第8話 決意と邂逅
高級そうなソファーにアリスとリリスさんは腰掛けた。学園長はどこか青褪めた表情をしていて、アリスからは怒気が感じられた。
「……学園長、私は言いました。アルク様に恩を返せていないので、入学はできないと。そしてアルク様に無理強いはしないと約束しましたよね?」
「こ、これは……聖女様のためです。あなたが心置きなく、学園で過ごせるようにと!」
「私のためといっても、アルク様に迷惑が掛かるのは許せません」
心優しい少女だ。怒る姿はどこか寒気がするほど怖いけど、彼女の圧によって学園長は元から小さい身長をさらに縮こませた。
「それに、私はアルク様とパーティを組む予定があるんです。学園に通う暇なんかありません!」
「えっ!?いやいやいや、そんな予定ないから!」
「朝に決めました。冒険者は危険な職業なので、聖女の力が本当なら役に立てます!」
いや、確かにアリスの力は迷宮探索には凄まじく有効だ。その力は主人公に相応しいと思うほどだった、とはいえ彼女の能力は開花出来ていない。
学園に入学して力を磨いて貰わないと、アリスの身を守る術も今は何もないのだ。
「そ、その聖女の力を成長させるために学園に入学しないか?」
「あ、アルク様は私に入学してほしいんですか?」
「ああ、その方がアリスのためになるからな」
アリスは魔力の使い方とかも知らない。それに意識して魔法を行使できるのも、時間が掛かるだろう。
聖女として力を解放するためには迷宮に潜って、レベルを上げる方が一番の近道だ。でもアリスには学園で少しずつ学んでいく方がいいと思う。
それにアリスは俺に恩を返すために、学園には入学しないと言った。俺としてはご飯と首飾りを貰っているので、十分すぎるんだが、アリスはそう思っていないらしい。
確かに、最愛の母親を救った人に恩返ししたい気持ちは分かっているつもりだが、もう十分に尽くしてもらったと思っている。
「恩返しとかは考えなくていい。ただ学園には通った方がいいと思う。アリスの今後のためにも」
「……いやです。アルク様と会えなくなるなら、学園には通いません」
「リリスさん……」
目を逸らして、拒否するアリス。俺はリリスさんの瞳に訴えかける。どこか蠱惑的な仕草で、彼女は唇ひ指を当てる。
「私としては、アリスには学園に通ってほしいと思ってるわ。もちろん、アリスの意思は尊重するつもりだけど……冒険者は反対よ」
「お母さん……私は……」
「貴方が魔物によって傷ついてしまうことは、私は──耐えられないの」
リリスさんの気持ちは真っ直ぐだった。誰よりも娘のことを考えていることが分かる。
「あなたが、例え英雄のような才能を持っていても、まだ14歳よ……?」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
アリスは聖女として、戦場の最前線に立つことになる。後衛という立場に加えて、聖女の力を考慮に入れても十分に死の危険性がある。
それを俺は、世界はアリスに押し付けることになる。
俺一人で魔王を倒せるなら、それで良かったんだ。でも光の魔力がないと、魔王討伐は不可能だ。どれだけ剣技を研ぎ澄まそうと、限界はある。
本当は関わらずアリスに、主人公に全て任せる予定だった。俺は冒険者で自分の身を守ることと、雷流派を広めることしか考えていなかった。
少女と出会ってしまって、俺は自分が最低な人間だと知った。
母親を失いかけて絶望している少女に、俺は全て背負わせようとしていた。こんな最低な人間は他にいないだろう。
「アルク様……私」
「学園に入学するよ」
「えっ?」
俺はアリスに宣言した。学園には入学してもらわないといけない。彼女自身が、守りたいものを守れるように力を付けてもらう。
これはケジメなのかもしれないな。中途半端にアリスに関わって、原作改変を起こした。
