【短編】プロテクト・プログラミング

結城 刹那

第1話

 高校一年生の春というのは不思議なものだ。

 中学一年生の時とは違い、全く異なる地域の人たちが集団となりクラスが形成される。

 それ故に、クラスを見回すと見知った顔はほんのわずかだ。


 その中でこれから自分の居場所を作る必要がある。この時のクラスの同行というのは非常に面白い。まず、基本的に女子と男子で友達の作り方が異なる。


 女子は意外とすんなり仲良くなっていく。最初は二人での関係が、次第に三人四人へと増えていき、知らないうちに大きな集団になっている。彼女たちは基本的に友達作りが得意なのだ。


 対して、男子は基本的にすぐに友達を作ることはない。まずは、中学の顔馴染みと行動を共にする。もし、顔馴染みがいなければ、近くにいる男子と話すか、あるいは孤立する道を選ぶ。下手に多くの友達を作ろうとはしない様子だ。


 そして、ゴールデンウィーク前となる今日には、ある程度のクラスカーストができあがっている。女子は一つの大きな集団に対して階級が制定される。男子は複数の集団が形成され、その集団に対して階級が制定される。


 俺はクラスカーストから外れた位置で、科学者のように彼らの行動を観察していた。

 そんな俺は、一貫して孤立する道を選んでいる。特に誰かに話しかけることはなく、話しかけられたとしても素っ気なく対応するようにしている。対応するようにしているというよりは、そう体が勝手にプログラムされているというのが近いかもしれない。


 俺は俗に言う『転勤族』の家族のもとに生まれた。大体一年に一度は引っ越しをしており、その度に新しい環境に放り込まれることとなった。

 最初はクラスに馴染もうと友達を作っていたが、次第に自主的に動かなくなっていた。


 馴染んだとしても、すぐに別れて悲しい思いをするだけだと思ったからだ。

 だから、自主的には動かず、俺のもとに来てくれた子に対して、親しく接するように切り替えた。しかし、それすらも変える事にした。


 俺のもとに来て優しく接してくれた子が、俺がその地域を離れる時に悲しくて泣いてしまう姿を見るのが辛く感じたからだ。だから、軽くあしらって友達を作らない方へと切り替える事にした。そうすれば、俺も他の人も悲しむ必要はなくなるから。


 一人となった俺はこうして、周りの人々を観察することを趣味とした。個性として見るのではなく、人という属性で見ることで色々なことを学ぶことができる。


 初めは慣れなかったが今は楽しく見ることができている。

 心理学を生で勉強しているような感覚に近い。俺はいつも自分の見える視界を通して社会実験しているような感覚に陥っていた。


 そのはずだったのだが。


「勝くん、数学の宿題写させてもらっていい? またノート無くしちゃってさ」


 俺の前にいる男子生徒が乞うように両手を重ねて、俺に申し出る。申し訳ないような姿勢を見せつつも、表情は陽気なままだ。

 ストレートの黒髪にてっぺんにそびえるアホ毛が特徴的なやつだ。


 狩染 光(かりそめ ひかる)。唯一俺によく話しかけてくれるクラスメイトだ。

 入学式以降、俺はずっと不貞腐れ人見知りキャラとしての地位を確率していた。それにより、クラスメイトのほとんどは俺に声をかけることはなくなった。目の前にいるこいつを除いて。


「また無くしたのか。ほんとバカなやつだな。まだ授業まで時間はあるんだから今からやればいいんじゃないか」

「休み時間を使っても終わる気がしないよ。前回も無くして忘れ物扱いされて注意されたから、今回忘れたらきっとすごく怒られると思うんだよね。だからお願い!」

「いやだね。自分のことは自分で解決しろ」


 そう言って、席を立ち上がるとお手洗いに行くために廊下へと出た。出る寸前、狩染が俺の名前を読んだが、無視することにした。

 実のところ、狩染がノートをなくした原因は俺にある。あいつがいない時を狙ってこっそりとノートを取ったのだ。言わずもがな、前回ノートを失くしたのも俺の仕業だ。


 全ては狩染を俺から離すため。取ったノートは授業終わりにタイミングを見計らって狩染の机の中に戻してあげている。流石にノートをどこかに捨てると言うのは良心が傷んでできなかった。


 先週は国語、今週は数学とノートを取り、狩染は先生からお叱りを受けている。もうそろそろここらで狩染も何か手を打ってくるだろう。その時に犯人が俺だと分かれば、それを機に話をかけてこなくなるはずだ。


 そうすれば、晴れて俺は自由の身。再び一人の空間を有意義に味わうことができる。

 全てはプログラミングされてしまった俺の凝り固まった考えのせい。どうせ仲良くなったとしても、クラスが別れれば話さなくなり、高校を卒業すれば見ることすらなくなる間柄なのだ。


 それなら、初めから関わらない方がいい。

 窓から入ってくる春風で身体を涼ませる。

 精神は小学校の頃からずっと冷え切ったままだった。

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