「いらっしゃい。おっ、お久しぶりですねお2人とも」

「どうも。最近どうも忙しくて余裕がなかったんですよ。今日は休日出勤してくれたラオのお礼に食べに来ました」

「お久しぶりっす!」

 俺が最後にここに来たのは2カ月くらい前だ。季節も変わっているし、今日は何がおすすめなのかがずっと気になっていた。

「今日のお勧めは?」

「めちゃくちゃ脂ののったカマスが入ってます。今干物にしている途中なんで、塩焼きは後日の方が旨いんですが、皮目を炙った造りは中々おすすめです。あとは鱚の天ぷらなんてどうでしょう」

「美味そうだな…それをお願いします。ラオもそれでいいか?」

「はいっ」

 そのほかはお任せにして、先に飲み物だけもらった。ジョーさんは焼酎で、俺はジンジャーエールだ。酒は全く飲めないので…

「さっきお前の後輩たちがボヤいてたぞ」

「えっ?何をですか?」

「いい加減ラオさんのインカム体に内蔵させませんかって。真顔でだぞ?」

 …なんて恐ろしい事を考えるんだ。まぁ落とす俺が悪いんだけどもさ、しょうがないじゃん?

「心配してんだよみんな。やばい仕事を1人に押し付けているから罪悪感もあるんじゃないか?もしものことがあったらって」

「大丈夫っすよ、俺ケガしないんで。あっ、大将聞いてくださいよ」

「えっ?どうされました?」

 話しかけられると思っていなかったらしい大将は、手を動かし続けながら耳を貸してくれた。

「今日2本の柳を仕事で使ったんですけど、知らない間に切先が3ミリ欠けてなくなってたんですよ、刃こぼれも凄くて…普段包丁を使う人にしか分からないこの気持ち、伝わりますか?」

「あぁなるほど。切先をもとの形に戻すには結構時間がかかりますよね、私は刃こぼれした時、1度刃を削って平らにしてから刃をつけなおすので、かなり時間がかかります」

 流石料理人。俺の言いたいことを分かってくれている。

 俺は包丁が大好きなのだ。家には金庫の中に30本以上の包丁コレクションがある。仕事で使う包丁は別で会社に置いているのだが、研ぎ終えて輝きの戻った包丁を見るのが至福なのだ。

「分かってくれます?いや、包丁研ぐのも好きなので良いんですけど、前日の夜に一生懸命仕上げた奴だったんですよね」

「ラオの包丁マニアな会話ができるのは大将くらいですね」

「いやぁ私はラオさんほど詳しくはないですよ?まぁでも、1回の仕事でやられるのはやるせないですね…はい、お待たせしました。お先にカマスのお造りですね。山葵も合いますが、粗塩がおすすめです。」

「うぇっ⁉めっちゃ脂滴ってますね…いただきますっ」

「いただきます」

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