「ごちそうさん。美味かったよ」

「ありがとうございました、またお願いします」


 最後のお客様が帰り、店には空になった器とグラスだけになった。

「んん…!終わったぁ…いててっ」

 1日の疲労が腰と肩にのしかかってくる。やっぱり1人で切り盛りするのは限界が近いな。来年の今日には弟子が入っていることを願うばかりだ。残っている食器を深紅の中にどんどん漬けていく。食洗器があるだけかなりマシだが、やはり塗り物の器なんかは手洗いに限る。

 殺し屋と探偵。うちに来るお客様は物騒な仕事をしている人が大半なのだが、皆良い人ばかりでびっくりしてしまう。容姿が明らかに怪しい人もいるが、ここで問題を起こされたことはない。まぁ、この店の約束もあるせいだとは思うが…

「…さてと、こんなものかな」

 荒れ果てていた店内も綺麗に片付き、掃除も完了した。普段なら明日の段取りや仕込みをしていくのだが、明日は休業日にしているので今日の仕事はこれで終わりだ。

 仕事は終わり。

 今からは賄だ。

「あちちっ」

 うん、我ながら上出来だ。こんな商売はしてるものの料理の腕前は負けないと思っている。これもすべて、俺を拾ってくれた師匠のおかげだ。

「ん~…美味い…」

 毎年土用の丑の日の楽しみは、営業後に食べる自分へのご褒美のうな丼だ。山椒とタレだけで食べる1番シンプルなうな丼。茶碗蒸しやうざくも食べたかったが、歳を重ねるごとにいの容量も減ってきているのか、ご飯を少なくしても丼1杯が限界だ。まぁ酒は飲むが。生ビールをサーバーから絞って流し込む。

 …あぁ最高だ。

 毎日営業終わりに自分用で賄は作っているが、この日程贅沢だと感じる日はない。なので、毎年土用の丑の日はひっそりと楽しみにしているのだ。明日は休みだし、ゆっくりするか。

「…おっとこれはまずい、」

 明後日の仕入れを考えるために冷蔵庫の在庫を確認していると、しぐれ煮が残り少なくなっていることに気が付いた。これはうちの人気メニューだ、切らすわけにはいかない。

 明日の夜、仕入れに行くとするか。

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