第10話

「あれ? 昴、カラオケに行ったんじゃなかったっけ? 昼休みに、広田くんたちに誘われていたよね?」


 靴箱の前でしゃがんで待っていたおれを見つけて、千賀子は驚いた表情になる。


「断ったんだ。だってほら、今朝のニュースでも事件があっただろう? ボディガードだよ」


 そしておれは、千賀子と一緒に外靴に履き替えている合唱部仲間の女子に、無邪気な笑みを向けた。


「わぁ、千賀子の彼、いいなぁ! 昴くんって強いもんね。最高のボディガードだよ」

「え~。そんなんじゃないって」


 照れながら否定する千賀子だが、彼女の友人たちの屈託のない囃す声に、おれは非常にいい気分で続けた。


「もちろん、千賀子だけの護衛じゃないって。千賀子以外はみんな、駅から通っているんだろう? 千賀子と一緒に駅まで送るって。集団下校だよ。な、いいだろ? 千賀子」

「え? もちろん!」


 千賀子は、パッと表情を輝かせる。


「ありがとう。みんな、安心して帰れるよ」

「ね~」


 彼女たちがはしゃぐのを横目に、おれは遠回りすることによる、千賀子と一緒にいられる時間が長くなることが嬉しい。

 だが、そんな感情はカッコつけのおれだ。

 もちろん、そぶりに出さない。

 校門をでて、千賀子を中心にした集団となって駅へ向かった。


 夕暮れの中、彼女たちのたわいのないおしゃべりを聞きながら、おれは後ろを歩く。

 すると、ふいに千賀子が振り返り、照れたような表情でおれに言った。


「ねえ、わたし、スパゲッティナポリタンが食べたいなぁ。熱々の鉄板に乗ったケチャップの、いかにも純喫茶で出てきそうな感じのナポリタン。今度、作ってくれる?」

「いいぞ。まかせとけ」


 すぐさまおれは、返事をする。


「とっておきのナポリタンを作ってやる」


 笑顔で言ったおれに、千賀子も嬉しそうな笑みを向けた。

 そのまま、小突いてくる友人との話に戻っていく。

 楽しそうな笑い声が響く。

 釣られておれも顔をほころばせながら、さっそく、いかにもナポリタンのレシピを頭の中で思い浮かべた。



 千賀子が喜んでくれるなら、いくらでも美味しい料理を作る。

 千賀子が笑うためなら、どんな敵でも排除する。


 これまでも、これからも、ずっと。


 この世界で、千賀子が楽しそうに歌っている。

 おれは、それだけで幸せだ。




END

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神さまのモラル くにざゎゆぅ @ohrknd

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