第10話 新たな武器
熱気が室内を駆け巡る。炉に入れた金属はしばらくすると溶け出していく、それを男は取り出して槌で叩き出した。無駄がなく、何度も何度も叩いていく。
(瞬きもしてない……なんて集中だ)
鍛治士という職業の熱意がこちらにも伝わってくるようだった。槌で叩く作業に目が離せなくなってしまった、それほど男の技術は素晴らしいものだった。
金属は形を変えていく。少しずつ、少しずつ。固まり出した金属をもう一度、炉に戻して溶かして。それを繰り返していく、徐々にだけど刀身の形に変化していった。
「……まあまあ、だな」
男は刀身を眺めて呟いた。顔に汗を流しながら、その顔は無表情に。大きな壺に入っている水に刀身を浸して、あとは柄を付けて完成した。
「長刀……」
「ああ。お前の素振りを見て、これが合うと思った。振ってみろ」
「あ、はい……」
渡された長刀。前に装備していた刀より遥かに大きい、重さもずっしりと手に掛かる。まずは軽く素振りを始めた、その時に俺は瞠目する。
「あれ、意外と軽い?」
あまりにも重すぎると抜刀術に影響が出ると考えていたけど、これなら全く問題がない。一切のズレがないのだろうか、重心が全て一定なんだと思う。
「……雷流派の人間は、速さだけを追い求める異常者だ。その結果、流派を学ぶ者は迷宮で死んで、徐々に雷流派を学ぼうとする者は消えた」
「え、えーと、よく知ってますね」
「ああ、俺の友人が学んでいた流派だったからな。極めたら、他の流派には絶対負けないと口癖のように言っていた」
寡黙だった男は懐かしむように語った。炎流派、水流派、雷流派。昔は三大流派なんて呼ばれたらしいけど、今では炎と水の二大流派が主流だ。
更にはそこから派生の流派まで現れて、雷流派は途絶えたといっていい。
「雷流派を見なくなって何十年……もしかしたらお前が最後の使い手かもしれん」
「そうですね、学ぶ人も教える人もいないですから」
「……それをやろう」
「え?」
その言葉に目を見開く、いやこんな凄い武器を無料で受け取れるわけがない。いくらなのか想像も付かないぐらいなのに。
「駆け出し冒険者に対する投資だ。お前だけじゃなく、他の冒険者にもしていることだ。受け取れ」
「いや、でも……こんないい武器は……」
「冒険者なら強欲であれ。遠慮などいらん」
男は鞘を取り出しながら、鋭く言い放つ。俺は手元にある長刀を見て、男に頭を下げた。
「それじゃあ、受け取ります。でも今度頼む時は、ちゃんとお金払わせてください」
「ああ、それで良い」
せめて防具とか、また武器を作ってもらう時は、この人に頼もう。
「あっ……そういえば自己紹介が……」
「……そうだったな」
一番大事なことを聞くことを忘れていた。本当は最初に聞くべきだったのだろうけど、タイミングを見失っていたのだ。
「エリックという。しがない鍛治士だ、よろしく頼む」
「エリックさん、俺の名前はアルクって言います。よろしくお願いします!」
握手を交わす。その手は岩のような硬さをしていて、職人の努力を感じた。俺はエリックさんにお礼を言ったあと、そのままの足でギルドに向かった。
⬛︎
「迷宮で、地震が起こったってよ!」
「あん、異変か?」
「いや、クエスト中心の俺達に関係あるか?」
「あるに決まってんだろ、魔物の行進が始まったら戦うのは俺たち冒険者だぞ」
ギルドは騒がしかった。机には酒が置いてあり、昼間から飲んでいたらしく声が大きい。とはいえ、知らない単語ばかり聞こえてきた。
「地震、異変、なんだそれ?」
「あら、知りませんの?」
女性の声が聞こえ、振り向くと冒険者用の軽装をしたベルトリアがいた。その手には相変わらず、すごい存在感を放つ長杖が握られている。
「ベルトリア、知ってるのか?」
「当たり前ですわ、学園では冒険科を学んでいますので。迷宮では魔物の行動が活発になったり、大量発生する時がありますの。その前兆が地震として現れるらしいですわ」
「前兆……」
