初鰹と探偵

「おっと…今日は休業日だったか、」

 尾行を終えた夕方、久しぶりに美味い飯でも食おうと訪れたナカマ食堂。ここは月に何度か臨時休業を行っているのだが、運悪く今日がその日だったのだ。しょうがない。面倒だが今日も自炊とするか。

「えぇっと…お、鰆あるじゃん」

 近所のスーパーにはまだ魚が残っていて、旨そうに肥えた鰆があった。西京焼きにして食べたいところだが、味が染み込むまで待つのは無理だ。シンプルに塩焼きと行くか。わかめも安売りされていたので、少し旬とは外れているが湯ダコも買って帰ろう。確か、日本酒が家に残ってたよな…よし、今日の献立は決まった。

 都会の安めのマンションの中でもそれなりに綺麗なところにある俺の家。帰ってすぐに食材たちを冷蔵庫におさめる。さっさと風呂を済ませて俺の憩いの場であるキッチンに立つ。そう、俺は料理を食べるのも作るのも好きなのだ。

 まず先に鰆に塩を振って…いや、塩麴があったな。鰆の周りに塩麴を塗って冷蔵庫に戻す。味が染み込むのを待つ間に副菜を作っておく。タコとわかめを良い感じの大きさにカットし、きゅうりは蛇腹に包丁を入れて少し濃いめの塩水につける。あとは適当に残っている食材たちで味噌汁を作ってしまえば準備は完了だ。軽く塩麴をふき取った鰆をグリルで焼き、タコとわかめ、きゅうりは三杯酢で和えて米と味噌汁をよそう…だし巻きでもあればもっと良かったか。

 焼きたての鰆をテーブルに運び、日本酒を注ぐ。

「いただきます」

 とりあえずアルコールを一口流し込み、その次に味噌汁を啜る。あぁ…染みる。さてメインディッシュの鰆へと行こうか。良い色のついた皮を破ってふわっふわの身を持ち上げると、しっとりとした水分が滴る。

「うぉ…美味いな、塩麴」

 塩焼きとは違って、旨味がプラスされた塩麴焼きは、中々絶品だった。そして腹の部分は脂が乗りまくっていてこれはもう最高としか言いようがない。米と一緒に食べるとなお一層最高だ。

 しばらく鰆の旨味を楽しんだ後は、酢の物でさっぱりとしたい。タコとわかめときゅうりを一緒に口へと運ぶ。

「…なんか薄いな」

 想像していた味よりも数段階味が薄くて、頭の中が混乱した。味見をしたときは丁度良かったはずなんだが…

「またかよ。なんで自炊すると毎度こういうことになるんだ…」

 料理はそれなりに得意だという自負はあるのだが、何品も作ると必ず不出来なものが出てくる。今回は酢の物がその対象になってしまった。

「…あれか、余洗いしなかったからなのか。いや時間がたって水分が出たかのが駄目だったのか…色が変わる絶妙なラインまで浸しておくべきなのか…あ、」

 職業病なのか、何か気になる事があると原因をその場で解決しようとしてしまう。食事中に始まってしまってはせっかくの料理も冷めてしまうので困ったものなのだ。

「完璧な物を食べるには、やっぱりあそこに行かないとなぁ」

 明日も夜から仕事がある。次にナカマ食堂にいけるのは明後日か。

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