新人をナカマ食堂に連れてくるのは、ある程度信用ができる奴だと分かってからだ。シンは真面目で感情が顔に現れやすいので、嘘が付けない。そんな理由で信用した俺は店に連れて来た。
「…っ、」
「マツさんいらっしゃい…あら、お連れさんですか?」
「あぁ、3カ月前くらいからうちに入ったシンです。一緒に入ってもいいか?」
「もちろんです。マツさんのお連れさんなら安心ですから。さっ、どうぞ」
「どうも…」
初めてナカマ食堂へ連れて来たのだが、昔の俺と同じ反応をしている。ここの空気は初めての奴には重すぎるんだ。いつものカウンター席に並んで座ると、いろいろ気になるのかシンは周りをキョロキョロしていた。
「お前魚は好きか?」
「…あんまり食べる機会無いですけど、それなりには」
「じゃあ今日で好きになるよ。大将、今日のお勧めは?」
「大間の本マグロが入ったんですよ、これは造り一択ですね。あとは子がたっぷり入った赤ガレイの煮つけなんかどうですか。最高ですよ」
マグロというキーワードを聞いた途端、シンの目が輝いたのが分かった。分かりやすい奴だな…
「両方頼むよ。あといつものと…なんか飲むか?」
「じゃあ、コーラで」
「あいよっ」
酒は弱いらしく、晩酌の代わりに毎日コーラを飲んでいるらしい。若いなぁ。
「今日は新しいお客さんをご紹介いただいたので、気持ちばかりですがこちらサービスです」
「えっ、ありがとう大将」
「ありがとうございます…これは?」
「ナマコの酢の物です。初めてですか?」
「はい…見るのも初めてです。いただきます」
「いただきます」
コリコリとした食感とむにっとした食感の融合したナマコの歯ごたえと、旨味の入った酸っぱさがたまらない…
「…これ、美味いです。え、美味い…」
「お口に合ってよかったです」
「ナマコ、はまりそうです」
「こんな見た目だけど、それなりに高級食材なんだぞ?しっかり働いて稼がないとだな」
「頑張ります」
真面目なシンは、何に対しても好奇心旺盛のようだ。薄くスライスされたナマコを隅々まで眺めてから口に運んでいる。面白い奴だ。
「お先に本マグロの造りです。左から大トロ、中トロ、赤身、中落ちの漬けです」
「うわ…美味そうだな…」
大トロの滴りそうなほどの脂は、いくらわさびをつけても刺激を感じないほどのまろやかさだ…醤油もはじき返されてしまうが、素材の甘さで十分だ。でも本マグロの旨味を一番に感じるのはやっぱり赤身だ。天然の本マグロ、しかも青森県産の大間の本マグロは、臭みもなく濃厚なマグロの風味を感じることが出来る。お次は漬けだな。
「これ、やばいです。白米3杯は行けますよ、」
「ははっ、気に入ったみたいだな」
艶のある漬けマグロを口へ運ぶと、とろみ掛かった醤油と薬味がマグロの脂と溶け合って舌に染み込む…これは旨い。
「美味い。確かにこのタレはやばいな。何が入ってんだ?」
「卵黄醤油です。薬味にネギと生姜と大葉、少しだけ一味唐辛子をアクセントで入れてます」
「一味か、このピリっと感」
「めちゃくちゃ美味いです」
「ありがとうございます。はい、お待たせしました赤ガレイの煮つけです。そしてこちらがいつものですね~。今日は白米にしましたが、よろしかったですか?」
「あぁ、絶対その方が合うな。ありがとう」
カウンターに乗せられたカレイの切り身からは、あふれんばかりの子が入っていた。程よく色のついた身は、ふっくらとしている。
「赤カレイ…これも初めて食べます…うわ、」
シンは身を食べて固まった。相当舌に合ったのか、ひたすら無言で食べ続けている。脂ののった身と煮汁が染み込んで良い歯ごたえになった子が何とも幸せだ。
「煮つけと白ご飯としぐれ煮で白飯3杯、漬けマグロで白米3杯は行けるな」
「…」
未だに無言で食べ続ける部下の姿を横目に、瓶ビールで旨味を流し込む。あぁ、至福のひと時だ…
「…マツさんもそんな顔するんですね」
「え?」
いつの間にか器を空にしてたシンが、不思議なものを見たというような表情で俺の顔を見ていた。
「うちにいらっしゃるときはいつもですよ?」
「そうなんですか…?仕事でしかかかわったことがなかったので、口角が上がった表情初めて見ました、」
「そりゃあ仕事中は笑ってられないからなぁ。1日中気を張っていたらいざという時に集中力が切れちまう。だから、抜けるときは抜く。俺の場合はここで飯を食べている時と、家に帰って飼い猫と戯れている時だな」
「…最初のころは何でペットを飼う事を進められたのか分からなかったんですけど、この仕事していく中でその意味が分かった気がします。俺も家に帰ると顔が緩みますから」
「ふはっ、だろ?何事もメリハリが大切。お前も気をつけろよ」
「分かりました」
少しばかり上司らしいことを言った後も、若者の食べる速さには到底追いつけず、10分ほど遅れて完食した。シンがお手洗いに言っている間に会計を済ませようと財布を出すと…
「…あ、」
「どうかしましたか?」
「いや…今朝現金使い切ったのに下し忘れてたんだよ…大将、ここカードダメだったよな?」
「すみません、機械がなくて…お代次で全然かまいませんよ?」
「すまんな…急な仕事がなければ明日の夜も来る」
「マツさんは信用させてもらってますから、大丈夫ですよ。あ、戻ってこられましたね」
コートを着込んでドアの前に立った時、大将からシンへカードが渡された。
「こちらがうちの会員カードです。もし次来られることがありましたらドア横にかざして下さい」
「あ、ありがとうございます!ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
地下道に出ると、一気に空気が軽くなり寒さが増した。あともう少しで春だって言うのに、まだまだ寒気が去る気配はない。
「ごちそうさまでした」
「あぁ、美味かっただろ?」
「はい、感動でした…あそこ、会員制だったんですね」
「あぁ言ってなかったな。ナカマ食堂はな、殺し屋と探偵しか入れないんだ。」
「なるほど…あの異常な空気感の原因は客にあったんですね」
「ははっ禍々しかっただろ?ルールがあってな、①お客同士の争い事は禁止②現金不可③一元様お断り。これさえ守れば入れる。気が向いたらまた行けば良いさ」
「はい、ありがとうございました」
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