第9話 SOCIUS VS アイドル彗星 rexシリーズ


「さてどうするかな」


 道幅が狭いダンジョンに入った瞬間。

 野崎は直感で察した。


「なんだよ……これ……」


 これは今まで自分たちが経験したことがない全く別のThe dungeon rex escape battlefieldだと。

 

 足跡が遅れてやってくる。


 一歩目の足音が三歩目の足音として耳に聞こえる。


 自分の声は正常。


 だけど手をその場で叩けば三秒遅れて聞こえる。


「刹那?」


 その言葉に野崎は戸惑った。


「嘘だろ? 理紗の口が動き終わってから聞こえるとか……」


 音を支配するダンジョンは全てに統一性を持たせない。

 ここに侵入者を阻む罠がさらに増えるとなると頭の処理が間に合う自信がない。

 なにより。

 遅れてくる音と正常に聞こえる音に違和感しかない。

 集中したくても普段体験しない感覚のせいで既に頭が可笑しくなりそう。

 初見殺し。

 Extraがプロ専用のステージだと呼ばれる本当の理由を知った野崎と田村。

 軽いパニック状態に入りかけている野崎とは対照的な女――田村。

 頭の中で状況を分析し手を叩いてズレを修正し声をだして確認。


「違う……そうじゃない……」


 物理的に計算できないなら田村も野崎と同じような反応をしていたかもしれない。


「足音は過去、刹那の口は終わりが始まり、私の声は正常、私の音は三秒前の過去」


 ダンジョン製作者がどういった想いでダンジョンを作ったのか意図を計算で辿る。

 インプットされた膨大な数字が頭の中で高速処理されていく。

 天才に追いつくため、地獄から這い上がった努力家の片りん。


「私の日常を非日常にして、非日常を日常だと修正すれば……」


 環境に合わせて行動や考え方を変えていける能力。

 ダンジョン製作者がそれを追求したゲームを作ったのだとすれば……。


 頭で解決できるなら大丈夫。


 そこに個体差があるなら――。


「――刹那?」


 ゆっくりと近づき絶妙な間で話し始め手を伸ばす。


 音に掌握されたダンジョンで音を掌握した田村は優しい微笑みを向けて、


「信じてる。私が時間稼ぎする。だから後で助けに来てね」


 野崎の心を安心させるため。

 慎重に。

 割れ物に触れるように。

 絶望しながらも頑張る子供を応援する母親のように野崎を優しく抱きしめる。


 一秒。二秒。三秒……五秒……七秒……。


 田村の心音が熱が愛が。


 野崎の狂い始めた心音を熱を心を落ち着かせる。


 何度も心の扉を叩く心音。

 そっと優しく問いかけるように扉の外から声をかける心音。

 形がわからない鍵穴に熱が入っていく。

 鍵穴に溜まった熱が愛の波動を受け形を作り心の扉を開けた。


【二人だけの世界】


 純粋な笑顔と無償の愛を受け取った少年は眠りに入る。


「おやすみ」


 自分の感覚器官全てを脳の指令で騙し野崎の分も頑張るため、小走りでダンジョン探索を再開する田村。

 道中ハンドガンが落ちていたので拾っておく。

 それをスイッチに大きなギロチンが頭上から落ちてくる。


 ――ッ!


