夢幻応答反応

かわの

夢幻応答反応

 眠っている人の寝言に応えてはいけない、という都市伝説が存在する。


 理由とされるものは幾つかある。脳にダメージを負うから。気が狂ってしまうから。早死にしてしまうから。夢から帰ってこれなくなるから……。どれも不気味で、致命的だ。

 この都市伝説を恐れていた幼い私は、自分の寝言に絶対に返事をしないよう両親に泣いて頼んだものだった。


かなえ


 だが、昔から言い伝えられている迷信は、必ずその訳がセットになっている。例えば、「夜に爪を切ってはいけない」という迷信は「明かりがない真っ暗闇で爪を切るのは危険だから」という戒めのための方便である。

 寝言に応えてはいけないのも……返答する声で目を覚ましてしまったら嫌だから、みたいな、そんな感じの理由だろう。


「叶?」


 だから、この呼び掛けに応えたところで、何の意味もない。むしろ、心のどこかで信じているのならば、尚更応答すべきなのかもしれない。


「むにゃむにゃ」


 でも、それが私たちの運命を確定させてしまうようで、どうしても嫌だった。

 まあもう遅いか。私は友人との会話を楽しむこととした。


「ん〜」

「……どうしたの、未来みらい


 未来の寝言は止んでいた。私の問い掛けは意味を持たず、薄暗い部屋に霧散する。なんだ、せっかく応えてあげたのに。


 私は手持ち無沙汰になり、床に散らばるPTPシートを手で掻き集める。どれがどれの家だったのかはもう分からないが、集められたそれは刺々しい丘を形成した。掬い上げて自室のゴミ箱に入れようとしたところで、これらが燃えるゴミか燃えないゴミか分からなくなる。自然と身体が脱力して銀色が散乱する。私の手は痛がり損だった。

 そうして寝転がった私の目の前に未来がいる。寂しくて手を握ってみる。反応はない。つれない奴め、ここまで付き合っているというのに。


 溜め息と「なんでこんなことしてるんだろう?」という自嘲。未来は私にとって初めての友達であり、憧れであり、唯一無二の親友……そう私は思っている。だから私には大した悩みもないのに、こうして一緒にいるのだ。

 彼女から見た私は、何者なんだろう。有象無象の友人の中の1つ? たまたま今日両親がいなくて都合の良い女? もしかしたら、いつも引っ付いてくるハエみたいな奴、とか思われていたかもしれない。


「本当に、何でこんなことしてんだろ……」


 お酒を飲める歳ではないが、似たようなものかもしれないと思う。後悔すると薄々勘付いていながら、止まれずにここまで来てしまった。ここまでする必要は無かったかもしれない、というか無い。いくつか転がる薬瓶が酒瓶の様相を呈する。万引きして集めたらしい。


 後悔と恐怖で身体が震えて、涙が出てくる。お父さんとお母さんが帰ってきたらどう思うんだろう。もし私だけが残ったら。もし未来だけが残ったら。考えたくもない懸念事項が泡みたいに浮かんでは消える。耐えきれなくなり、私は堪らず上体を起こして未来に抱き着く。


「未来っ……!」

「んぅ」


 肺が圧迫された弾みか、未来から声が漏れた。私は更に強く彼女を抱き締めるが、そんな美味しい話は二度と起こらない。やがて体勢を維持出来なくなり、再び床に接着された。


「み……」


 名前を呼ぼうとする。だが、どうにも声が出し辛い。とても億劫で、酷く眠い。瞼が自動で閉じていく。


「叶」


 目を見開く。未来を見るが、人形のように眠っている。幻聴だろうか。こんな状況だ、可能性は高いかもしれない……そう思った矢先。


「叶……」

「未来!」


 間違いなかった。今度はちゃんと確かめた。


「叶」

「……どうしたの、未来」

「ありがと」


 その言葉を聞いて、私はなんだか凄く安心した。全身の力が抜け、心地良い眠気が私を包む。

 なくなっていく意識のどこかで、私の名前を呼ぶ声が聞こえる気がする。私も君の名前を呼ぶ。夢幻の中で、合わせ鏡のように、私たちは互いを呼び続けた。

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