前兆といえば、アリスという聖女の誕生だ。彼女の聖なる魔力によって魔物が活発になり始めたのだろうか、魔力に目覚めてどれくらいで魔物が活発になるのだろう、俺の原作知識は役に立ってくれなかった。
「この異変が原因で、地上に魔物が溢れるかもしれませんわね……」
「ま、まじか?」
「ええ、魔物の大量発生次第では……」
ベルトリアは悩んだように顎に手を当てる。その仕草すら高貴を感じるのだから、彼女は見ていて飽きない。
「あら、武器を購入できたのね」
「そうそう、さっき購入してきたばかりで。試し斬りしようと思ったんだけど……」
「ならちょうどいいですわね、お願い聞いてもらいますわね」
ベルトリアはどこかニヤリと笑った。血のような瞳が俺を射抜いた、嫌な予感がするのだが……。
⬛︎
迷宮二階層。魔物の活発化だけど、まだ異変らしいものはなかった。魔物の強さも変わっていないし、地震なんて本当に起こったのだろうか。
「敵が来ましたわよ」
「了解」
長刀の試し斬りは行うつもりだったけど、まさかベルトリアとパーティを組むことになるとは思わなかった。
とはいえ別に嫌なわけではない。魔法使いとして実力のある彼女とパーティを組めば、さらに奥の階層に進めてレベル上げが捗るからだ。
それにカッコ悪いところを見せたから、挽回したいという思いもある。
現れた魔物は黒狼と白狼。迷宮では屈指の敏捷力を誇る魔物だけど、今の俺の『ステイタス』だと楽勝になってしまった。
『ワオオオオオオオッ!?』
「……いいな、リーチが長いと。安全な距離から攻撃ができて」
前の刀とは圧倒的に違うリーチ。戦闘では攻撃範囲の広さは重要だ、対人でも魔物が相手でもそれは変わらない。
黒狼という頭がいなくなったら、白狼は一気に連携力を失う。あとは流れ作業だ、速さで切り潰すだけ。それだけで戦闘は終わった。
「……雷流派の生き残りなんて、初めて見ましたわ」
「結構、いい流派でしょ?」
「ええ、予想を裏切られましたわ」
納刀して、俺はベルトリアにドヤ顔する。前みたいなコボルトに逃げ回る俺じゃないのだよ、とはいえ二階層の魔物なので、あまりドヤ顔しても仕方ないのだが。
「先を進みましょう、アルク」
「ああ、とはいえどこまで行くつもりなんだ?」
「十階層。そう言えばいいかしら?」
「────ふぁ?」
お嬢様の衝撃的な言葉に俺は変な声が出てしまった。十階層からは洞窟のような構造から一変する、原作ではもう一つの世界が存在するような構造だと言われている。
迷宮大森林。それが十階層から始まる、冒険者を苦しめるエリアだった。
「ちょ、ベルトリアさん。大丈夫なのか?」
「あら、私の実力が不安?」
「いや、そういうわけじゃない。十階層ともなれば、帰還の時間を含めて一日以上掛かるだろ。そんなに時間はあるのか?」
迷宮は広い。『ステイタス』で補正されてるとはいえ、魔物と戦っていると疲労は溜まってしまう。俺はある程度なら耐えれるけど、魔法使いのベルトリアがどこまで耐えれるのかわからない。
「問題ないわ。私は一刻も早く強くならないといけないの、別に断ってもいいわ」
「……いや、俺も強くなりたい気持ちは同じだ」
強くなるためには下の階層を目指して魔物を討伐するのが一番だ。俺一人じゃ危険でも、彼女がいれば何とか先を進めるかもしれない。
「それに、初めてパーティを組んで、行ったことない階層に向かうのって、ロマンあるよな!」
何より魔法使いの彼女と組める機会なんて少ないのだ、この状況を楽しもう。
「あなたって、変人ね……」
「男ならロマンを求めるものだからな」
「何よそれ……まあ気にしても仕方ないわね、先を進みましょう」
ベルトリアは先導するように先に進んでいく。俺も追いかけるように、後に続いた。
乙女ゲー世界に転生したけど、冒険者として最高のハッピーエンドを目指したい! エイト @Amini
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