1/0.First/lostline


「実はね、私この高校生活をループしているの。ループしている、と言っても自分から過去に戻ってやり直しているだけなんだけどね。」


「はぁ?」


「本当だから!」


 目の前のこいつは学級委員長と言う職業についていることもあり、勝手に文武両道、博学才穎な真面目美人だと思っていたが、意外と中二病くさい面もあるらしい。

 先生に文化祭に来いと脅される事より大事な話が、まさか中二くさい台詞を聞かされる事だなんてがっかりだ。

 俺が無駄に文化祭に参加しなければならなくなってしまったじゃないか。


「ふ〜ん。」


「絶対に信じて無いでしょ。」

 

 俺が返答に困っていると、部屋全体が静寂に包まれる。

 俺には人の気持ちを理解する事が出来ないが、部屋の静けさが、彼女の怒り、呆れ、悲しみ、多くの感情を表していた気がする。否、表していた。

 静けさだけがそれを物語っていたのでは無い。その事に気づいたのは彼女の瞳を見た時だった。

 委員長の瞳孔は明かりも通さぬ黒一色で、長く見ているとその黒い闇に飲み込まれてしまう程に生気の無い目でこちらを見ていた。言い換えるなら、目のハイライトオフと言ったら所だ。

 俺はそれらに緊張と同じ恐怖を感じながらも、言葉を紡いで言い放つ。


「………だって、証拠の一つすら無いし、初対面の人に、急に"私は高校生活をループしてるんだ"とか"自分から過去に戻ってやり直してるんだ"とか言われても普通、信じないと思うんだけど。」


 普段はラノベを読んだり、アニメを見て、ファンタジーを夢見るロマンチストであり、変な所でいやにリアリスト、それが俺と言う人物だ。自分でも自分の事を面倒くさい奴だと理解している。


「………それ…も、そうね。確かに、貴方の言う事も一理あるわね。」


 委員長が少し口籠る。やはり、ループしていると言うのは本当では無かったのだろうか


「じゃあ帰──」


「待って」


 こんな茶番に付き合ってられないと、俺が部屋から出ようとした時、委員長に呼び止められた。


「証拠……あれば信じるんでしょ?」


「まぁ、あれば・・・信じるよ。」


 そりゃあ、証拠さえあれば誰だって信じる。今や、証拠さえあれば大犯罪者が無罪になる世の中だ。もし、証拠があった場合、信じない方がおかしいだろう。


「じゃあついて来て」


 委員長は俺がいる方と逆のもう片方の扉を開け、靴箱のある方に向かって歩いて行く。俺も扉を開け、廊下に出ると、委員長が振り返り、"後"と付け足してこう言った。


「この事は他言無用にしてね。」


 俺はその事にこくりと首を頷かせ、委員長の後をゆっくりと歩いて追って行った。

 靴箱に辿り着き、上履きをローファーに履き替えると、外に出た。空の色はまだ青色で、すぐには夕方にならない事を表していた。

 夕方では無い事は分かった。だが、肝心の時刻が分からない。残念な事に、腕時計を持っていないので、校門をでてから携帯電話スマートフォンを起動する事にする。校則によって、高校の敷地内では携帯電話の使用を制限されている為、時間を確認する事の為だけにリスクは犯したく無いからだ。


「え〜っと、時間は……」

 

