私の夢

半角あゝ

私の夢

「あまり星が見えないね」

「そうだね」

「せっかく屋上に来たのに」


 ほしちゃんは、ぷくっと顔を膨らませた。


「仕方ないよ。都会だし」


 車椅子を支えた私はそう言った。

 するとほしちゃんは私を見て。


「そらちゃんは、将来何になりたい?」

「私は、宇宙飛行士になりたいな。宇宙に行って色んな星を見に行きたい」

「そらちゃんなら絶対なれるよ」

「本当?」

「なれる。だって、そらちゃん天才だもん」

「えー」


 この何気ない会話が私は、とても好き。

 ほしちゃんが病気になって入院してから私は学校でいつも一人である。唯一の友達のほしちゃんがいないと寂しい。

 ・・・早く治って欲しいなぁ。


「実はね、そらちゃんに秘密にしてたことがあるの」


 ほしちゃんは、少なく光っている星を見上げた。


「ほしね、もう長く生きられないみたい。余命一年って言われたの」


「そっか・・・」


「ほしもね、宇宙飛行士を目指してたんだ。でも今のそらには、無理なんだ」


「そんなことないよ! だって、そらちゃんが『頑張れば治る』って言ってたじゃん」なんて言おうとしたが、ほしちゃんが覚悟を決めたのに、これは失礼だろうと言わなかった。


「ほしね、星になろうと思うんだ」


「と~っても綺麗な星に!」と、大きな声で言った。


「それでね、そらちゃんを見守るの」


 ほしちゃんが車椅子を私の方に向きを変えて。


「だからね? そらちゃん。もう泣かないで」


 頬が暖かい。暖かい液体が

 言われなければ、気づいていなかった。

 私は泣いていたみたい。

 確かに、頬は濡れている。


「なんでほしちゃんも泣いてんのよ」


「だ、だって。そらちゃんが泣くから」


 お互い泣きじゃくって、疲れて、やっと落ち着くとほしちゃんが口を開く。


「目指せ、宇宙! 頑張ってね」


「うん、頑張るよ」


 お互い落ち着いたのに、またポタポタと涙がこぼれた。


 ★


 数カ月後、ほしちゃんが嬉しそうにやたらと話しかけてくる。

 入院してからはいつもの明るい女の子がいなくなったかのように元気がなくなっていたが、今日はやたらと上機嫌だ。


「実はね。病気が治るかもしれないって」


「ほ、本当!?」


「うん。ちょっとした運動をしたら治るかもって。だから私、頑張るよ」


 そうして、ほしちゃんはいつもの明るい女の子に戻った。


 ★


「ねぇ、ほしちゃんはどんな色の星になりたい?」


「赤!」


「なんで?」


「好きだから」


 ほしちゃんは赤が好きだ。

 昔からそうだ。

 何かこだわりはないのかを聞いた。


「綺麗な赤!」


「シンプルだね」


 綺麗以外、それほどこだわりはないようだ。


 ★


 私は相変わらず学校で一人だ。

 休み時間に本を読んだり、勉強をやることしかできない。

「ねぇねぇ」と言って話しかけて来るそらちゃんが恋しい。


「ねぇねぇ」


 はっと驚いた。私の後ろからほしちゃんの声がしたからだ。

 ・・・やっと治ったんだ。

 振り返ると、私の心は躍るのをやめた。


「・・・八坂さん、どうしたの?」


 ほしちゃんと声が似ている八坂さんだったのだ。

 彼女とはあまり話しことはないが、ほしちゃんと仲がいい。


「ほしちゃん、元気?」

 

「うん、元気いっぱいだよ」


「そう、ならよかった」


 ★


 余命宣告から一年が過ぎ、私は中学生になった。

 今日も学校終わりに病院に寄ると、何やらほしちゃんの病室が騒がしい。

 急いで駆けつけた私はドアを開けると、病室が散らかっていた。


「なんで動かないんだよ!」


 ほしちゃんが自分の手に向かってそう言った。

 あまりにも言葉が荒々しい。

 私は、そんなほしちゃんを見たことがない。


「なんで思うように動かないの?」


 ほしちゃんの床頭台に乗っていたのは、一枚の白紙と一本のペン。

 看護師がほしちゃんのそばに何も言わずに立ったままでいる。

 その日、私は面会に行くことはなかった。


 ★


 中学生になって初めての夏。

 開いた窓からセミの鳴き声が聞こえてくる。


「――って言うことがあってね」


 今朝あった飼い犬のかなちゃんとの面白おかしいできごとを話した。

 いつもなら笑ってくれていたけど、今はもう聞く耳を持たなくなっている。

 ほしちゃんは、窓から見える快晴を眺めていた。


「・・・じゃ、またね」


 面白話の在庫を切らした私は、挨拶をして病室を去った。

 その日が最後になることを知らずに。

 翌日、ほしちゃんが息を引き取った。

 私は、何時間ぐらい泣いたのだろうか。

何度も夜空に向かって「ほしちゃんを生き返してください」と願いを放ったけれど、何の意味もなかった。


『目指せ、宇宙! 頑張ってね』


 ほしちゃんが私に言ってくれた言葉を思い出した。

 ほしちゃんが私を見守っている。星になって私を見守っている。


『そらちゃんなら絶対なれるよ』


 ほしちゃん。私、宇宙飛行士になる。

 絶対になって見せる。

 だって私、天才なんでしょ?


