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 殺人事件があっても、街は相変わらず機能し続ける。みんな自分は被害者にならないと思い込みたいのか、景色を変えないように、いつもと同じ行動に徹しているのだろう。

 一昨日発生した事件現場のけいろんクリニックはまだ封鎖中であったものの、他の三か所はすでに開放されていた。一件目のビルなどもう完成間近まで仕上がりつつある。

 テクネは現場を隅々まで見渡すということはせず、中心地に立つとその場で十分以上は動かなかった。最後に訪れた劇場前交差点は人が多いので、その行為は目立ってしまう。通行人が不審げに見返す。燦々さんさんと照らす太陽光は彼女をさらに眩しくさせる。

「何突っ立ってるのさ」

「現場の3Dスキャンだよ。情報を採取できれば、考えるのは帰ってからでもできるからね」

 確かに、彼女のファイフラは忙しなく点滅を繰り返していた。周囲のハロから放たれる信号を受光して処理しているのだろう。

「――ねえ、例えば大きい家具なんかを運びたいとき、タクシーでどうにかできる?」

 作業に集中しているかと思えば、急にテクネは問いかけてきた。

「セダンタイプはせいぜい旅行ケースまでだな。オーダーメニューからバンを手配するか、人手も欲しいなら運送会社に連絡してトラックをチャーターするかだ。引っ越しならまず後者を利用するだろう」

「ふーん。ちなみに、同じ場所をグルグル巡回している車がいたら怪しまれる?」

「いや、よくある光景だな。駐車スペースの空きがないとか、荷捌きで前のトラックの分が終わらないと入場できないとか、そういうときは付近を走ってやり過ごすらしい」

「オッケー。じゃあ事故現場はどこも道路から極端に離れていないから、ファイフラを積んだトラックを自走させておくことは可能ってわけだ。レオたんに、そういう車がいなかったかIISで探しておいてもらったほうがいいんじゃない?」

「あ、ああ……」

 レオたんって、藤枡トウマスのことだよな? 仲良しな距離感なことだ。しかし、僕からさらにお願いをするのは気が引ける。また変な要求をされなきゃいいが。


「……作業終了、です! ちょっと休憩しようよ」

 僕たちは劇場横の広場へと移動した。芝生とベンチと、ちょっとした遊具がある。平日の昼時は未就学児とその親たちで賑わっていた。遊び回るチビッ子たちの声はヒヨコみたいだ。ピーチクパーチク。いつくしむように見守っていたいが、スーツ姿の男があんまりガン見しているのも不審だ。

「ンンギョップパビヌブベエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!」

 ……ちょっと心配になるくらいの泣き声。こればかりはさすがに視線を向けざるを得ない。一人の幼女が滝のように泣きじゃくっていた。保護者があやしているが、どうにも何か揉めているみたいだ。収まる気配がない。

「ねえ、何アレ?」

「どうにも、お気に入りのオモチャでもなくしたんじゃないか?」

「子供ってのはちょっとした理不尽にも耐えられず、感情を暴走させるから嫌いだね」

 テクネさん、あんただって昔はオモチャが見つからないだけで大泣きしてたんですよ……。

 そう言いかけたとき、テクネは何かをスローイングするような動作を見せた。黄色い、ヒヨコのようなキャラクターが幼女へと駆け寄っていく。それも何匹も。幼女はそれに気づくと泣き止み、笑顔になって追いかけ始めた。周りの子もそれに続く。テクネはもっと他の動物を錬成していく。ハログラムの錬金術だな。

「おねーちゃん、つぎ、パンダだしてー!」

「ワニ! ワニ! ワニ!」

「カカポ! ぜつめつきぐしゅ!」

 ついにテクネが出しているらしいとバレると、容赦ないチビどもがリクエストを浴びせてくる。

「待って、ストリーミングが追い付かないから! センザンコウって何?」

 いつも気ままに振舞うテクネの調子が狂わされているのが面白かった。僕はそっと離れて、ブランコに腰かけてその様子を観察する。すっかり人気者じゃないか。


「――こいつは、一体何の騒ぎなんだ?」

 隣のブランコに腰かける人がいた。ご自慢のブランドスーツは公園で浮いてますよ。

利市リイチさん」

「よう、アナクロ。お前さん、灰瀬ハイセテクネと透明人間の調査してるんだってな」

「え、……誰から聞いたんですか?」

「誰も調査動向について喋るもんか。ただ、書庫に籠るのが仕事のお前が、何やらコソコソ外出するのが気になってな。透明人間事件に関わっている本庁の狩井カリイさんと保護観察官の小原オハラさんに会い、そして向かった先がハヤマ先技研とくれば答えはすぐにわかるよ」

 ……まったく、情報のハイエナたちめ。黙っていても行動が筒抜けにされてしまう。

「それにしてもお前は能天気だな。ハヤマ社の知的財産を外に持ち出すなんて」

「これは彼女が勝手に――」

「気をつけろよ。ハヤマ社の警備人員ではカバーできないほどの産業スパイや誘拐犯まがい、漁夫の利を考える警察が彼女を狙って立ち回っている。地下の暗黒街ではこういう情報が広まるのが一瞬だ。ま、その点あの魔女さんは対策済みだ。外出時はハログラムのダミーやトラップをランダムに仕掛けて身内すら攪乱かくらんさせている。せっかくのデートを邪魔されたくないんだろうねえ。腰の拳銃もどきが、お飾りでいられる間は感謝するんだな」

「……先輩は、いつも単独調査でそういう情報を仕入れているんですか?」

「おうよ、昔から群れるのは嫌いだからな」


 この人は近畿支局で僕を指導しているときから、他の班員の人と一緒にいることは見たことがなかった。協調性がないわけではないが、合理的に一人を選ぶようだ。危険も顧みずに。結果を出し続けるから、上司も同僚も文句を言えない。

 それにしても、テクネは自分本位で飛び出しているようで、意外と警戒をおこたっていなかった。僕はボディーガードの役目すら期待されていなかったわけだ。


「にしても、利市さんはよくここがわかりましたね」

「魔女を追いかけるのは大変だが、お前を見つけるのは簡単だからな。匂いでわかる。甘くて、ちょっとクセになる感じ」

「やめてくださいよ。ストーカーみたいだ」

「あながち間違いでもない。とりあえず相談と忠告と直訴じきそに来た」

 利市さんはブランコの上に立ち上がると、身体を揺らして勢いをつけ始める。

「なんの話ですか? それに、さっきからあんまり外で喋るには適さないことばかり」

「いいんだよ、あの魔女の近くにいれば怪しい人物は寄りつけない。それに電話も警察に盗聴されるようになってきたしな。直接話せるタイミングも少ない」

「……ヤバい話なら聞きたくないです」


「簡単なことだ。――透明人間の実証を、して欲しい」

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