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結局僕の身体中に謎のお札が貼られて、頭から足の爪先まで塩をかけられた。これが科学技術先進国のすることか!
特別入室許可を得た後に、IIS中央管制室へと入る。
関係者たちが【結界】と呼ぶほど厳重で神聖な場所らしい。テクネの研究室よりさらに広い空間だ。まるでSFアニメに出てくる秘密基地の指令室みたいだった。
段差のない半球面の壁が全周を取り囲み、そこに淡海府の隅々まで睨み続けるカメラ映像が大量に表示されている。
波紋のように並ぶデスクで、オペレーターたちがアラート表示された箇所を手元のハログラムで解析し、適切な処理をこなしている。
そして部屋の中心にそびえ立つ一本の太い柱と、その周りに並ぶ五本の柱が制御するためのマシンなのだろう。ピコピコと小さなランプが点滅しておりサイバティックな雰囲気と、神社のように飾り付けられたしめ縄と御幣が、この国の奇妙な信仰性を象徴している。
……いかん、あんまり注目していると壊しかねん。
「確かに、本当に電波遮断されてる」
テクネは自分のファイフラと研究室のワークステーションが繋がらないことを確認していた。こんな状況では彼女の魔法も効果半減するかもしれない。いや、今でも普通のファイフラを十三個も身に着けてるから、あまり変わらないのだろうか。ワイヤレス給電も絶たれているだろうから、携帯端末は充電を気にする必要がある。気分的には卵の殻の中にいるみたいだ。
「とりあえず過去三か月ほどのデータはまだこっちに保管中。それ以降はホログラフィックデータストレージのバックアップサーバールームに移している。そっちに引っ越しした後だと外のアーカイブセンターと同期しちゃうから、ハッキングされて改竄されてたかもね」
早めに気づいて良かったというわけだ。最初の事件からでもまだ一か月くらいである。彼女は事件映像をピックアップする。
「これが一次データ」
「パッと見ただけじゃ、僕たちの知る映像と何も変わらないな」
もう何度も見てきた光景だが、特に差異は感じられない。そこにもやはり、透明人間の実体は写り込んでいなかった。
「じゃあ、チチンプイプイだ」
そう言うとテクネはまた指で丸を描く動作をする。それを藤枡が睨んだ。
「おい!」
「システムに干渉するわけじゃないって。表面を撫でるだけだよ」
口を尖らせて反論する。理屈ではそうだが、不安に思うのも仕方ない。ヘルメス判定バージョン9の解析結果はすぐに出た。表示はTrue、改竄はされていない。
「言ったとおりだろ?」
藤枡は勝ち誇ったような顔つきだった。テクネもニヤリと笑っている。
「よし、これなら何を改竄したのかがわかるね」
そうだ、これは間違い探しだ。テクネは改竄後の映像も表示させる。僕は両目を左右交互に往復させて、血眼になって見比べた。大学のサークル内で流行っていた某イタリアンレストランの子供向け間違い探し(大人でも超難関)の発見最速記録を持つ自分なので自信があった。……自信だけだった。わ、わからん。
「見ただけでもわかったと思うけど、見やすいように補正しようか。とりあえず三件目の交差点からいくよ」
テクネは、まるで見えないあやとりでも編むかのように指を運ぶ。複数表示されていた映像たちは重なり合い、そこに赤い点が張り付ていく。マークされた部分が抽出されてアップされると、ようやく答えがわかった。
「――ま、言うなれば『透明人間の残影』ってヤツかな?」
「マジかよ……」
普段、動じない藤枡でさえ、言葉を失っていた。
透明人間がいるであろう場所の地面に、薄く黒い人影。
周囲の人間が持っていた鞄の金具に写り込んでいた、誰かの瞳。
付近の建物のガラスに反射された、ぼやけた人間の全体シルエット。
誰もが、穴が空くまで見続けた二次データにそれらは存在せず、見落とされていた一次データのみに、その痕跡はわずかに残されていた。一目で誰かとわかる代物ではない断片的な情報だが、初めて加害者を目にすることができたのだ。犯人というパズルの、とても小さいピースたち。
「……これは大発見だ。しかし、どうして周囲に影響が出るんだ? 透明人間の原因はデータ改竄ではなかったとヘルメス判定は認めている。ということはカメラの向こう側でも、犯人は誰にも見えていなかったはずだ。目撃者の証言がそれを補強している」
「いよいよ核心だよ。じゃあ大ヒントだ! 見たくない人には見えなくなり、そうでない人には見えている現象があります。さあ、なんでしょう?」
「なんでしょうって、それを聞いているんだから……」
「考えない生徒は減点です! この交差点付近にもいっぱいあるよ」
テクネは舌をんべっっと突き出した。僕は再び映像に向き直り、ヒントを探す。交差点には大量の人、道路、建物、車。特に変わったものなどなく、いつも通りの日常であるはずだ。……見たくないもの? 嫌いな上司の顔とか税金の督促状とか過去の恥ずかしい日記とか、いや、そんなものが街中にありふれてるわけがない。あるとすれば、自分には不必要と思える鬱陶しい過剰な迷惑広告たち――。
その瞬間、脳に強烈な電流が走ったような衝撃が走った!