 校門を抜けると、手さげに入っている携帯電話を取り出し、電源をつける。

 少し、時間を開けてから黒い画面を触り、今が何時なのか確認する。


「16時30分……」


 16時30分、これは普段なら俺が丁度家に辿り着く時間だ。今から家に帰ると、辿り着いた時の時間は17時30分くらいになってしまうだろう。

 しかも、これから寄り道をする事も加味すると、家に帰れるのは、日が沈んだ後だろう。


「はぁ、俺の貴重なプライベートの時間が……」


 この嫌いな偽りの学校生活を記憶から消せる唯一の時間、それが俺にとってのプライベートの時間だ。これを失う事が、俺の一番のストレスとなる事は想像に難く無いだろう。


「ちょっと、一人で何かぶつぶつ呟いてないで、速くついて来なさいよ!」


 約20m先の距離から委員長がこちらを向いて声をかけてくる。どうやら、俺が時間を確認しているうちに、委員長は先に歩き出していた様だ。


「分かったよ〜。今行く〜。」


 俺は再び委員長の後を追い始めた。



***



「ここよ」


「はぁ……、思ったより長かった……。」


 あの後、委員長について行くように、校門から右方向に真っ直ぐ歩いていった。途中、多くの信号を渡り家の方角が迷子になってしまったが、無事に証拠・・となる場所へと辿り着く事が出来たのであった。


「…で、ここは何なの?」


「ここ?ここは市の総合センターよ。」


 市の総合センターの何処が証拠になるのだろうか。確かに総合センターなら、言い訳出来そうな何かはありそうだが───


「……ま、それも"表向きには"なんだけどね。」


「え?それってどう言う──」


 俺が言葉を言い切る前に、委員長はカツカツと足音を立て、早歩きで歩き始めてしまった。


「ねぇ〜、ちょっと待ってよ〜!」


 俺は慌てて委員長の元へ走ろうとする。だが、おそらく学校内で一番体力の無しである俺は、先程まで長距離を歩いていたせいで足が棒になり、ふらふらとした足取りで歩くことしかできなかった。


 何とか、センター内のエントランスに辿り着いた頃には委員長と知らない男性|(70代後半で白衣をし、首にはネームホルダーがかかっている。科学者または医者ような見た目)が話し合って、待っていてくれた。


「す、すみません…。遅れました…」


 二人の声が聞こえる位置まで行き、頭をやや下に下げ、謝罪をする。

 この場にいるのが委員長だけなら、何で置いて行った!とか聞くが、今は知らない人もいるので礼儀の正しいフリをする。


「あぁ、こんにちは。世良君から、話は聞かせてもらったよ。」


 委員長世良と仲の良さそうなおじいさんが、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「私は所長の吉田だ。これからよろしく頼むよ。」


 え?この人所長なの?いや、そんな事より宜しく頼むだと?この言い方はまるで、俺がここで働くことが決まっているような口ぶりだが……

 顔はそのまま、目の焦点を委員長の顔に合わせる。


 (何とかアドリブで乗り切って!)


 委員長はおじいさんの後ろで手話を使って伝えてくる。


 何だこいつ。俺が手話のわかる人間じゃ無かったらどうするつもりだったんだ、マジで。俺の中の委員長のイメージがどんどん崩れて行ってるぞ……


「……あぁ、はい。私の名前は廻と言います。こちらこそ宜しくお願いします。」


 所長は、"廻君だね。"と言うと何かに名前をメモして、ついて来いと手招きし、スタスタと奥の方に歩き始めた。

 所長の行動から、俺は無難な台詞をチョイスし、その場を乗り切る事が出来たと実感した。

 そして、同時に、委員長への怒りがふつふつと湧いて来た。


 (ねぇ、世良さん?さっきのはどう言う事?)


 所長について行きながら、後方で委員長に尋ねる。それも、手話を使ってだ。

 

 (あはは、いや、ごめんね。証拠を見せるためには今から行く所に行かなきゃならないんだよね。)


 (いや、そうじゃなくて!所長に"これからよろしく頼む"って言われたんだが!?)


 (あー、それなら安心して良いよ。あなた、1日だけここのスタッフになっただけだから。)


 委員長の手話を見て、変な顔をする。勿論、変顔では無い。怒りと驚きが合わさった、言葉に表す事のできない顔の事だ。すると、委員長は声を殺して笑い始めた。


 こいつ、証拠見せるからとか言って、俺で遊んで無いか?スタッフなんて、俺に務まるわけが無いだろう。だって、俺は高校生になって、一度もバイトを経験して来てない男だぞ?

