序章3 継承
《良かった、見つけられて》
次に目が覚めた時、あたしの身体は宇宙みたいな場所をさまよっていた。
《ああ、ここは宇宙じゃないよ。厳密に言うと別世界を繋げる中継地というか》
あたしは黙考する。
(別世界ということは、やっぱりあの光景、世界の終わりだったの?)
《あなたが生きていた惑星をひとつの世界と呼ぶなら、厳密には終わりを迎えるか否かの瀬戸際ってとこだね》
世界の終わり……か。隕石の飛来なんてニュースにもなかったのに。呆気なかったな。
《あなたはこの世界が続いてほしいと思う?》
空を見上げた時と同じ声が、再度脳裏に直接語り掛けてくる。あたしは思考を通して誰かと自然に会話していたことを初めて知覚し、驚きながら声の主を探す。
(あの、あなたは誰ですか?)
スペースファンタジー的なこの空間で声は発せられなかった。すると離れた場所にひとつの影を見つけた。それは遠くて腰掛けているのがわかるけれど影でしかなく、人の形はしているものの詳細はわからない。
《なんて言えばいいかな》
私は……と、その声は思案した。
《私は、英雄。そして死んで神になった》
神ってあの――神話とかに出てくる全知全能の? 教会とかで崇拝されてるような?
《とはいっても、この次元には神が多くいてね、私は『継承』以外に大した権能を持たないけど。私が自分を神と名乗るのは、時や隔たりを越えて世界を観察できる存在になったからなの。今私は、君と契約を交わすことで君の世界の崩壊を止めている》
時間を止めた? わお、そんなことが……? その後も声はケンノウとかケイショウとか神とはなんぞやかを説明しようとしたが、最初で躓いてしまったあたしに配慮して言葉を止めた。《驚いちゃうよね、でもできるの。神は人と契約を結ぶことで奇跡を行使できるから》と続ける。
へえ、契約。学生の私には聞きなじみのない言葉だ。だがその時、声は決意をしたように語り掛けてきた。
《あなたをここに呼んだのはお願いしたいことがあるからなんだ》
真剣な口ぶりでそう続けると、神を名乗る影は私に近づいてくる。声色から恐らく女性と思しき彼女は、目を凝らすとブロックノイズめいた集合体でできていた。
《私の世界を救って欲しい。それが、あなたの星の消滅を阻止するのにも繋がる》
(世界を救うって、どうして?)
夢みたいな質問だ。こんな展開が少し前、図書室に寄贈されたライトノベルで流行っていた気がする。
《私の世界には魔王がいるの。最悪の竜にして、最高の魔法の使い手》
魔王。あの、古いゲームとかによく出てくる、世界征服が大体目的で、悪魔のような見た目の、薄暗い城で待ち構えているようなあれ?
《偶然にもあなたの想像は良い線を行ってる。あなたには彼を倒して、救ってほしいの》
倒す……どうやって? 先ほどからあたしの頭には疑問ばかりが思い浮かぶ。それすらも彼女は読み取っているのだろう。あたしは剣を振れるわけでもなければ、空手とか護身術を習っているわけでもないよ。
《大丈夫。その技は身体に植え付けられている。あなたはただ『継承』すればいい》
だからもう一度聞くわ。影の神は問いかけた。
《あなたは自分がいるこの世界の消滅を止めたいと思う?》
あたしは呆然とした。まるでこの世界の行く末が、あたしに託されてるみたいな言い方だ。
《その通りだよ。これは私の『同位体』であるあなたにしか頼めないことだから》
言われていることは変わらずよくわからないけれど、その質問にあたしは戸惑った。だってこの世界が続いても、あたしに居場所はないのだから。脳裏に自然と、事故で失った家族のことが思い浮かんだ。黒い煙、炎上する車体、アスファルトに鮮烈な赤を刻みつけながら、じっと横たわる身重の女性。
《そう。あなたはかつてこの世界にいた家族を愛しているのね》
私は頷いた。あたしが忘れたくてもわすれられない記憶を影の神は読み取ったみたいだ。けれど、もう愛する家族はこの世界にいない。なら私の居場所はどこだっていうんだろう? 私は死にたいわけではないが、家族のいないこの世界を愛することができなかった。それでもなお、両親が遺してくれたこの命を全うして、生きていかなければならなかっただけだ。
そこまで考えた時、影は私を抱きしめた。人肌のような温もりは感じられなかったけれど、感触は確かにあって私は驚いた。
《そうなのね》
なだめるような声色で彼女は私のありのままを肯定した。私は別に泣いていないのに、思考を読んでいるからなのか、直接的に悲しみを察しているようだった。影は私の頭を撫でて、静かに囁いた。
《もしもその家族に会えるかもしれないって言ったら、あなたは信じる?》
――えっ?
《あなたの世界と私の世界は繋がっているの。万物は流転して回帰する。何かが生まれ死にゆくとき、そのものが持つ本質は砕けても、いくらかは残り続けるわ。永劫にね》
――あなたの家族に、私の世界で会えるかもしれない。確かめることは難しいかもしれないけど、希望はあるんじゃないかしら。このまま隕石の衝突を待って、地球の崩壊とともに死にゆくよりは、救いがある選択肢だと思うわ。影の神がそこまで述べるよりも前に、私の答えは決まっていた。
会わせてくれるの? 会いたい、家族に会いたい。会いたいよ……!
私の手はすがるように影の神を掴もうとするけれど、空を切る。こちらから触れることができないみたいだ。それでも強く訴えかけた後、涙が溢れた。
《決まりね。契約は締結されたわ。あなたに『私』を継承する》
ブロックノイズの指が私の涙を拭う。
そうだ、代わりに魔王を倒すように言われていたんだった。私は契約の条件を思い出し、失敗したらどうなるんだろうと今更焦った。勇者なんてゲームの中ですらやったことがない。
《必要なことは身体が覚えているはず。これから先はあまり話せなくなるけど、困ったら私を探してほしい》
身体が覚えているってどういう意味? あなたはどこにいるの?
聞きたいことが山ほどあるというのに影は微笑むだけで答えない。気づくとその影の顔はブロックノイズからひとりの少女になっている。けれどあっという間に周囲はまばゆい光に包まれ、視界が一面の白に覆われてしまった。
――どうかあの子を救って。
意識が再び途切れる間際、そんな祈りが聞こえた気がした。
やがて魔王になる義弟を救う方法 さえき @filetfishsaeki
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