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「あ……、生きてます、ね。意外と早かったですね」

「死ぬかと思いましたよ」

 外で待っていた小原オハラさんは意外そうでもなかった反応だ。

「仲良くなれたみたいで良かったです。これなら明日から私がいなくても大丈夫ですね」

「いや、相当いじめられそうなんですけど……」

 小原さんは手元のハログラムのメッセージをチラリと確認すると微笑んだ。

「彼女、相当テンション上がってますよ。こんなに嬉しそうなの初めて見たかも」

「……さいですか」

 恰好のオモチャを見つけてしまったのか。明日は何をされるのだろう。怖いよう。

 そのまま、特に当たり障りのない会話をしながらタクシーで庁舎まで帰ってきた。


 書庫隣の事務室に蔵内クラウチさんはまだ帰って来ていないという。いったいどこの喫煙所まで出向いたのか。僕と阿澄アスミさんで雑談しながらルーティーンな業務を終わらせると、いつものように定時で帰宅した。

 狩井カリイさんにも魔女の協力が得られたことを一報入れるも、了解した引き続き頼む、と淡々とした返答のみだった。もう少し喜んでくれてもいいのに。


 自宅について冷蔵庫の中身を確認すると、缶ビールと寂しい食材の並びにガッカリする。買い物に寄っておけば良かったと軽く後悔していると、電話がかかってきた。早速テクネからのイタズラ迷惑電話かと危惧したが、意外にも利市リイチさんからだった。部屋を掃除しろとかそういう面倒事だろうか。

『急に悪いな。今、家か? 周り、誰もいないか?』

「ええ、そうですけど……」

『まだ確定じゃないんだが、透明人間の新しい被害者が出た。だ』

「え! どこですか?」

『病院だよ。詳細は省くが、点滴に他の薬物が混入したって。単なる医療事故かもしれないが、どうにも状況や証言が不可解だ。こんなミスが起こるはずがない、まるでって関係者が口を揃えてる』

「医療事故……」

『電話したのは、この件がお前の親父さんのときと似ているからなんだ。すまないが、そのときのこともう一度教えてくれないか?』

 突然のことにうまく状況を咀嚼そしゃくできなかった。

 三年前、父さんが死んだときのこと――。


 僕がまだ大学生で、入庁する少し前の出来事だった。腰を悪くした父がヘルニアの手術を受けた。脊髄せきずいの神経に悪さするはみ出た軟骨を摘出する手術自体は無事に終わり、後はリハビリをこなし体力回復を待って退院するだけだった。

 しかし、それは叶わなかった。術後の点滴に致死量を超える薬物が混入していたのだ。

 父はすぐに状態が悪化、家族に連絡が入るも最後を看取ることなく亡くなってしまった。

 ベテランの担当看護師と周りからの厳重なチェック体制のため過失も故意も起きるはずはなく、原因はわからずじまい。

 マスコミと病院責任者が看護師を厳しく責め立てたため、無実を主張していた看護師は耐えきれずついに自殺してしまった。

 最悪な結果である。真相は曖昧なままに捜査は打ち切られてこの事件は幕を降ろした。

 この騒動で母は精神的に疲弊しきってしまった。父の急死だけでもショックなのに、世間の注目の的になったり、事件のせいでまた人が死んだり。悲しことも怒ることもできないまま彼女は倒れた。

 僕はもう大学を卒業する年だったが、とりあえず一年間休学して母のケアに努めた。親戚一同と話し合い、海の見える静かな医療施設に預けることになった。今では会話もできるし健康的な生活を送っているようだが、まだ人の多いところは怖いみたいだしパニックも時々起こすらしい。

 復学して卒業して今の仕事に就いた僕も、忙しくても毎月必ず様子を見に行くようにしている。いつか帰ってきたときのために、実家は売却せずそのままにしてある。


 そのことを告げると利市さんは、『やはり酷似している、また報告する』と言って電話を切った。

 ――まさか、

 わけがわからなかった。頭が真っ白になり、その日はもう買い物になど行けなかった。

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