「マツさん後どうしとけばいいですか?そんなにやることないと思うんですけど」

「俺の痕跡を片っ端から消しつつ生活感を残してくれ。ここ1週間は嫁さんが実家に帰っているらしいから、良い感じに部屋が散らかっている方が良いな。防犯カメラには映らないようにはしているが、念のため確認だけお願いする」

 今回も成功した。仕事終わりのターゲットを狙ってマンションに入り込み、首を締めあげた。自殺に見えるように角度に気を付けてコードで息の根を止め、他ににも色々仕込んでおいたので、まさか他人の手が加わっているとは感づかれないだろう。

「了解です。何か今回死体処理とかないのに普段通りの料金頂いちゃっていいんですか?」

「いいんだ。その分丁寧にしてくれればそれでいいよ。じゃっ、後は頼んだ」

 いつも通りお得意先の後処理の業者に任せてマンションをでた。マンションを出た後も気を抜かずに防犯カメラを避けながら少し離れた駅まで歩く。終電にはまだ時間があったので、ちょうど来た列車に乗り込み目的地へと急ぐ。

 殺しという危険な仕事を終えた安心感よりも、今から向かう場所へのワクワク感でいっぱいだ。


「よっ、大将久しぶり」

「いらっしゃい。お久しぶりですね!一仕事終えたんですか?」

「何とかね。いやぁ長かったよ…ここのご飯が食べたくてうずうずしてたんだ。今日のお勧めは?」

「鱈と牡蠣が良いの入ってますよ」

 まさに冬の食べ物の代名詞であるような2品。これは…

「…どっちも捨てがたいな。両方貰おうかな。料理は任せる。あとはいつもので」

「あいよっ」

 久々にナカマ食堂の空気を吸い込んで心が満たされた。だしのいい香りとこの禍々しい空気。心地のいい相性になるわけがないのだが、これが俺の心の安定につながっている。

 「はい、瓶ビールと先に牡蠣ですね~。今日のは生よりサッとボイルした方が旨いんです。紅葉おろしとネギとポン酢、あとはレモンがあるんで、お好みで。」

「うわ、美味そう…」

 湯気の上がったぽってぽての牡蠣に紅葉おろしとネギを乗せ、ポン酢にくぐらせる。牡蠣とおろしの温度差が絶妙だ。プリプリの身を噛めば噛むほどに海のミルクでおぼれそうになる。

「…これは旨い。全身に染み渡る感じがするよ。茹で加減が最高だな」

「ありがとうございます。こちらがいつもので、鱈は今日は野菜のあんかけにしてみました。これは自信作ですよ」

 揚げたての鱈に目の前でアツアツの野菜あんがかけられて、まるで拍手をするかのようなパチパチとした音が聞こえる。出来立てならではの音と、湯気から香るだしのにおいが脳まで届く。ふわっとした身にカリッとした衣、とろっとしたあんにシャキッとした野菜。たくさんの食感を1度に楽しめる料理とはなぜこんなにも幸せになれるのであろうか…

「大将、旨すぎるよこれ。どんな高級魚なんだって味してるよ」

「いつも嬉しいお言葉ありがとうございます」

「いやぁ…味はもちろんなんだが、この野菜あんに入ってるピーマンが俺的には気に入ったな」

「苦みが良いアクセントになるんです。食べやすく改良されているピーマンよりも、しっかり青味のある物の方があうんですよね」

 料理をしない者からしたら全く理解の追い付かない考えだが、確かに苦みが旨い。現代技術の力で旨くなった物ももちろんいいのだが、元ある素材の味を生かした料理はやはり美味い。プロの力は凄いな…

「ん~、やっとしぐれ煮が食べられたよ。仕事中もこれが食べたくてうずうずしてたんだ。仕事に支障が出るとこだったよ」

「あははっ、そりゃあ嬉しい話なのか微妙なところですね」

 今日はお客さんもまばらで、こうやって大将とゆっくり会話しながら食事ができる。食事と癒しを両方堪能している気分だ。

「マツさん明日もお仕事ですか?」

「いや、久しぶりの休暇だよ。大仕事が終わった後なんでね」

「そうなんですね…せっかく久しぶりに来てもらったのに申し訳ないんですがね、明日臨時休業させてもらう事になってるんですよ、すみません」

「え⁉そうなのか…まぁ、残念だけどしょうがないな。大将も休みがないと体がもたないだろ」

「1人でやってると、中々難しいですね」

 勝手に明日の昼食も夕食もここの予定でいたものだから、かなり残念だ…。リリに言って何か作って貰おうかな。


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