第9話 お嬢様の魔法

「す、スライムに武器を溶かされて、コボルトから逃げてきたですって……あなた、芸の道にでも行くつもりなのかしら?」

「行くか!俺は冒険者一本だって!」


迷宮の帰り道。俺は隣にいるベルトリアという少女に笑われながら、地上への帰還を手伝ってもらっていた。


どうやらスライムは打撃系の攻撃か、魔力による攻撃じゃないと殺せないらしい。俺が怒りに任せた蹴りで、倒せたのはそれが理由だった。


そんな彼女と地上に向かう道中。現れる魔物は彼女の圧倒的な炎魔法によって蹴散らされる。なんというか、才能の差を感じる。


いや、才能だけじゃないな。詠唱の速さ、魔力の制御、更には魔法を手足のように扱う技術。おそらく相当練習しないとできない芸当だろう。


『七色の冠』では常にアリス視点で話が進むため、彼女のことは悪役の踏み台キャラということぐらいしか知らない。顔と声がいいため、それなりに人気はあったと思う。


「ベルトリアは学園に入学してるんだろ?どうして迷宮に?」

「迷宮に潜る理由なんて一つしかないでしょう。単純にレベルをあげて、強くなるためよ」


歩きながら、彼女は答える。確かに迷宮に潜る冒険者としては普通の目的だな、でもそれが本心ではないこともどこか察する。


というか貴族出身らしく、歩き方から一般人と違うな。優雅というか、迷宮の中なのに散歩しているような余裕を感じる。その姿勢には一切乱れがなくて、思わず見惚れてしまうほどだ。


「あら、私の美しさに見惚れました?」

「ま、まあ……歩き方が綺麗だなって」

「……へぇ、珍しいですわね。私の顔に惚れたのかと思いましたわ」


ベルトリアは笑みを浮かべながら、先を進む。恐れるものがないというか。迷宮三階層まで上がって、現れたのは群れで行動する白黒の狼達。


名前は『黒狼』と『白狼』と至って覚えやすい。黒い狼の方は巨体で、鋭い爪の一撃必殺を得意とする。白い狼は小柄で、囮役の魔物って感じだな。迷宮二階層から現れる、初心者には強敵の魔物だ。


