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「――さて、まあ座りなよ」

 そう言ってもう一脚の椅子を差し出される。

 僕は何も考えずにそこまで歩み寄り腰を下ろすが、それはハログラムで生成した椅子じゃないか。一旦身体を預けた重力に逆らえず、そのまま空虚椅子をすり抜けて尻もちをついた。テクネはお下品にゲラゲラ笑っている。

 結局、僕用の椅子は出てこないので、そのまま床に座った。


「そもそもさ、公安情報庁って何? 警察と違うの? スパイ?」

 そう言えば、この仕事について全く説明していなかったな。職務上、口外できる情報が少ないイコール世間的にも知られていないから、認知度が皆無なのも仕方ない。


「国の情報機関だよ。公共安全を守るために、危険指定されている暴力団体を監視したり、サイバーセキュリティやパンデミック・経済安保などの情報も広範囲に集約している。本庁の国内調査部と国外調査部の二部編成で網羅的に情報収集をしているよ。本庁を司令塔に、国内の地方支局や主要都市に構えてる事務所が、本庁に準じた内部編成で直接的な聞き込みなどの現場捜査を担っている。似たような組織は軍や警察・外務省にもあるけど、ウチは司法省の外局。連邦帝国のMI6や合衆国のCIAとも情報提携してるって言えば、どんなものかわかりやすいかな。まあ予算と人員規模は海外とは比べものにならないくらい弱小だけど」


「じゃあ悪い奴らを捕まえるわけだ」

「それが、ウチには逮捕権も強制捜査権限もない。ぶっちゃけ民間のシンクタンクやテレビ新聞の報道記者とやっていることは変わりないよ」

「ええ? それって税金使う意味ある? 警察だけでいいじゃん」


「それは耳が痛いが……。僕個人としては、これが純粋なる情報機関として正しい方向だと思っている。もちろん早急に犯人を捕まえれば次なる被害を防げるが、極端にその力に頼り切ると、とりあえず怪しいからと逮捕を乱発し冤罪の可能性も高くなる。動機なんかなくても、矛盾しない状況と証拠さえあれば消去法で犯人と決めつけられるように。特に戦時中の軍部の暴走や、戦後警察への権力集中はそういった事案を多く生み出してしまった。加えて情報が秘匿され占有されることにもなり、やがて情報工作や恐喝のような尋問にエスカレート。それでは真の事件解決や、犯罪の温床となる原因解決までたどり着けない。成果を焦らず対外関係に惑わされず正確な情報を救い上げることに従事し、官邸や各省庁へ情報を伝達共有して国家・国民の安全保障に貢献することが、この仕事の責務なんだ」


「なるほどね。タイプを別にした二系統のシステムを同時に走らせておいて補完し合うのは理に適っている」

 この組織の意義について理解してもらうのは難しいのだが、テクネなりに解釈してくれたらしい。僕は調子に乗って昔話を語り出す。


「父親も昔は同じ仕事をしていた。仕事内容は家では一切喋らないからずっと謎だったんだ。

 こっちに引っ込す前、父さんは本庁勤めで家族で東都に住んでた頃。僕は小学生時代、機械クラッシャー体質のせいで友達はゼロ、いじめの対象になってたよ。後ろから蹴られたり持ち物を隠されたり。犯人はわかりきってたけど、同じように暴力でやり返すのも同類になるみたいで嫌だった。どうしようもないのかとムシャクシャして腐ってたよ。

 そのことを父親に相談したら、とにかく情報を集めろとアドバイスを受け、同じような被害を受けてる協力者を募り証拠を集めて学校側に訴えた。いじめっ子の転校を目的としていのに、クラス担任の教師や校長などの学校側は示談で済ませようとした。何故ならいじめっ子の親が事業家で、かなりの寄付を学校にしていたから。子供相手に、『実は裏で警察や教育委員会にもパイプがあるから進学を気にするなら……』って脅してきたんだ。呆れたよ。

 それを報告すると、父が初めてキレたところを目撃した。顔を赤くして怒るんじゃなくて、スッと真顔になるみたいな。背筋が凍るみたいな怖さがあったよ。どこかに電話を掛けた翌日、いじめっ子の家族が一晩で引っ越してたんだ。担任と校長も急な人事異動で交代させられた。わけがわからなかったよ。

 後で自分もこの仕事をしていて父さんの仕事ぶりが判明したんだが、いじめっ子の両親の事業帳簿から脱税を見抜いて税務局に通報したり、担任と校長の不倫の証拠を全部押さえて互いの家族に仄めかしたり、校長が教育委員会との共謀で裏金を蓄えて不正流用していたところまで突き止めて検察に報告したと容赦がなかった。そのことが噂となり、いじめっ子も転校先でいじめられたらしい。

 ……さて、美談とは言い難い報復だが、父さんは情報の力だけで暴力やカネの力と対抗したんだ。世界では軍事力や経済力で勝ち上がることが生き残る道みたいに説かれて当然のように受け入れがちだけど、僕は第三の道として情報力で平和を守ることができるんじゃないかって思うようになった。情報で暴力を回避したり貧困格差を抑止したりできるんじゃないかって。甘っちょろい夢物語だけど……」


 つい、喋りすぎたな。反省する。飽き飽きしてるだろうなとテクネを見るが、意外と大人しくマジマジと聞いてくれていた。

「いいお父さんじゃん……、会ってみたいかも」

「もう三年前に亡くなったよ」

「え?」

「医療事故に巻き込まれた。ショックで、母さんも今は施設で休んでるよ」

「そう……」

 今の彼女にとっては全く見知らぬ他人の死であるのに、何故か深く悲しんでいるようだった。しばし沈黙の時間。


「……今日はこれくらいにして、明日また来て。『授業』の準備をしといてあげる」

「はい、先生」

「ねえ、連絡先は? その体質ならファイフラは壊しそうだけど。まさか黒電話? 手紙を伝書鳩で送る?」

「まさか、少し古いモノだけど携帯電話を持ってる」

 ごく稀にだが、僕が所持していても壊れない機械も存在する。このP902iSも骨とう品の中から運命的に出会った代物なのだ。大学時代の知り合いに頼み、中の基盤を入れ替えるなどして現在の通信規格に対応させてもらった。と言っても使える機能は電話とメールだけなのだが。付属するナントカ神社のお守りが僕の呪いを打ち消してるとか、あいつは柄にもなく非科学的なこと言ってたな。

「は? 旧時代のガラケーじゃん! 現役で動いてるの初めて見た! 赤外線通信、メール問い合わせ、200万画素のカメラ、着うた、バリ3、ワンプッシュオープンボタン、謎規格の外部接続端子、逆パカ、やべえ! ノスタルジーの塊だよ! いいよねえ、この頃の携帯電話のデザインにワクワクするよ。スマホになってからは差別化もオリジナリティもないただの板になってさ。プロダクトってのは持ってるだけで嬉しくならなくちゃ」

 なんだ、最新のガジェット以外はゴミカスのように言われると思っていたが、懐かしのオモチャでも見てるかのようなはしゃぎぶりだ。

 なにがなんでも赤外線通信で連絡先交換をやりたいと主張して聞かない。デスクの下にあった謎のガラクタたちを無理矢理つなぎ合わせて作った送受信機を指輪のファイフラにアタッチメントして、何十年の隔たりもある機体同士が情報交換をする謎の儀礼を終えた。

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