第3話
狩染は歩きながら自分達の身の上話をしてくれた。
狩染や唯識はこの施設で暮らしているらしい。彼らだけではない。俺のクラスの男子4人、女子3人もまたこの施設にいるようだ。
施設にいる子供たちはいずれも親という存在がおらず、恩師と呼ばれる大人たちに育てられているらしい。施設には小学校から高校まで幅広い年齢の子供たちが暮らしていた。
「じゃあ、入る前にここに立ってもらっていい? 施設外の人が入る際の決まり事項なんで」
狩染の指示に従い、玄関に置かれたシステムの前に立つ。親切に立つ場所に足跡がつけられていた。足跡にセンサーがついていたのか足をつけたところでシステムが作動する。赤外線が俺の身体全体に当てられる。システムにはスクリーンのようなものが設置されており、しばらくして『狗飼 勝の登録が完了しました』の文字とマイナンバーカードに記された俺の写真が表示された。
なぜ俺の写真を持っているのか気になりつつも、狩染の指示に従い、奥へと進んでいく。中は学校と同じく大きな廊下があり、その左側に部屋に入るための扉が見える。狩染は『談話室』と書かれた部屋に案内してくれ、二人で部屋に入っていった。
部屋の真ん中にはテーブルを跨いでソファーが二つ向かい合うように並べられている。俺と狩染は別々のソファーに座り、向かい合う形になった。外と違って、空調の効いた室内は涼しかった。
「さて。勝くんも気になっていることだから、ここがどういう場所か説明を始めようか。念を押すようで悪いんだけど、これから僕がする話は他言無用だよ。もし、話してしまったら、君はおろか僕も少し面倒なことになるからね。今ならまだ戻れるけど、どうする?」
「ここまで来たんだ。話してくれ」
逆にここで聞いておかないとこれからの狩染との交流にわだかまりができるだろう。それならば、聞いてしまって運命共同体となった方が色々と都合がいい。先ほどの狩染の言葉からしてペナルティを受けるのは俺だけでなく彼も同じなのだから。
『肉を切って骨を断つ』ではないが、狩染の弱みを握れるのだ。
それに、こんな不穏な施設を目の当たりにして、何も聞かずに帰ることなんてできるはずもないだろう。人というのは少なからず好奇心があるものだ。
「了解。じゃあ、一つずつ丁寧に説明をしていこうか。まず、この施設について。ここは政府主導で作られた公的児童養護施設。先ほども言った通り、僕たちは親のいない子供たちなんだ。それも捨てられたわけではない。元々、親がいない子供たちなんだ」
「親がいないってどういうことだ? 人為的に作られたということか?」
「いや。正確には親が誰かわからないと言ったところかな。優良な精子を使って体外受精させられた子達なんだ」
「一体、何でそんなことをしているんだ?」
「今は少子高齢社会だからね。大人の数に対して子供の数が少ないんだ。それに未成年の自殺数も年々増加傾向にある。そこで政府主導で僕たちのような身寄りのない子供を産み、僕たちに社会の子供を守るように指導しているんだ。子供の数も増え、未成年の自殺数も減る。一石二鳥だろう」
「そうだな。でも、一体どうやって自殺数を削減させているんだ?」
「僕たちは小学校の段階で5科目の他に心理学について学ぶんだ。臨床心理や群衆心理なんかをね。そして、小学高学年から徐々に学校に編入させられる。そこでクラス内の問題を分析して、仲間内で問題の解消と問題想起の予防にあたるんだ。僕たちのクラスで言うと、僕、唯識くん、早瀬くん、上本くん、大城さん、高塚さん、姫川さんの7人かな」
「狩染はともかく、他の6人はそれぞれのグループのリーダー格だな」
「よく見てるね。流石は勝くん。クラスは基本的にグループごとに分かれるからね。そのグループに一人ずつ進入して、グループの制御を図っているんだ。集団心理によっていじめとかが引き起こらないようにね」
「なるほど。先ほど狩染が俺の担当と言っていたのは俺のグループに入っているからか。まあ、一人だからグループといえる団体でもないけどな」
「そう言うこと。基本的に独り身の人には誰かがつくことになっている。いじめの被害者や悩みを多く抱えるのはそう言った子が多いからね。守り役や相談役になったりするんだ」
「俺にとっては厄介役になっているけどな」
「えへへ。それほどでも」
「褒めてねえよ……」