『ガウウウッ!』


狼らしい唸り声を上げて、突貫してくる白狼。ベルトリアは余裕の笑みを浮かべて、詠唱を奏でる。


「【邪悪を滅する、破邪の炎よ】」


その詠唱を聞いた黒狼が本能的に危険を察知する。そして持ち前の敏捷力で、邪魔するために突貫する。だけど、残念だが徒手空拳の俺がいる。


刀を失った俺の仕事は単純だった。魔法を詠唱するベルトリアを守るだけ、それだけで敵は全滅していく。


「チッ」


とはいえ数が多すぎるな。吹き飛ばしても、すぐに別の魔物が邪魔に来る。そんな時だった、俺たちが通ってきた方向、つまりベルトリアの背後からもう一体の魔物が現れた。


『ギャギャッ!』


ゴブリン、最弱の魔物と呼ばれている。だが、それでも魔法使いの耐久力を貫通する攻撃力は持ち合わせている。


「【我が前に立ち塞がる敵を、焼き尽くしなさい】」


そんな危機的状況でもベルトリアは冷静に詠唱を完了させる。そして魔物の攻撃が当たってしまう、そんな瞬間に彼女は跳躍して空中で身体を半回転させる。


「【ヘル・ファイヤ】」


炎の渦は黒杖から放たれる。最初にゴブリンを、その後に軌道を大きく変えて、狼の群れを燃やし尽くした。


詠唱しながらの回避行動。それも凄く慣れたような動きだった、俺は唖然とベルトリアの方を見た。


「全く、前衛なのに後衛を守れないなんて、冒険者しっ───」

「す、すごいな!」


彼女の言葉を上書きするように、俺は言った。魔法使いの詠唱には集中が必要だという、そのため前衛が後衛を守る行為が必要なのだが、彼女はそれを必要としない。


「魔法の軌道も、完璧に操作してた……凄すぎだ!」

「ふ、ふん……そうでしょう、そうでしょう。私は入学してから、ずっとソロで潜ってきたのよ。これぐらい当然よ」

「ええ!?後衛なのに……?」


入学してから迷宮に一人で。魔法剣士とかなら分かるけど、ベルトリアは生粋の魔法使いだ。よほど自分に自信がないと、冒険なんて出来ないだろう。


「私は守られる魔法使いじゃないわ。一人でも戦える魔法使いなんだから」

「か、かっこいい……」


目の前の少女が悪役令嬢なんて俺は信じられなかった。彼女はどこまでも完璧で、悪いところが見つからない。


「と、とりあえず。ドロップアイテムを拾いなさい。それぐらいは出来るわよね?」

「もちろん。買ってよかった……」


リュックを開いて、落ちたドロップアイテムを拾っていく。爪、牙などをささっと拾う。


「よくできたわね、先を進むわ。次は守りなさい」

「任せてくれ、今の俺には荷物持ちか、盾役ぐらいしか務まらないからな!」


そのまま俺とベルトリアは地上を目指して、先を進んだ。


⬛︎


「ほ、報酬はいらない!?」


無事に地上に帰還した。ドロップアイテムを換金して、分配しようとした時だった。ベルトリアは受け取らないと言い出したのだ。


「アルク。あなた、刀を買う料金など持っていないでしょう?それにお金なら手に余るほど持っていますわ」

「いやでも……地上まで連れてきてもらって、報酬無しなのは……!」

「それじゃあ、一つなんでも言う事を聞く。そんな条件はどうかしら?」

「俺の聞ける範囲でいいなら……」

「じゃあ決まりよ」


今回の一件は本当に恩を感じている。言うことの内容は予想は付かないけど、あまり酷いことはお願いして来ないと思う。この短い出会いで、俺はベルトリアを信頼していた。


黄金のような金髪の長髪を揺らして、ベルトリアはお嬢様らしい優雅な笑みで、俺の瞳を射抜く。


「私は、これで失礼するわ」

「ああ、本当にありがとう!」


明るかった空はもう暗くなっている。頭を下げて、感謝の言葉を伝える。そしてベルトリアはギルド前に止まっている馬車の方に向かっていった。リリーシュ家って、公爵家だったはずだ。


専用の馬車があるほど、お金を持っているらしい。馬車はあっという間に王道通りを駆け抜けていった。


「本当に悪役令嬢なのか……?」


俺は疑問を浮かべる。彼女は編入してきたアリスに嫉妬して、決闘とかさまざまな方法で挑んでくる。よくいる踏み台の悪役キャラだったはずだ。


最終的には悪魔と契約して、魔に堕ちる。だけど今日出会ったばかりだけど、彼女はそんな悪魔と契約するような人間じゃないように思えた。


しかも実力も相当だ。踏み台などでは決してないだろう。炎魔法の威力に精密な操作。更には攻撃されても回避の行動を取れる、冷静な判断力。


魔法使いとして、完璧だと思った。俺はベルトリアについて考えながら、宿に帰った。


⬛︎


翌日。俺はギルド近くにある路地裏に来ていた。目的はただ一つで、武器の購入を考えてのことだった。


「こんなところにあるのか……?」


ギルドの受付嬢さんに聞いて、向かっているのだが正直半信半疑だったりする。武器とか防具を売るなら王道通りに店がないとおかしい。こんな路地裏の奥に店を建てる理由でもあるのだろうか。


「……うおお、予想より普通のお店だ」


建物は一階建ての普通の店だった。外見は結構広そうで、人の気配が全くしない。恐る恐る店の中に入ると、たくさんの武器が並べられている。


片手剣、長槍に、更には弓とか後衛用の武器まである。防具も充実していて、とても路地裏の奥にあっていい武器屋ではなかった。


「……いらっしゃい。見ない客だな」

「あっ。ギルドにおすすめされて、来たんですけど。初心者でも買える武器はありますか?」


店の奥から出てきたのは、長身で髭を生やした男だった。手には槌が握られていて、もしかして武器を打とうとしていたのかもしれない。


「……剣士か、流派は」

「あ、雷流派ですけど……」


どうして剣士とバレたのだろう。適当に言ったわけじゃなさそうだ、俺の身体を見ていたことから筋肉を確認されたのだろうか。男は少し目を見開いた後に、ついてこいと奥の部屋に入った。


奥の部屋には武器職人らしく、槌が並べられていたり鉱石などが乱雑に置かれている。


「……これで、いいか」

「あっ、と」


そこの奥にあった木刀。それを投げられて、俺は慌ててキャッチした。急にどうしたのだろうと困惑していると、男は椅子に座った。


「剣士に武器を打つ時は、剣技を見せてもらうことにしている。素振りでもなんでも、やってみろ」

「え、あ……」


別に武器を打ってもらおうと思ってきたわけじゃないんだけど、その視線は早くしろと断れる雰囲気ではない。


とりあえず剣を振ってみよう。木刀はそれなりの重さで、手にずっしりとくる。


まずは普通に素振りだ。上から下に垂直に真っ直ぐ、次に横に薙ぎ払うように。


素振りって懐かしい。爺さんから剣を教わった時も素振りから始まった。最初は楽しいけど、途中からは作業みたいになるんだよな。


淡々と素振りして、最後に抜刀術だ。刀と下半身の踏み込みを同時に行うイメージで、俺は剣を振った。


「……久しぶりに見たぞ、雷流派。合格だな、十分な力量はあるらしい」

「は、はぁ……どうも。ですけど、俺は武器を打ってもらいに来たわけじゃなくて、買いに来たんですけど……」

「そうか、知らん。俺は打ちたいと思ったら打つ、それを買うのか決めるのはお前だ」


男は鋭く言い放つと、バンダナを頭に被って火の準備を始めた。どうやら俺の意見は関係なく、武器を鍛錬するらしい。


それなら間近で見せてもらおう。鍛治士の作業を。男は鉱石を火の中に放り投げた。

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