借金取りから救って、母親のリリスを救って、原作が変わらないわけがなかった。全て俺のせいだ、既にゲームと同じように進むことはない。
なら全てを変えてでも、この世界をハッピーエンドにすることが、俺の責任ではないだろうか。
「アルクさん……本当にいいの?」
「もともと勉強はしたいと思ってたんです、それなら学園に入学した方が一番ですから」
魔物と迷宮に関する知識。剣術を学ぶための道場なども学園には存在する。そこで少しでも実力を高めよう。
「リリスさん。俺はアリスを守りますから。聖女として力を使うことになっても、絶対にリリスさんの元に返します」
「アルクさん……」
リリスさんも不安だったはずだ。突然、娘が聖女として扱われて。聖女となった者は戦いの果てに命を落としている。心配になるのも当然だ。その不安を少しでも拭えるようにと俺は誓った。
「……ありがとう、アルクさん」
不安そうな表情から笑みを浮かべるリリスさん。その感謝を受けて、気恥ずかしい気持ちになる。美人の笑みは破壊力が凄まじかった。
「……アルク様、守ってくれるんですか?」
「ああ、頼りないかもしれないけど……守るよ」
もう押し付けたりしない。聖女だから、主人公だからなど関係ない。彼女はまだ子供だ、大人が守らないといけないんだ。
ずっと目を逸らしてきた現実に、俺は今日向き合った。守ると宣言したからには、力を付けてみせる。この首飾りがあれば、最強だって目指せるはずだ。
目指すのは最高のハッピーエンド。それだけを望んで動く、爺ちゃんには悪いけど名声はいらないや。
「アルク様……学園生活が楽しみです」
ひまわりのような笑みを浮かべるアリス。誰もが魅了されるような表情に、俺は思わず目を奪われた。
「……これからよろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、俺は学園に入学することが決まった。
⬛︎
宿屋に帰ってきた俺はベッドに沈んでいた。あの後が大変だった、学園長が用意してきた書類に名前とか年齢、さらには流派まで書かされた。
学園に入学するには必要だと言っていたため、今日のうちに終わらせたけど、本当に必要だったのか、あれ。
あと一週間ほど準備があるらしい。寮の部屋に、先生に聖女の存在の周知などなど、小さくつぶやいていた学園長には静かに敬礼を送っておくことにする。
さて疲れているが、休んでいる暇はない。俺は刀を装備して、冒険の準備を始めた。学園に入学したら、レベル上げが難しくなる。
冒険者と学業を両立している生徒も中にはいるらしいけど、本当に極小数らしい。今のうちにレベル上げを行わないといけない。
「ステイタスを確認しておくか……」
『アルク』
職業→剣士レベル12
破壊力→F
耐久力→F
敏捷力→D
技術力→E
魔法力→G
魔法力以外の能力値がF以上になった。敏捷力は変わっていないけど、十分成長しているのではないか。
やはり首飾りの効果は凄かった、もちろん魔物をたくさん討伐したけど、それでも上がる速度が早い。身体能力の変化はあまり感じていないけど、もう少ししたら実感も湧いてくるだろう。
俺は宿屋から、迷宮のあるギルドに向かった。
⬛︎
迷宮では自分より弱い魔物ではレベルが全く上がらない。そのため強くなれば下の階層に挑戦する必要がある。だから俺は六階層に突入していた。
五階層から始まった鉱石のエリア。近くには鉱石らしいものが壁に埋まっているのだが、それを取ることはできない。ツルハシなどの頑丈な採掘道具があれば、掘れるけどそんな重い物を迷宮に持っていくのはめんどくさい。
雷流派は速さが大事なので、あまり重い装備品は持ち歩きたくないのだ。俺は背中に背負っているリュックを見て、溜息を吐いた。