未だに信じがたいことではあるが、本当の話だろう。こんな最新の施設を目の当たりにして嘘なんて思えるはずもない。それに悪事を働いてもなお、狩染が俺の元を離れなかった理由も納得できた。
「けどよ、実際に一人を好む奴もいるんだから、そういう奴を相手にするのは逆効果なんじゃないのか?」
「そんな人間は『文豪』や『芸術家』でない限りそうそういるもんじゃないよ。現に勝くんは転勤族であるがゆえに人を避けているだけで、孤独が好きというわけではないからね」
「なんでそんなことを知ってるんだよ?」
「担当する生徒の情報を得るのは基本だからね」
「個人情報保護法はどこに行ったんだか……」
つまりは俺が孤独を好んでいるわけではなく、仕方がないから孤独を選択しているという風にとられているわけか。言い訳したい気持ちは山々だが、大体は合っているな。
「でも、一体なんで俺にこんな話をしてくれたんだ?」
「勝くんには、正直に話した方が接しやすいと思ったからね。それにまたノートが取られるのは正直嫌だから」
「知ってたのか」
「もちろん。何回も取られたら、流石に気づかないわけないよ。でも、勝くんは優しいね。ちゃんと元の状態に戻してくれる。前は燃やされたこともあったから」
「おっかないな。そんなんでよく心折れずにやってられるな」
「そうプログラミングされているからね」
狩染の言葉に俺は思わず眉を上げた。
こいつも俺と同じなんだな。外から学習させられてる分、俺より酷いのかもしれない。
「そういうわけで納得してくれたかな?」
「まあ、正直に言うと完全に納得しているわけじゃない。なんだか夢でも見ているような感覚がするよ。こんな機関があるなんて考えられないな」
「人間皆、未来に向けて色々と考えているんだよ。国が生き延びるためには非人道的とはいえ、問題の解消に専念しなければならない」
「狩染はその……幸せなのか。幼い頃からそんな役目を受けて」
「うん、もちろん。だって、自分の責務を確立できているんだもん。これほどの幸せはないよ」
狩染の言葉が胸に滲む。即答で答えた回答は果たして狩染自身の回答なのか、それともプログラミングされた回答なのか。それは俺も、おそらく狩染自身も分からないのだろう。
「もう少しこの施設にいてもいいか?」
「うん、いいよ。でも、今後一切はここに来ちゃダメだからね」
「わかったよ」
俺は人生に一度しか見ることのできない政府主導の施設内を見学させてもらえることになった。一度きりだからこそ、脳内に焼きつくくらい彼らの言動に注視した。
****
「送ってもらって悪いな」
「お安い御用さ」
施設からの帰る際、狩染は最寄りの駅まで送ってくれた。
帰りはバスで駅まで行くこととなった。何で行きは使わなかったのか聞くと、俺がつけてきたのを知っていたかららしい。
学校にいる時の抜け切った様子に比べ、抜け目のない狩染の姿は何だか恐ろしく感じた。とはいえ、風貌は学校内でも学校外でも変わることはない。まん丸とした目から映る瞳はずっと輝いていた。
「これからも僕は勝くんのそばにいるからよろしくね」
「はいよ。利害関係ってことで多めに見てやるよ」
あの話を聞いてしまった以上、狩染の近くにいた方が身の安全は高まるだろう。
「了解。最初はその関係でいいよ。でも、いつかはきっと利害から親友になっていると嬉しいな」
そう言って、頬を染める狩染に何だか俺も照れ臭くなる。俺は特に何も言わず、後ろを振り返り帰路を歩いていった。
いつか俺の中に刻まれたプログラムが消失したとき、きっと俺たちの関係は良好になるだろう。その時は狩染、お前の中のプログラムも消失していることを願うよ。
政府主導の児童養護施設。今日起きた出来事はまるでフィクションの物語を見ているかようだった。でも、これは紛れもない現実で俺の国で起こっていることなのだ。きっとこれから会う人の中にも狩染と同じ人物がいるのだろう。
きっと彼らは俺と同じような境遇にある気がする。身体にプログラムされた責務によって、苦しむ時もあるだろう。その時は俺が彼らの助けになってあげよう。平和に必要なのは持ちつ持たれつの関係なのだから。
西日に沈む夕日が何だかとても眩しかった。
【短編】プロテクト・プログラミング 結城 刹那 @Saikyo-braster7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます