・オデット・ルナーリアさん。小太りの女性。尻尾3本。


「白井行人なんでしょ? しらい、しら、シラス……シラス丼って美味しいわよね! 川に行って捕ってくるわ! あなた達の分も捕ってきてあげるわね!」

「あ、どもっす……川に、シラス……? というか、迷宮に川……?」

「きゅー(シラスは川にいるものでしょ)」

「いないが? 異世界だといるの?」

「ごくろうじゃのう」


 次、おなじみ尻尾ベッド、アドルフ・オデット・ルナーリア。尻尾6本。


「ジャスティン・ウォルコット……だな!」

「かっこいいィー! これがいいな!」

「いや、ないじゃろ。お主ジャスティン顔じゃないぞ。現実を見るんじゃ」


 と、まあこんな感じで。

 一向に俺の新しい名前は決まらなかった。


「やっぱジャスティンでしょ……」

「シラス捕ってきたわ……まだ決まってないの?」

「儂帰って寝ていい?」


 そして、2時間以上経ち、全員が万策尽きたときニナが呟いた。


「きゅー、きゅあーん、きゅ(苗字と名前の順番と漢字が勇者ネームの原因なんだから、カタカナにして苗字だけこの世界っぽくすればいいんじゃないの?)」

「「「「「もうそれでいいや」」」」」


 と、いうわけでこの村みんなの苗字と一緒にして、適当にミドルネームをつけてユキト・ブラン・ルナーリアになった。ものすごくしょうもない2時間を過ごした気がした。


 でもちょっとかっこいいな、と思ってしまう俺であった。

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その魔獣使い、人類の敵につき。 有澤准 @Jun0000000000

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