「ただいま~」

「早かったわね、おかえりなさい」

 玄関を入るや否や、甘辛い醤油の香りが鼻を突いた。

「相変わらずこの家はいい匂いがするな」

「いい匂いを作り出すのが趣味だからね。手洗ってきなさい」

 2週間ぶりに帰って来たこの家には、妻と19歳の娘が住んでいる。俺が家にいることが少ない中、ほとんど1人で子供を育ててくれた妻には感謝しかない。そのおかげなのか娘もいい子に育ち、年頃にもかかわらず反抗もせずに俺と接してくれる。幸せだなぁ…

「はいお待たせ。今日は豚の角煮を作ったの。あとエビフライとポテトサラダと…お浸しとか。色々あるから好きに食べて」

「凄い美味そうだけど、量も凄いな…」

ダイニングテーブルに広げられた美味しそうな料理たちは、到底1人で食べきれない量だ。娘は今日は帰ってこないと言っていたし、どういう経緯でこの量を作ったのか…

「昨日職場でイライラしたからストレス発散したくて1日キッチンに籠ったらこうなってしまったのよね~。ほら、冷めちゃうから食べて」

 湯気の立つ料理たちに手を付けると、体の中から幸せが染み渡る。この旨さだけでは感じられない何とも言えない幸福感がたまらないなぁ。ナカマ食堂で食べるときもこの上ない幸せを感じるが、やはり家で食べる妻の料理は色んな意味で格別だ。まずは腹を慣らすためにポテトサラダに手を付けた。

「ん~これ美味いなぁ。このピリっとしたのは何だ?」

「ブラックペッパーよ。それね、かなり粗挽きにしたから中々パンチあるでしょ」

 俺の知っている粗挽きペッパーよりも数段粗く、食感が出るほどだ。でもこれがかなり美味い。マヨネーズのまろやかにしようとする力に負けないアクセントだ。

「角煮…とてつもなく美味いな、これ本当に豚肉か?」

 大きくカットされた角煮は、繊維というものをまるで感じないのにしっかりと肉感を感じる。トロットロになった脂にまでしっかりと味が染み込んでいて、旨味の詰まったジュースを飲んでいるかのようだ。一緒に炊かれた白ネギも豚と同様トロトロで、白米が止まらない。

「あなたの稼ぎが良すぎるから、ありがたいことに良いものを買えちゃうのよ。美味しいでしょ?」

「ははっ、あぁ旨い」

 俺の稼ぎだけで十分良い暮らしをしてもらえるのだが、家に1人でいても退屈だと理由でパートに出ているらしい。まぁ金はあって困るものではないし、好きに暮らしてもらえればいい。老後は2人で別荘で暮らすのもいいなぁ。

「今日は泊っていくの?」

「あぁそのつもりだ。明日もそれなりに早く出て行かなおいといけないからなぁ」

「あなた現場を引退したのにまだそんなに多忙なの?」

「色々とあるんだよ。普通に会社の経営もあるし」

「それもそうね。お風呂用意しておくから、ゆっくり入ってくるといいわ」

「ありがとう」

 俺と妻の出会いは会社だった。そして、俺の妻も殺し屋だった。

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