 ってか俺のこと見て笑いやがって……、明日、絶対学校中にあの中2くさい台詞を言ってた事言いふらしてやる。

 

 そんなこんな、所長の後ろで会話をしていると、天井に電気のついていない薄暗い行き止まりで所長が急に足を止めた。


「私が目を開けて良いと言うまで、目を閉じててくれるかな?」


「はい。」


 俺は所長に言われるがまま目を閉じて行く。目を閉じる間際に委員長の顔を見たが、目を閉じそうな気配はなく、所長の方を向いていた。

 目を閉じきると、辺りが暗闇に覆われる。ここに電気が付いてないだけなのか、その暗闇はいつも寝る時に見る暗闇と同じ色をしていた。目を閉じて2秒が経った時、急に吐き気に襲われた。

 

「もう目を開けても良いよ。」


 目を閉じてから数秒間で、目を開いて良い許可が降りる。許可が降りた瞬間、すぐに目を開く。何故だろうか、その数秒間はとても怖かった。いや、恐れていた。

 たったの数秒、いつも見ていた暗闇。こんな条件下なのに何故自分でも恐れていたのかわからない。


「はぁ………、はぁ………」


 軽い過呼吸になりながら、隣にいる委員長を見る。彼女は平然とした顔立ちでそこに立っており、あの気持ち悪さは襲って来ていない様だ。

 次は、所長はあの気持ち悪さが来てないか、確認する為に前を向く。だが、そこでもう一つ恐怖することとなる。


「なっ───!!」


 行き止まりだった筈の道が下へと続く階段になっていたのだ。所長の顔を見るのを忘れて、階段の方を覗いていると、またも所長に手招きされる。俺は再び、所長について行った。


 数分間、降り続け、約百段くらい降り、踊り場では無い、階段の終了を示す地面に足をつける。階段の終了を示すもの、それは、記号でも、印でも、ピクトグラムでも無かった。目の前に立っている大きな扉、それが、階段の終わりを告げていた。


「でっか……」


 その巨大な大扉は高さ約2m、横幅約3mで、形状はアーチ型、素材は分からないが金属でできている事は理解できた。


「開けるので少し待っててください。」


 所長はそう言うと、ポケットから鍵を取り出し、大扉の鍵を開ける。俺も、扉を開けるのは手伝おうと思ったが、委員長に止められる。それは何故かすぐにわかった。

 所長が軽々とその大扉を開けたのだ。


「うっ、眩し。」


 扉の先からは白いLEDの光が差し込んでくる。俺は咄嗟に右手で顔を隠し、光を目に当てない様にする。そして、下を向いて光に目を慣らして行く。

 一通り、光に目を慣らした後に顔を前に向ける。


「こ……ここは?」


 目の前のそこを一言で表すと真っ白な体育館だ。比喩で真っ白と言っているわけでは無い。ここは床も壁も天井も同じ真っ白な色をしていた。子供に、説明するとしたら、紙に立方体を書いて指を指し、今、この箱の中なんだよ。と説明するだろう。本当に、それくらい真っ白な場所だ。


「ようこそ、私の超能力研究室へ」


 所長がこちらを向くとそう言った。気づいたら、隣にいた筈の委員長は所長の後ろに立っていて、手前の方で何かを実験していた4人も所長の後ろに立っていた。


「えっと、宜しくお願いします?」


 ようこそと言われても返答に困るだけだ。もっと普通に紹介して欲しい。そんな事を思いながら言葉を返す。


「……所で、私は何をすれば?」


 こんな怪しい研究室、センター内にあると言う事は人体実験でもしてるんだろう|(偏見)