 いち早く察知した田村は横に飛ぶことで回避する。


「油断も隙もないわね」


 ――まだ慣れない状況での想定できる可能性を考える。


 チッ。舌打ち。


「……嫌な予感しかしない」


 ――カチャ。


 スイッチを踏んでしまったことで大きな岩が転がってくる。

 急いで近くのわき道まで走って回避。


「あぶなっ!?」


 後一歩踏み込んでいたら強制ゲームオーバーのマグマ風呂が目の前にあった。

 一瞬も気が抜けないダンジョン。

 思考をバグらせながらも危険感知はいつも以上に必要。

 体力以上に集中力の消耗が激しい。

 一人行動を始めて体感――十分程度。

 にも関わらず田村の集中力は早くも疲れを見せ始める。

 楽しいゲームなら三十分以上普通に集中していることがよくある田村。

 普段できていることが出来ない理由。

 違和感付のダンジョンもそうだが相手が格上と言うのもあるかもしれない。

 田村にとってこの二つのプレッシャーは最悪の円舞曲でしかない。


「もう半分以上経過したのにまだ一回も王様見つけれない」


 王様が音を聞いて避けているなら意図的におびき寄せることができる。

 普段なら……できた。

 一人になった……途端コレだ。

 言い訳はしない。

 そもそも理由は考えるまでもなく明白で。

 既に田村の偽りの異次元的な環境適応能力と普段の行動だけで脳は限界を迎えているため王様の動きを計算する余力が既にないから。

 それでも私が頑張ると言った以上言い訳はしたくない田村。

 視界の右上に表示される『アイドル彗星』のスコアは今も少しずつ伸びている。

 その差は五百二十五点。

 結局拾ったハンドガンは一回も使っていない。

 野崎と同じく焦りが冷静な判断能力を奪い軽いパニック状態に陥りそうになるが大きく深呼吸をして耐える努力をする。


 ……このままゲームが進行すると?


 頭が良くない方向に思考を向けた時だった。


「……うそ」


 グツグツと耐えぎる目の前のマグマ風呂が気にならなくなる光景が訪れる。

 驚いたのは田村だけではない。

 情報を逐一報告することで頭脳の補佐を受けていたと思われる人物にしてここまで王様に一人でダメージを与え『SOCIUS』を追い込んでいた愛奈も同じだっただろう。


「ぐはぁああああ!」


 ドドドドドドドドドッ。


 ――突然。

 近くで洞窟に聞こえる王様の声と銃声。

 足音が大きくなる。

 誰かがこちらに逃げてくる――王様しか考えられない。

 読み通り王様がマグマ風呂を挟んで田村の正面にやって来る。


「チャンス!」


 急いで引き金を引き狙いを定めてダメージを与える。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ、三発とも命中。


 すぐに脇道に逃げられるが、


「もらった!」


 と今度は女の声が聞こえた。

 そして田村の視界に現れたのはわき道から出てきた剣を持った愛奈と先ほど王様が逃げてきた道からマシンガンを持った野崎だった。

 感動の再会に心に余裕が生まれ冷静さを取り戻す田村。


「へぇ~、やるじゃん♪」


 正面の野崎だけでなく後方に田村がいることにも気づいた愛奈は


「まさか二人共動いていたとはね」


 まるで予想外と言わんばかりに直接野崎と田村を褒める愛奈。


「二人共素晴らしいわね」


 その表情は嬉しそう。


「…………」


「んっ?」


 愛奈の言葉が聞こえていないのか返事がない。


「ナイス!」


「なるほど。考えたわね」


 田村と愛奈の声は同じタイミングだった。

 なぜ反応がないのか。

 厳密には首を傾けているが。

 言葉が理解できないような仕草を見せているのか。

 音が支配するダンジョンを田村は逆に音を支配することで攻略した。

 愛奈は圧倒的なポテンシャルだろうか。

 そして野崎は銃弾を耳栓として使うことで音を遮断して音がないダンジョンを意図的に作り出すことで復活した。

 音が聞こえないのなら音が与える影響は零に近い。

 つまり疑似的ないつも通りの罠が多いダンジョン攻略対戦型ゲームを作り出した野崎は不敵に微笑む。


「理紗! フォロー頼む!」


 その言葉に、優しい微笑みで


「…………」


 頷く田村。言葉は要らない。


「仕掛けるなら今しかない」


 脳がオーバーヒートすることを覚悟した田村。

 最後まで戦い抜く可能性を削ってでも手に入れたい未来ができたからだ。

 王様ではなく比較的動きが読みやすい愛奈の動きに集中する。


「椎名ギア加速!」


 走り始める愛奈と野崎。

 偶然か……同じタイミングで……同じ方向に走り始めた。


「私と同じ動き……ッ! そういうこと」


 二人の動き出しを確認してから動く田村は椎名の思考をハッキングしていく。

 頭脳戦で繋がっているのなら、


「攻略できない通りはない」


 ここで成長しなければ『SOCIUS』勝てないと踏み賭けにでたのだった。




 ――。


 ――――ゲームは進行していく。


 残り五分。

 点差は百ポイント。

 マシンガン一発十点。

 剣での一撃が二十五点を考えれば大分差が詰まったと言える。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 相手の戦略を利用した。

