第2話
一ヶ月が経った。
親睦交流会、ゴールデンウィーク、中間考査といろいろな行事がこの一ヶ月で行われた。クラスメイト達もだいぶ学校生活に慣れたようで、昼飯時は教室外を出ていろいろな場所へと行っている生徒が多数存在した。
二ヶ月も経てば、大体のグループが確立される。男子は俺を除いて大まかに4グループ、女子は3グループに分かれていた。休み時間はそのグループ内で共有することがほとんどだ。特に昼飯時はその様子が顕著に現れる。
俺は相変わらず、一人静かに弁当を食べていた。クラスメイトのいない閑散とした空間で食べる弁当はとても優雅なものだ。先週行われた席替えで見事窓側の一番後ろの席をゲットできたのも大きい。横を見れば広大な景色が一面に広がっている。
「勝くんのウィンナーいただきっ! あむっ。んー、美味しい」
そして、相変わらず狩染 光は俺と一緒に行動している。まるで誰もいないかのように、俺は狩染を無視しながら行動していた。にも関わらず、狩染は俺についてくる。
席替えでの唯一の汚点は、前の席が狩染であったこと。それによって、いつもの如く宿題をねだられる。嫌らしいことに俺がノートを取っていないにも関わらず、宿題を忘れてくる時があるのだ。
狩染は俺がノートを取ったことに気づいているのだろうか。気づいていたのなら、なぜこうして未だに俺のそばへと寄ってくるのだろうか。考えてみるものの皆目見当もつかない。
きっと狩染 光には何かがある。
一度彼のプライベートについて調べても良さそうだ。俺のそばへと寄ってくる理由が分からなくても何かしらの弱みを握ることができる可能性がある。そうすれば、弱みを盾に俺に近寄らないことを交渉できるかもしれない。
決まったら行動あるのみだ。俺は授業後の彼の行動を観察することに決めた。
****
「じゃあね!」
授業後。いつものように電車を降りようとすると、一緒にいた狩染が俺に「さよなら」を告げる。俺はクールな様を装いつつも、電車を出ると早歩きで歩いていく。それから隣の車両へと乗車した。
周りの人から見れば何事かと思うだろうが、今はそんなことは気にしない。車両の端に隠れながら狩染の動向を見守る。彼は俺の存在には気がついていないようで、外の景色を眺めながら電車に揺られていた。
二駅ほど進んだところで狩染は電車を降りた。それに合わせて俺も降車する。身を潜めながらも彼の姿を見失わない微妙な距離で後をつけていった。
改札をくぐると、狩染はそのまま街の方へと歩いていく。
寄り道でもするつもりだろうか。そうなると少し面倒くさいな。
とはいえ、今更引き返すのも気が引ける。今日の頑張り次第で、今後の狩染からの負担が減ると考えれば楽なものか。自分の中で無理やり言い訳を作り、彼の後をつけて行く。
しかし、狩染は特に寄り道をする様子を見せないまま、ただひたすら歩道を歩き続ける。
気がつけば、街を超え、住宅街へと入っていた。これならばバスを使った方がいいのではないかと思ったのだが、金欠か何かだろうか。
不可解な狩染の行動に疑問を抱きつつも、後をつける。
すると、とうとう彼は足を止めた。俺は電柱に隠れながら彼の様子を伺う。彼の見つめる先には幅50メートルほどの広大なコンクリートの仕切りが建てられていた。
これが狩染の家なのか。だとすれば、かなりの富豪一家に違いない。思わず圧倒されながらも狩染の様子を見る。彼は扉の前にあるインターホンのような機械を操作する。すると、扉が開き、その中へと入っていった。
俺は先ほど狩染がいた場所へと歩み寄る。表札は見られない。狩染がいじっていた所を見るとマンションでよく見る数字の書かれたボタンの機器が目に入った。
セキュリティが凝りすぎている。あいつは、実はとんでもない生徒だったりするのか。
俺は今まで狩染にやってきた悪事を思い、冷や汗を掻く。もしバレて両親込みで問い詰められたら、一家として終わるかもしれない。
恐れ慄きながらもゆっくりと後ろに下がる。これからは言われるがまま何も干渉しないようにしよう。逆らえば、俺はおろか家族の命までも危ない気がしてきた。
とんでもないやつに目をつけられたものだと思いながら、先ほど来た道を帰ろうとする。
「あれ、狗飼くん。どうしてこんなところにいるの?」
歩こうとすると、目の前の人物に声をかけられる。俺は彼の姿を見て思わず足を止めた。
薄茶色の短めの髪に青色の優しい瞳。179センチの高身長の男子生徒。陽気な男子グループでリーダーを務める唯識 肇(ゆいしき はじめ)だ。
「唯識こそ、なんでこんなところにいるんだ?」
「そこが僕の家だからね」
唯識の言葉が一瞬理解できなかった。先ほど狩染が入っていったからここは狩染の家であって、唯識の家ではないはずだ。ここはマンションだったりするのだろうか。
困惑していると、不意に横にある両開き式の扉が開く。扉の向こうには狩染の姿があった。俺は目を大きくして、一歩後ろに足を下げた。
「へへへ、びっくりした?」
「そりゃ……びっくりするっていうか。気づいてたのか?」
「うん。本当は後ろから驚かせようと思ったんだけど、唯識くんが来ちゃったから正面から行くことにしたんだ」
「もしかして、邪魔してしまったか。悪いな、管轄外の狗飼に話しかけてしまって」
唯識の言っていた『管轄外』という単語が耳に引っかかる。一体どういう意味だ。
「大丈夫だよ。あくまで責務の話であって、プライベートの僕たちは基本的に自由だから」
「一体、さっきからなんの話しているんだ?」
「ごめんね。置いてけぼりな話をしてしまって。これから勝くんにも説明するよ」
「いいのか? 彼に言ってもしものことがあったら?」
「大丈夫大丈夫。勝くんは口が堅いから。教えても問題はないと思うよ。それに勝くんの場合は話した方が色々と楽な気がするし」
「まあ、狩染が言うなら俺は止めないけど」
「じゃあ、勝くん。中に入ってもらっていい? 僕たちが今何の話をしていたのか聞きたいのならね」
狩染は俺に背を向け、顔だけこちらへと向ける。表情はいつもと変わらない朗らかな様子だが、瞳の鋭さは普段の時とは違い、刺のあるものになっていた。思わず、口に溜まっていた唾を飲み込む。
一体、彼らは何を隠しているのか。俺は非日常を体験しているような気分になった。戸惑いはあるものの、胸の中では確かな高揚感を芽生えさせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます