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――もう一度整理しよう。
まず犯人はハログラムの迷惑広告と同じように、特定信号を二次元コード化したハログラムで全身を覆った。
次に、IISの監視カメラや周囲の人間たちの目に、密かにフィルターを貼り付けた。このフィルターは先の特定信号でマスキングされた対象情報を無効化して、代わりに視認者から見た被写体背後の映像を届けるという擬態システムだ。
フィルターを適用させるべき視認者はかなり広範囲にいるが、無制限というわけではなく数は絞りやすい。防犯カメラの位置は事前の調査で配置場所を割り出せる。人間という大きさを肉眼で捉えられる視程は大体百メートルほどと仮定して、その範囲内にある他人の眼球は画像識別プログラムとかで抽出できるに違いない。
そうやって自分への視線のみに対応する擬態化ユニットの数であれば、処理能力の問題が解決する。機能的に車で運べるような大型モデルのファイフラが一台あれば事足りると言う。この手法であればカメラからも目撃者からも自分の姿を消すことができるのだ。
僕はなんとなく、大学受験の教材で使った暗記シートを思い出した。覚えるべき単語が赤い文字で書かれており、付属する赤い半透明のプラ板シートを被せれば見えなくなるものだ。原理としてはこれと同じで、消えた文字の部分は適当に補正されるということである。
こうして犯人は誰からも『不可視』となった。ここまでなら、技術力のある企業やハログラマーでも再現可能な次元であろう。しかし問題がある。自分自身の影や反射した像までは、特定信号の効果がなくフィルターには反応せず透過してしまう。よほど意識しなければ気づくことが出来ないそれが、カメラの映像記録に写った残影の正体であり、透明人間を不完全にする要因だった。
そこでハッキング能力を持つ犯人、もしくは共犯者がカメラの記録するデータを全て改竄した。難攻不落のIIS本体は無理だったにせよ、それ以外にデータが持ち出された場所へと侵入し書き換える。かなり骨の折れる作業のはずだが、経路さえ把握できれば高度なプログラムで自動的にできるのかもしれない。IISでもメインマシンでは解析はされず、別室にて作業されることを知っていた。高いセキュリティレベルの情報を熟知し、そして工作を完了させている。並みの犯罪者とは一線を画する、相当な知能犯だ。
「とにかく、透明人間の仕組みと、犯人像の手がかりまで掴めた。大躍進だぞ」
「大躍進ってねえ、こんな数少ない証拠で犯人が割り出せると?」
「そうだ、IISのカメラに赤外線機能はないか? 夜間撮影用とかのために。熱源までは誤魔化せないんじゃ」
「残念ながらウチで採用しているのは超高感度カメラだね。淡海府は都市防犯設計で街灯が途切れる場所がないから光源に困らないし、白黒映像でしか記録できない点で赤外線カメラは取り入れられなかった」
赤外線カメラの利点は光源のない真っ暗闇でも、熱情報で映像記録できるところである。しかし出力されるのはモノクロという欠点がある。暗視カメラ・高感度カメラは光源を必要とするが、僅かな光量であっても鮮明なカラー映像を記録できるのが特徴だ。電気の通わない自然環境ならともかく、都市部であれば後者が必然的に選ばれるだろう。しかし今回はそれが仇となる。透明人間と言えど熱までは隠しきれないはずだ。
「赤外線も光の一つだからね。例え設置されていても、犯人ならそれも簡単に対策されちゃうよ」
テクネは僕の考えを読み通しているのか、あっさり否定してくる。
「光以外で索敵に有効そうなのは?」
「潜水艦やナックルスコーカーのように音の反響を拾うエコーロケーション、飛行機のように電波を使うレーダー。一応IISでも機能追加の申請を出しているけど、都市全面に至るまでは何年かかわるかわからない」