 ダンジョンの罠を利用した。

 王様ではなく愛奈を対象に彼女が来るであろうタイミングでダンジョンの罠を起動し最悪のタイミングでぶつける。


 曲がり角を曲がった瞬間――既に目の前に迫った毒剣。


 逃げ道がない直進通路で突然巨大な岩が転がってくる。


 武器を変えたくても誰かが先に拾っており変える選択肢がない状況。


 狭いダンジョン通路で既に起動された落とし穴による通行止め。


 視線と注意力を下にも向けないとゲームオーバーの罠。


 プレイヤーを阻むダンジョンギミックが謎の進化。

 Extraを超えたsuperExtra級で襲ってくる常識外れの展開。

 その連発に体力と集中力が通常の三倍速で消耗させられた愛奈は気付けば攻めの姿勢から護りの姿勢に入っていた。

 その間に野崎が王様を攻撃して点差が縮まる。


「やってくれたわね。私の行く道の罠をワザと発動させて妨害してくるとは」


 ダンジョンで気配を消し暗躍する『SOCIUS』の片割れ田村。

 愛奈は補助ありの一人攻略。

 いつの時代も数は質に対抗する手段としては友好的。

 ゲームであっても現実であってもそれは変わらない。

 正攻法で勝てないなら正攻法を超えた正攻法オリジナルしかない。

 正直な所――このままいけば逆転できる。


 この瞬間においては。

 勝負の流れは『SOCIUS』に傾いている。


 最後の追い込みを仕掛けるなら今しかない絶好のタイミング。


 だが――田村は既に頭痛に悩まされている。

 いつ脱落しても可笑しくない。

 それを悟られないように頑張ってきたが限界が近い。

 頭痛だけならまだ良い。

 頭痛による集中力低下によって適応能力が元のステータスに戻る。

 そして音が支配する世界に追い打ちをかけられる。


「これはゲーム。まさかお嬢さんが椎名と同じことができるとは思わなかったわ」


 一番恐れていたこと……。

 椎名の本格的な参戦。

 

「うわああああああ!」


 ダンジョン内に響く悲鳴は野崎の声。


 『SOCIUS』は偉業を成し遂げた。

 rexシリーズの頂点を決める大会で二年連続椎名はダンジョン攻略を直接することなく『アイドル彗星』は優勝しプロとしてこの世に名を残した。


 だが――今はどうだろうか。


 椎名が初めて――公認プロでもない『SOCIUS』相手にようやく本来の力を見せている。


 理由は既に語るまでもない。


 誰が見ても、誰が考えても、答えは一つしかない。


SOCIUS秀才』が『アイドル彗星天才』を追い込んだ。


 それも大会でしか使われないExtraの初対戦。


 ――それでも現実は厳しく奇跡はそう起きない。

 自分の限界を分かっていながら椎名の動きまで読み野崎をフォローしようとした田村の脳がソレを拒み強い頭痛で田村に訴え動けなくした。


 それだけならまだ可能性はあったかもしれない。


 体力任せに直勘だけで逃げる王様を追いかけていた野崎の行く手を阻む罠による妨害。それによって体力が底を尽き動けなくなってしまう。


 このゲームは難易度が上がるほど明確な必勝法がある。


 それは――。


【相手を妨害しポイントを取らせない】


 愛奈と椎名はゲームを極めていく中でその答えに気づいた。

 王様の逃力が高くタイミングが合わないと攻撃できないのなら比較的動きが読みやすい対戦相手を直接妨害した方が優位性のあることに。


「罠の妨害がなくなったってことはそう言うかしら」


「かもしれないね。私の方も野崎さんに対してこれ以上妨害は必要ないみたい」


 無線機から聞こえる声は既に勝利を確信しており。

 実際にその通りとなった。


 この日――『SOCIUS』は力尽きて負けた。


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ダンジョン攻略専門家は今日もダンジョンを攻略する~ダンジョンある所に『SOCIUS』現れる~ 光影 @Mitukage

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