バックパックで何とかしてたんだけど、ドロップアイテムを入れる場所がなかったため、体の動きを制限されるけどリュックを購入した。
正直違和感が凄いけど、お金を稼ぐためだ。こういう時に荷物持ちという職業があるんだろうなと、思った。
後衛職の一つである荷物持ち。冒険者の装備などを持ち歩く、戦いは行わない職業だ。ゲームではなかった職業だけど、この世界では重要な役割を持っているポジション。
長期探索とか遠征では絶対に必要な職業だ。
「一応、アイテムボックスっていうアーティファクトもあるけど……」
確か王様が保管していて、功績次第で報酬として貰えるんだよな。例えば悪魔とか魔人の討伐とか、凶悪な敵を討伐したら王様に褒美をもらえる。
「……アイテムボックス、欲しすぎる。絶対に迷宮探索捗るだろうな」
無限に道具を取り出せる。正しくチート道具といっていいだろう。今の俺は功績とか、考えてる余裕はないんだけどな。
まずはレベル100になって、『ランクアップ』だな。首飾りのおかげで、効率は凄くいい。あとは魔物を倒しまくるだけだ。
「っ」
そんなことを考えていたせいか、俺の目の前に液体状の何かが現れる。スライムと呼ばれている魔物は、身体を溶けさせながら、俺に突貫してくる。
動きが読めない。急に襲ってきたから、防御が遅れてしまった。とはいえ、速度だけは俺の自信だ。無理矢理身体を捻って、攻撃を回避する。刀を抜いて、反撃の一撃。
それを身体を溶かして、一瞬で避けてきた。
「嘘だろ!?」
スライムはなんでもありだった。こっちの攻撃を身体を溶かして、全て回避してくる。いや、厳密にいえば当たってるんだが、致命傷にならない。
何かしら弱点があるはず。そう思って刀を構えると、ボロっと何かが剥がれ落ちた。
刀は溶けていた。スライムの胃液のせいなのか、金属を簡単に溶かす胃液に瞠目する。だが、同時に怒りが湧いてきた。
「俺は……金欠だって、言ってるだろぉぉぉぉ!」
『────ピィィ!』
蹴り飛ばし。スライムは壁に激突して、シミのようになって消えた。そんな俺の叫びを聞いたのか、周りに魔物が現れてくる。
「か、勘弁してくださいぃぃぃ!」
『ヴオオオオオ!!』
仲間の仇だとか、そんな感じではない。肉を貪らせろ!みたいな勢いで魔物は俺を襲ってくる。襲ってきた魔物の名前はコボルトという、人狼といえばわかりやすいだろう。
走る時は四足歩行。戦闘の際は二足歩行と変化するのが特徴なんだけど、狼だからか足が速い!
後ろに気を取られて、俺は奥にいる女性に気づかなかった。まずい、このままでは女性も巻き添えにしてしまう。
俺は急ブレーキを掛けて立ち止まり、コボルトに蹴りを入れた。
『ウオオオオンッ!』
殺さない。俺の破壊力だと致命傷は与えられない。けど女性冒険者を逃すくらいはできる、そう思ったのだが、背後から聞こえたのは呪文の詠唱だった。
「【邪悪を滅する、破邪の炎よ。我が前に立ち塞がる敵を燃やし尽くしなさい】」
魔法には呪文を必要とする。誰でも使える物ではなく、才能のある人間だけが持っている武器だ。後ろを振り返って、俺は目を剥いてしまった。
黄金の髪は荒れ狂う魔力によって靡く。真っ赤な瞳は吸血鬼を彷彿とさせる。そして長杖を敵に向けて、彼女は一言呟いた。
「【ヘル・ファイヤ】」
炎は渦を巻いて、発射された。魔物、そして俺すらを巻き込むような一撃。死を覚悟するほどの速さ、だけど炎は俺を通り抜けて、コボルトだけを燃やした。
「ベルトリア・リリーシュ……」
『七色の冠』の主要キャラクター。悪役令嬢とも呼ばれる少女がそこにいた。
「あら、私の名前をお存知なのね。コボルトに追いかけ回された、冒険者?」
その口は楽しそうに笑みを浮かべた。
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