――全部が繋がった。
「まさか、犯人は自分をハログラム広告と同じようなシグナルで囲い、周囲の人間は広告ブロッカーのようなフィルターのせいで犯人が見えなくなってた、ってことか……?」
「ピンポーン! ね、簡単なトリックでしょ?」
昨日、利市さんが説明してくたありふれたテクニック。見たくないものを見えなくする便利道具。わかってしまえば、こんなに単純なタネだったとは。
――だが待ってほしい。それにはいくつか疑問もある。
「確かに広告は見えなくなるらしいが、どうして人間も見えなくなる? 人間を透明にするわけじゃないんだろ?」
「それはさっき説明した、ハロで擬態化するディスプレイとカメラのユニットを使っているからなんだよ」
テクネは反射した対象人物の画像を拡大していく。その表面には、蛍光色の細かい幾何学模様が並んだようなパターンが見える。エッシャーという美術作家の作品に連続模様があるが、似通ったそれらが隙間なく全身を覆っている。
「この模様はハログラムの特定信号を二次元コード化したものの一つだね。この特定信号を感知したフィルターは、マーキングされた範囲をクロマキー合成のように抜いて、そこに背景映像を上書きしてるだけ。広告ブロッカーもほぼ同じ仕組みだね。広告も犯人も消えたわけじゃなく、隠されただけなんだ」
その説明を聞けば、透明人間の周りに細かな痕跡が残るのもわかる。
「でも、あらゆる方向を覆う擬態化ハログラムには大量の演算ユニットが必要になるから、持ち運べるようなファイフラじゃ処理能力が無理だって言ったじゃないか」
「全周囲擬態に比べたら、防犯カメラと半径百メートル以内の人間の目を騙すための視点を用意するだけで、すべきワークフローが圧倒的に少なくて済む。多くても二百くらいじゃないかな。それくらいであれば、広範囲特化型のワークステーションが一台あれば済む。それなりに大きいけど、例えば、近くの車に忍ばせてたとかね」
隠したい方向面にのみ擬態化させる。これだけ割り切った方法なら、数は多いものの実行不可能なレベルじゃなくなるということだ。
「しかしIISの一次データは改竄されていないって証明されている。ハロの擬態は見抜けないのか?」
「あくまでヘルメス判定はデータの上塗りについて反応するだけだよ。被写体そのものはハログラムだろうとチャチな変装だろうと、間違いなく実存した本物なんだから。なにより、犯人の実像を伝える光情報はカメラのレンズをくぐる前にフィルターによって書き換えられてている。それは間違いなく、防犯カメラが見ていた世界だよ」
「カメラや、僕みたいな広告ブロッカーをインストールしていない人間にも、フィルターを?」
「厳密にいえば、市販されてるブロッカーとは別種の、この特定信号用に設計されたフィルターが使われているね。これだけ出回った二次データの改竄ができるハッカーがいるなら、現場で気づかれないようにハログラムフィルターの強制上書きなんて楽なもんでしょ。IISのカメラも直接いじられたわけじゃなく、外側から透明なフタを被せられただけだからね。こういう状況だと異変を感知できずアラートも出せないってことじゃない?」
藤枡に無言で伺うが、彼女は頷いて肯定した。
「これまでイタズラや逃走経路の目くらましにカメラをハログラムで塗りつぶされたことはあった。もちろんそういう異常にはすぐ反応できる。イタチごっこだが対策として、犯行に使用された信号を相殺するカウンターハログラムもバリアのように展開してきた。しかし、見えていないものに関しては感知しようがないし、対策の手がかりもない」
それはそうだ。見えない危険こそ厄介極まりない。
「他に質問は? なければボクのお仕事も終わりだね」
テクネは授業終了とばかりに両手を挙げて伸びをした。
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