「マツさん、奴が今回のターゲットです。依頼人からは、自殺に見えるようにしてほしいと要求がありましたが…」

「問題ない。俺の方は後始末の業者だけ呼んでくれれば大丈夫だから、もう行っていいぞ。お前も忙しいだろ?」

「あなたほどではないですよ。現に俺は自分のできるやり方が限られてるんで、要求付きの案件は全部マツさんに流してしまってます…」

「その代わり、お前は正確性が高い。そんな気にすんなよ、ほら、早く行かねぇと間に合わねぇぞ?」

「…そっすね、それじゃ行ってきます」

 うちの2番手であるシンは、責任感の強い優秀な奴だ。今回は別の案件で部下を連れての別行動になる。少し心配性なところはあるが、その分仕事の正確さは信頼している。さて、俺もそろそろ行動するとするかな。これからしばらくコンビニ飯になるかと思うと気が重いが、これも仕事だ。仕方ない。


 昨日の格好とは打って変わって、三つ揃いのスーツを着ている。今日は殺しを働く日ではなく、ターゲットの行動を知る日なのだ。オフィス街を歩いてくるターゲットを尾行するには、この格好が一番怪しまれなくていい。一際大きいビルから出て来た奴をスマホをいじる振りをしながら後をつける。こんないい会社に勤めて、良い家に住んで、綺麗な奥さんがいる男を自殺に見せかけるにはかなり準備が必要だ。期限が定められていないだけありがたいと思うしかないな。

 数日同じことを繰り返して、平日はほとんど同じ行動パターンをとっていることが分かった。次は自殺の動機集めだ。

 依頼人が誰だかは知らないが、奴はこの会社で相当な不正を働いているらしい。しかも時間をかけてゆっくりと、ばれにくい形で。そのことを知った会社の誰かが依頼してきたのだろう。大金をはたいて殺し屋に依頼するくらいなのだから、相当なことをやってんだな。その相当なことを片っ端から掘り出していく。

 ある程度の情報探しは同時進行で進めていたので、後は形にするだけだ。コンビニで買ったパスタを食べながらパソコンをいじる。この仕事を始めてから4日が経過し、そろそろ大将の作った鯛めしとしぐれ煮が恋しくなってきている。コンビニ飯も上手いのは美味いのだが、どうも味が薄っぺらく感じてしまう。

 よし、ちゃっちゃと終わらせてナカマ食堂に行く。それを目標に今は完璧な仕事をすることだけを考えろ。

 半日ほどパソコンと向き合い続け、沢山の自殺動機を不自然じゃない程度に仕込んでおいた。これだけ準備していれば、万が一でも他殺だとは思われることはないだろう。まずは1発、爆弾を仕掛けるか。


 準備が完了したら、1~2週間ほどかけてターゲットを追い込んでいく。実際に追い込まれていなくても、そういう事が行われていたという形跡さえ残っていれば問題ない。小出しに奴の不祥事を本人だけが分かるように暴き続け、精神を病んだかのように見せかけられればいい。実際5日が経った時、明らかに動揺しているのが見受けられた。あとは侵入するだけ…本当に大将のしぐれ煮、真空パックで売ってくれないかな。


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