藤枡は苦い顔をしていた。透明人間なんて現れなければ、カメラだけでも十分有用な結果を示していたのだ。他の測定装置について予算が下りやすいとは考えにくい。年度更新はちょうど過ぎたし、緊急補正の枠も使えるかどうか。
「となれば、やはりこの一次データから搔き集めた情報で探るしかないか」
シルエットから身長や体格、瞳であれば虹彩という生体情報がどこかに登録されているかもしれない。
「で、そんな重労働を誰がやるんだよ?」
藤枡に小突かれる。僕がこんなハイテクマシンを扱えるわけがない。
「先生!」
「ボクが約束したのは透明人間の秘密だけだよ。犯人捜しは仕事じゃないもん」
「藤枡!」
「いや、無理だっつーの。ウォーリーを探せじゃないんだよ」
「……藤枡」
懇願するように、藤枡を見つめ続ける。何秒目が合ったのだろう。やがて彼女のほうが折れた。
「仕方ねえなあ! にしても、このパズルみたいな手作業がどれだけ大変かわかってるだろうな」
「事件解決へのご協力、感謝します」
「……ちょっと、久しぶりに会ってこんな無茶ぶりするんだから、飲みに連れてけよ。今晩、おごれ」
「えー、贅沢する金はないしなあ」
「学生のときみたいに宅飲みでもいいからさ。クロウ」
苦い思い出がある。こいつ、酒が強いので付き合うのも大変だ。おまけに酔っぱらうと性格が変わり人の服を脱がしてくる。僕も過去に何度も辱めを受けたので、面倒事は避けたい。そんな潤んだ瞳で見られても困る。
「ま、祝杯は全部終わってからにしましょうか。体力は温存してくれ」
「……おまえー、マジで今度酔い潰すからな。覚悟しとけよ」
藤枡が握った手を僕のお腹に軽くパンチする。痛みに顔をしかめると、何故か彼女は嬉しそうだった。
「全然関係ないけどさ、お前、最近変なこととかなかった?」
「変なことって?」
「……例えば、ストーカーとか」
「別に? 普段通りだけど」
「あっそ」
妙なことを聞いてくるな。父さんが死んだときは一部のマスコミが煩わしかったが、今はそんなもの何一つない。
「ねえねえ!」
テクネが手を挙げながら、僕たちの間に割って入って来る。
「透明人間の事件、二件目三件目はIISに映像データがあるかもしれないけど、一件目と四件目は情報が少ないんじゃない?」
確かに、一件目の影佐事件は建設中のビル内部のことで、四件目の服部事件も病院内のことだった。IISのカメラが干渉できるのは少ない。
「いや、建設現場なら現場監督が細かく記録写真を残しているはず。改竄される前にプリントアウトしているかもしれない。病院についても、規定で院内の防犯カメラは外部保存の義務がある。解析に持ち出される前のデータであれば証拠がまだ残されている可能性は高い。それはこっちで確認して取り寄せみる」
「急に冴えてるじゃん……」
テクネはつまらなさそうに頬を膨らませた。
「じゃ、IISの凡人のために最新のヘルメス判定を貸してあげよう」
「いらねーよ。こっちの解析プログラムでなんとかしてみせる」
「……ミラクル&バイオレンスで世界を救う、だよ」
テクネの呟きに、藤枡は驚いたように目を丸くした。それから二人は無言で固い握手を交わす。
「同志!」
藤枡は旧知の親友と再会したかのように熱い抱擁までし始める。
しばらくわけがわからなかったが、魔法少女キュアキュアの名セリフの一つだったと思い出した。
主人公は幼少期からの厳しい教育で叩き込まれた徒手空拳を憎み封印して魔法のみで怪物をやっつけていたが、あるとき魔法が使えなくなったピンチに暴力を解放して難を逃れたエピソードである。
己の運命を受け入れるまでの心の葛藤が熱いとファンの中でも人気なシーンだが、テクネがそれだけ覚えていたのか事件以降に視聴したのかは謎だった。わかるのは、オタク同士の友情に時間も世代も関係ないことだ。
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