フィガロの結婚
日乃本 出(ひのもと いずる)
フィガロの結婚
「まったく、バカにするにもほどがあるわ!」
家に帰ってくるなり、妻はそう夫に吐き捨てた。身なりこそ上流階級のそれだが、お世辞にも内面はまったくもって上流階級とは言い難い妻の態度に、夫は嘆息をあげながら聞き返した。
「今日は何があったんだ?」
夫の言葉通り、妻がこうやって夫に愚痴をこぼすのは一度や二度のことではなく、最近では、ほぼ毎日の日課のようになりつつある。
「社交場で、ミセス・クレンジャーからバカにされたのよ! もう、くやしいったらないわ!!」
また、あの忌々しいミセス・クレンジャーか。格式ばかり気にする没落貴族のくせに、未だに心持だけは一流貴族のつもりか、あの老害が。
チッ! と舌打ちをする夫。
ここでミセス・クレンジャーの名誉のために言っておくと、この夫婦に対して嫌悪感を抱いているのは、ミセス・クレンジャーだけではない。社交界の上級階級の人々、ほぼ全員がこの夫婦を嫌っているのだ。
なぜこの夫婦がそうまで嫌われているか?
それを、ミセス・クレンジャーのありがたい御言葉を拝借して簡単に説明させていただくと、「成り上がりの山師の分際で」というのが理由だからである。
それゆえ、この夫婦には、上流階級特有の芸術による造詣の深さなどなく、かといって文学や哲学などの関心などもあるはずなく、あるのはただ、如何にして富を構築するかということだけ。
これだけ聞くと、上流階級の社交場でなくとも嫌われそうではあるが、そこは人徳でカバーできなくもない……のだが、この夫婦には人徳すらもなかったのだ。ゆえに、社交場に出れば、いつも嘲笑でもって迎えられているというような有様であった。
「で、ミセス・クレンジャーがどうしたって?」
「彼女からお誘いを受けたのよ。今度、フィガロの結婚にいきませんか、って。でも、結婚式となると、お金をつつまないといけないでしょう? そんなフィガロだなんて聞いたこともなければ面識もない相手に、どうして身銭を切ってまで結婚を祝ってあげなければいけないというの? だから私、ミセス・クレンジャーにきっぱりと言ったのよ。そんな見知らぬ人の結婚式にまで顔を出そうとは思いませんって。そうしたら、あの顔!! ああ、忌々しいミセス・クレンジャー!! 私をまるで汚物を見るような目で見るの!!」
そこまで聞いて、夫は激昂した。
いくら妻が学識が無い間抜けだとしても、いくらなんでも、この常識のなさには我慢しかねる!!
わなわなと拳を震わせながら、夫は妻に怒声を浴びせた。
「ミセス・クレンジャーからバカにされるのも当然というもんだ、このバカが!! いいか!! 結婚式を断る時は、せめて祝電の一つでもいれるのが常識だというものだ!! 今すぐミセス・クレンジャーのところに行って、フィガロさんに祝電をいれてもらうよう頼んでこい!!」
フィガロの結婚 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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