 ★


 スマホの通知音が鳴った。

 お母さんからだ。


『昨日、今月分の食材送ったから』


 私は結局、宇宙飛行士になれなかった。

 宇宙飛行士としてのスタート地点にすら立てなかった。

 ほしちゃん、ごめん。約束果たせなかった。もう家から出たくなくなっちゃった。

情けないなぁ・・・。


「よいしょ――重っ・・・」


 玄関に置かれた段ボールを家の中にいれる。

 約束したことを果たせなかった私は、もはや生きる価値などもうない。

 ほしちゃんがいなくなってから毎日が辛くて。

 死ねば会えるかな、なんて夢を諦めそうになったけど。ほしちゃんが昔言ってくれた言葉を思い出して、再び立ち上がる力をもらったのに。


 夢を叶えられなかった。


「もう、生きるの・・・しんどい」


 ほしちゃん、ここにいないし。

 夢、叶えられなかったし。

 もう生きても、この先何もない。


「もう、死のうかな」


 そう言って、私はアパートから飛び降りた。


 ★


『そらちゃん、もうすぐだよ』


 ヘルメットの中からほしちゃんの不安を隠した笑顔が見えた。


『大丈夫だよ、ほしちゃん。私がついてるから』


 そう言って私は、ほしちゃんの緊張をほぐす。


『宇宙に着いたら、そら絶対感動すると思う』


『私も絶対感動する』


『地球は青かった』


『ふふ。その名言、どこで覚えたの?』


『宇宙について調べてたら、出てきた!』


 楽しい会話をしていたその雰囲気をがらりと変えるように、お互い緊張が走った。

 カウントダウンが始まった。


『5、4、エンジン始動――』


 ゆっくりと息をし、緊張をほぐす。

 だんだんと息が荒くなっていく。

 緊張する。


『3、2、1、点火』


『っ!!』


 徐々に体が後ろに引っ張られていくような感覚に襲われる。

 痛くはない。

 ただ、不安だった。

 このまま、体が潰れしまうのではないかと。

 そのぐらいの勢いが今、身に起こっている。

 体は一点張り。

 横にいるほしちゃんに視線を向けられないほどだ。

 ・・・潰れちゃうっ!!

