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 ……聞き間違いだろうか。

 中止だって?

 犯人を捕まえて次なる被害を食い止めるのが僕らの急務だ。そのためには凶器とも呼べる透明化の秘密を暴いて対策しなければならないというのに。

「そう怖い顔しないでくれよ。理由は二つ。まず、警察が灰瀬ハイセテクネをとして逮捕状請求の準備を進めている」

「はあ? どうして――」


「彼女が一番透明人間の可能性が高い人物だからだ。前歴も怪しいし業績もそれを裏付ける。アリバイがどうとかは、現にハログラムの身代わりでなんとでもなるだろう。動機なんて、警察がシナリオを用意して被疑者に無理矢理喋らせるだけだ。とにかく警察も、結果を出せていないことに上層部も府民も不満を溜めている。はけ口となるよう、とりあえず何かしらのアピールが必要なんだ。そこで魔女が透明人間を実証しただなんて発表してみろ。手札が揃ってロイヤルストレートフラッシュだ」


「そんな、そんな滅茶苦茶な理由が通るわけない!」

「じゃあ逆に聞くが、お前はどうして彼女が犯人じゃないと言い切れる?」

 そう、昨日の帰り道にテクネ自身が言ったじゃないか。広告ブロッカーを開発した自分が一番犯人に近いと。否定できる材料のほうが少ない。だけど、……僕は知っているんだ。

「殺人なんて、楽しくないからですよ。彼女は楽しくないことを、死んでもやりません」

「ぶっ……」

 利市リイチさんは吹きだし、大笑いを始めた。

「お前、それ本気かよ!」

「超真面目ですよ」

「ただの愛じゃねーか。……まあ、いいや。オレも彼女が犯人は思えないし。さて、もう一つの理由。透明人間対策がIISなり都市防犯機能に取り込まれると、どうなる?」

「そりゃあ、事件がもう起きなくなるんじゃないですか?」

「そう、それが困るんだよ。犯人についての情報がないまま、これ以上の手がかりが掴めなくなると捜査は迷宮入りだ。対策された状況で無理強いしてでも犯行するほど馬鹿なタイプでもない。せめてもう一件、動きを見せて欲しいのが正直なところだ」

「ちょっと、なんですか。じゃあまた殺人が起きてくれたほうが良いって言うんですか!」


「落ち着けよ。もう少し長期的に物事を俯瞰ふかんしてみないか。例えば……、こんな昔話があった。近海にミサイルをボンボン落とす某独裁国家の政治的重要人物が、この国に密入国する事件があった。事前の情報リークによって偽装パスポートを見抜き、入国前に空港で止めたらしい。本人は観光目的と主張するが、そんなわけあるか。国内に潜ませている協力者・スパイと接触して情報を持ち帰る算段だろう。警察や公安はむしろ泳がせてスパイを炙り出すべきだと進言した。なのに、だ。当時の外務省大臣は法手続きのままに強制送還させたんだ。せっかくの手がかりを得るチャンスは消えた。大義を為すために、少し黙認すべきことがあってもいいんじゃないか。法律は本来、人を守るためにあるはずだ。もし十年後、誰もが透明人間について忘れた頃に再犯が起きたらどうする。それも今まで以上の被害になったら」


「……人治主義の特例措置は権利暴走の引き金にもなり得ます。何のための法治国家ですか。それに、テクネとIIS技官が一次データから加害者の情報を発見することに成功しました。犯人は必ず見つけることができます」

「そう、実行犯はな。お前も組織的な協力者の存在には気づいているだろ?」

「先輩もそっちの予想を……」

「そうでもなきゃこんなやり方は成立しない。不自然なほどに、意図されたように情報が断たれている。ディティールはわからんが、それなりの数の人間たちが関わっているのは確かだよ。調査報告書にも記入しなかったが、四人目の被害者も謎に古書を読む趣味があったらしい」

「それ、本当ですか?」


「電子記録には残らなくても、人の記憶には残るものってのはある。被害者周りから地道に聞き込みを続けて、【首堂商會シュドウショウカイ】って古書店に辿り着いた。一階は古書店、二階三階は会員制の古物商を営むレトロなビルだ。元々京洛の老舗店舗が、淡海府ができると同時に移転したらしい。電子マネーがほぼ義務の世の中で、現金現物の取引にこだわるのは資金洗浄の影がある。被害者たちは本を買って、読んだらすぐに売るのを一定期間で繰り返していたみたいだった。だから自宅に古書は残っていないし、公式記録にも書けなかった。オレも一度利用して、ほら、お前に渡したあの本を買ってみたわけだ。そのときは別に怪しい動きもなかったが、店内の客は常連ばかり。新規客のオレは雰囲気に合っていないのがすぐにわかった。きっと取り決めた暗号文やら、でかいカネの動きがあるはずなんだ」


「税務局に話を持ち掛けて、査察部に強制捜査ガサ入れしてもらうってのは――」

「ガサにも裏帳簿やタマリの存在が不可欠だ。無闇に検討会で上げられるわけじゃない。それに内通者がいれば先に証拠を隠蔽される。店にはあまり頻繁に出入りできないが、もう少し店頭で様子を見たいんだ。被害者たちは裏で何をしていたのか。きっと、どこかの業界と繋がるはずなんだ。それがわかるまでは、あまり事を荒立てたくない」

 先輩の道理もわかる。しかし……。

 返答できないまま黙っていると、利市さんもブランコの立ち漕ぎを止めて静止した。

「お前が早々に狩井さんに認められて、調査官コースに戻りたい気持ちもわかるよ。……ただ、今はもう少し時間を稼いでほしい。これが正直なお願いだ」

「……先輩の調査に支障のない範囲で、こちらも調査を続行する、ということで手を打ちませんか?」

「そういうことに、しとくか」

 利市さんはブランコから降りる。

「お前も調査官のつもりなら、オレたちはとっくにライバルだ。あらゆる手を尽くして情報を得る。何があっても、恨みっこナシだぜ」

「望むところですよ」


 僕たちのミッションは事件解決のための情報収集だ。それと同じくらい、プライドで競い合っているところがある。僕は現状に満足せず、書庫整理から這い上がるのだ。蔵内さんのような、気の抜けた人間とは違う。


 それから利市さんは、手を振って去っていった。

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