 どうせ、こんな所でやる実験といったら───


「この研究室のメンバーの手伝いをして欲しいんだ。」


「手伝いですか……、例えばどんな───」


「おっと、すまない。これから大事な会議があってだね。急がなくてはならないんだ。聞きたい事は基本、ここのメンバーが答えてくれるから安心してくれ。それじゃあ──」


 所長は早口でそう言うと、70代とは思えない速度で階段の方をまで走って行った。


「え〜っと、えっと。つまり?」


 突然の事に俺が固まっていると、手前の4人がゆっくりと近づいてきて、肩にポンっと手を乗せる。


「「可哀想に、君も被害者か……」」


 被害者って、多分この人達は所長の事をさして言っているんだろうが、俺は違う。俺は今、目の前にいる、澄まし顔をした裏切り者の被害者なんだけどな。



***



 それから、時間も経たないうちにメンバー全員と仲良くなり、ここについてメンバーの人達に教えてもらった。

 超能力研究室は日本のエネルギー問題を解決するためのエネルギーを人体から生み出せないか、と言う疑問から生まれた国家機密プロジェクトの一つであるそうだ。

 例えば、念力が使えたら重機を用いらずに工事ができるようになる。念話が使えたら電話が入らなくなる。と言うような感じだ。


 また、その他にも、所長が教えてくれなかったことも教えてくれた。ここにくるまでの道は防音性能が高い壁や床、天井で、できていることや、行き止まりから階段が出て来た原理は壁と同じ色の布がそこに垂れ下がっているから勘違いしてしまう。等だ。


「鈴さん。今、何を研究してるんですか?」


 早速、仕事に取り掛かろうと思い、4人の内の一人|(唯一名前を覚えた人) に何ているのか聞く。


「ん?今?今はねぇ、人体発火現象について研究しているの……、まぁ、手詰まりなんだけどね。」


「手伝える事は何かありますか?」


「ライター使っても良いから一回燃えてみて欲しいけど、流石にダメだよね。じゃあ、特に無いや。」


 一回燃えてみて欲しいとか言うパワーワードを言われた事で、ここが日本で良かったとしみじみ感じる。

 鈴さんは手伝って欲しいことがなさそうなので、他の3人の所へ向かおうと、後ろを振り返るとすぐ後ろに立っていた人と目が合った。


「ねぇ、あなた、大切な事忘れてないわよね。」


 そこに立って居たのは委員長であった。


「ごめん、完っ全に忘れてた。」


 初めての職場体験?仕事体験?と言う事で、張り切って居たせいで、委員長がループしていると言う証拠を見せてもらう為にここまで来た事を忘れて居た。


「私、信じて貰わないと行けないのよ。」


「信じてどうなるってのさ。」


「この装置がどうしてタイムリープ出来るのか、また、この装置の欠点は何なのか、どうやって出来たのか、一緒・・に考えて欲しいのよ。」


「わかった。本当だったら手伝ってやるよ。」


 正味、こんな所だが、その証拠とやらがあるとは1ミリも思っていない。


「言質とったからね。ほら、証拠はあれよ。」


 委員長が目の前のそれを指さして、答える。その、証拠と言われたそれは人間ドックに使われるであろう全身をスキャンするあれに、VRセットがくっついた形状をしていた。


「え?これ?」


「えぇ、これよ。疑ってるなら、使ってみなさい。使ったら前の時間軸に飛ぶから。」


「え、じゃあ使ってみるけど……」


 証拠と言われた物がまさかの人間ドックに使う機械のような物。信じれるはずもないだろう。

 俺は靴を脱いで、その台に仰向けで倒れ込む。委員長は

VRセットのようなものを頭に装着すると、この装置全体の主電源をオンにする。

 主電源がついたからか、台が自動で動いていき、全身が白いカプセルの様な何かに覆われる。


「ほら、やっぱり何も──」


 そこまで言った時、カプセル上部から俺の頭に向かっていろんな色のレーザーが照射される。


「痛った!痛い痛い!!」


 レーザーの光でか、数秒としないうちに目の前が真っ暗になる。だが、死んではいない事を頭全体に広がる頭痛で理解する。


「………………」


 今、委員長が何かを言った様な気がするが、激しい頭痛のせいで、耳に集中する事が出来ず、何も聞き取れなかった。


|(何て言ったんだ?誰が言ったんだ?誰に?)


 自分が誰かすら思い出せなくなった時、次第に痛みも消えていき、俺は意識を放り出した。

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last/lostline 星七 @senaRe-

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