 瞬間、体が元に戻った。

 しかし、不思議なことに体が軽かった。

 地球とは違う。

 重力がないように感じる。

 ・・・ここは。

 覗き窓を見ると、外に広がっていた景色は普段見ていたものと全く異なっていた。

 真っ暗で、だけどどこか明るくて。星々が近いように見えて。今まで見たことがなかったものが見えて。

 とにかく、綺麗だった。

 そして、地球が目に映った。

 物凄い大きさの地球が見えた。

 巨大な地球儀ではない。

 本物の地球だ。


『綺麗』


 ほしちゃんが嬉しそうな声で言う。


『綺麗だね』


 私達は、景色に見惚れていた。


『ほし、宇宙飛行士になってよかった』


『私も。辛い訓練もあったけど、やめなくて正解だった』


『あの時、そらちゃん「もうやだああああ!!」って言ってたの覚えてるよ』


『だって、辛すぎて。やめたくなっちゃったんだもん。まぁ、何があってもやめないけどね』


『ここまで来るのに、あっという間だったような、長かったような気がした』


『そうだね』


 ★


 私達は初めての船外活動に備えるため、宇宙服に着替えている。


「ついに外に出られる。楽しみだな」


「油断は禁物だよ。あくまで仕事をするだけだから。あそびじゃないからね?」


「わかってるよ」


 宇宙服は一人では着れない。そのため、私はほしちゃんのを手伝い、私のはそらちゃんが手伝う。

 かなり苦戦していた。

 長い戦いを乗り越え、ヘルメットを着用して、いざ出発。


『準備オッケー。ほしちゃんは?』


『そらもオッケー』


『よし。それじゃあ、行こっか』


 ★


 宇宙ステーションから出て、命綱を繋いでから活動が始まる。

 しかし、妙にほしちゃんはずっと遠くを見つめている。


『綺麗』


『ほしちゃん、命綱繋げないと』


 何を言っても聞く耳を持たなかった。

 すると、ほしちゃんは命綱を繋げずにどこかに向かって行った。


『ほしちゃん!』


『・・・』


 無言でどこかに向かっていく。

 ふと私は、気づいた。

 私も命綱を繋げていなかったことに。

 ・・・やばい、どうしよう。死ぬの? 私。

 再びほしちゃんの方へ体を向けると、鮮やかな赤をした大きな球体があった。

 そこにほしちゃんが着地した。

 私も着地したが、地面が砂みたいなのでできているみたいだ。もちろん砂の色も真っ赤だった。


『そらちゃん』


『何? ってか、ここどこ』


『ほしだよ』


 ほしちゃんは、そう言った。


『どういうこと?』


 しばらく沈黙が続いた。

 すると、ほしちゃんが口を開く。


「たくさん星が見えるね」

「そうだね」

「すっごく綺麗」


 ほしちゃんは、星を掴もうとでも思うくらいに手を伸ばした。


「当然だよ。宇宙だし」


 私はそう言った。

 するとほしちゃんは私を見て。


「そらちゃん、残念だったね」

「私は、宇宙飛行士になりたかった。でも、なれなかった」

「そらちゃんなら絶対なれたのに」

「本当?」

「なれたよ。だって、そらちゃん天才だもん」

「えー」


 ほしちゃんとの会話が私は、とても好き。

 ほしちゃんが亡くなってから私はいつも一人である。唯一の友達のほしちゃんがいないと寂しい。

 ・・・いつまでも、こうして話したいな。


「実はね、そらちゃんに報告したいことがあるの」


 ほしちゃんは、たくさん光っている星を見上げた。


「ほしね、夢が叶ったみたい。ここが私なの」


「ここが・・・」


「あとね、新しい夢があるんだ」


 新しい夢とはなんだろう。


「ほしね、そらちゃんに長生きして欲しいの」


「それがほしの新しい夢」と、儚く消えそうな声で言った。


「それでね、そらちゃん。なんで自殺なんかしようとしたの?」


 ほしちゃんが私を見つめた。


「あのね、ほしね」


 ほしちゃんは星になって、私を見守っていた。


「ほしはね、辛いことがあっても頑張ってるそらちゃんを見てとても安心したんだよ? なのに、どうして自殺なんかしてしまったの」


「ほしちゃんがいないと、生きていけないもん」


 私にとってほしちゃんといるのが幸せだった。

 ほしちゃんがいなくなって、寂しくなって。早く会いたくなって。

 私は、自分のことしか考えていなかった。

 私に生きていて欲しいと願っている人がいただなんて思わなかった。

 両親は今頃、どうしているのだろうか。


「ほしにとっての幸せは、そらちゃんが生きていること。ほし、怒ってるんだから」


「ごめん」


「そういうことしちゃいけないから、次に自殺したら口聞かないからね」


「うん」


 ほしちゃんが私に近づいて、「指切りげんまん――」と言い、互いの小指を絡ませて。


「そらちゃん、長生きしてね、約束だよ」


「指切った」と言って、小指を離した。


「何年後になるかはわからないけど、いつまでも待ってるよ」


 私にも新しい夢ができた。


「目指せ、1000歳!」


「そんな無茶な」


「ふふ。またね、そらちゃん」


「うん。またね、ほしちゃん」


 長生きして、たくさん土産話ができるようにしよう。

 これが私の新しい夢だ。


 ★


 目が覚めた。

 最初に目にしたのは、白い天井だった。

 どうやら私は、生きていたらしい。

 アパートから飛び降りたが、奇跡的生きている。


「そら・・・」


 お母さんが抱きついてきた。

 後ろには、お父さんが泣いている。


「心配したのよ」


 未だに思い出せない。

 何か、長い夢を見ていたような気がする。

 気のせいだろうか。

 最後になんか怒られたような。


「お母さん・・・お父さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい!」 


 私は、思い切り泣いた。

 両親が自分を迷惑だとばかり思っていたのだが、それは被害妄想に過ぎなかった。

 なんとも酷い妄想だ。

 こんなに心配してくれてるのに。


 ★


 それから私は実家に住み、中小企業で働くことになった。友達もできて、人間関係は順調。仕事も順調。

 しかし、交通事故で私は死んでしまった。

 子供が動けなくなった動物を救おうと飛び出し、危うく車に轢かれそうになったところを助けた。

 両親には申し訳ないと思っている。

 私が先に行ってしまったことを非常に申し訳ないと思っている。

 まぁでも私は、とても幸せな人生を送った。


「久しぶり」


「おっひさ」


「いい星だね。ここ」


「でしょう」


 ほしちゃんは自慢げな顔をした。


「じゃあ、私が生きてた時の話でもする?」


「聞きたい聞きたい!」


 なにから話そうか。

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