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 灰瀬ハイセテクネ、その見た目は幼少期の健康的なソレとは様変わりしていた。

 身長や体格は同年代の中学生と同じくらいだろう。

 女学生の格式高い制服のような黒いセーラー服の上に、さらに闇のような漆黒のガウンを羽織っている。魔術道具のような禍々しいデザインの首輪、耳飾り、十の指輪にはすべて黄緑色の小さな光点が見えることから、特注のファイフラだろう。

 そんな装いと相対するのは白磁のような肌、薄い灰色の瞳、雪原のような銀に輝くロングヘア。あの事件で身体中の色素が全て落ちたとでも言うのか。

 美しくも恐ろしく、そして恐ろしいほど美しかった。

 魔女の呼び名はこの見た目と能力に相応ふさわしいと言える。

 それでも、性格は変わらず昔のままだったらしい。むしろ悪化してる。

『にいに』と舌足らずな声で呼んでいつも後ろをついてきた寂しがりやで甘えん坊な愛くるしい女の子の片鱗はどこにもなかった。僕の記憶が美化されてただけかもしれない。残念だ。


「いや、驚いたのはコッチかな。噂には聞いていたけど、これはハロの対消滅? 相転移現象? 鏡合わせのような反物質の世界。ディラックの海に飲み込まれたみたいだ。おまけに六台のワークステーションが主幹からダウンしてる。【キルケー】は無事だったけどね」

 何を喋っているのか、さっぱりわからない。僕はなんとか上体を起こして、顔を拭った。戸惑いよりも、怒りが勝る。

「覚えていないと思うが、久しぶりだ、灰瀬テクネ。あんたが三歳から八歳まではウチにしょっちゅう遊びに来てたんだ」

 頭の血の気が引かず、当初の敬語で丁寧に優しく接しようという紳士的振る舞いは遠く宇宙の彼方まで吹き飛んでいた。

「うん、覚えてないよ。たくさんいるんだよね、そうやって近づいてくる人が。ボクという知的財産はどれくらいの価値になるんだろう。石油王が一生かけて絞り出した原油の金額ですら、ボクには目薬の一滴ほどにしか感じられない。仲良くなりたいなら、ちょっとくらい付き合ってもらわないと。なのに、みーんな廃人になって病院から帰ってこないんだよ? つまんないの」

 これは、ハヤマ社の人間が近寄らないのも納得だ。それよりも小原オハラさんやカウンセラーがこのシゴキに耐えたことのほうが驚きである。職業上の度量の差だろうか。肝っ玉が据わってる女性は好きだな。

「でも、キミは試験に合格した。これからたーっぷり可愛がってあげるからね」

「オモチャ?」

「うん、機械クラッシャーとか歩く電磁バーストとかギークのコミュニティサイトで都市伝説のように語られていたけど、その特異体質にずっと興味があったんだ。そしたら本人が向こうから会いに来るって、鴨がネギ背負ってやってきたみたいだ。キミを解明したい。どんな実験をして、どこから分解しようかな?」

 テクネの話は一方的だった。僕は見知らぬ業界で何故か有名になっており、このままでは実験モルモットにされてしまう。そんなことのためにわざわざここまで足を運んだのではない!

「待て! そんなことより最近話題の透明人間事件について興味ないか? 僕なんかよりそっちのほうが面白そうだぞ」

「えー? アレまだ調べてるの? じゃん」

 ……は? 今、『簡単』って言ったか?

「もしかして、もう、全部、わかっているのか?」

「Howについてはね。WhyとかWhoはどーでもいいから考えてないけど」

「教えてくれ――!」

 テクネの天井知らずな頭脳レベルについては理解しているつもりだったが、それにしても驚いた。こんなにも早く解決できるなんて。これで倉庫整理から調査部へ、もっと言えば本庁の席を一つ用意してもらえるかもしれない。諦めていた調査官の現場へ、再び……!

 僕は思わずテクネの肩を掴んで詰め寄ってしまった。ビクッとその身体が震えると、反射的に彼女の正拳突きが僕の顔面へとめり込む。ま、前が見えねえ……。

「いーやーだー! 協力する義理も見返りもない。ボクは自分のしたいことしかやらないの!」

 ブリブリと怒っている。しまった。印象を最悪にしてめちゃくちゃ拒絶されてる。富、名声、力、この世のすべてを手に入れたような魔女に差し出せる対価など存在しないだろう。もう、誠心誠意頼むしかない。

 僕は鼻血を垂らしながら、なりふり構わず土下座する。

「お願いします、なんでもしますから……!」

 どうとでもなれ。勢いのままに言葉を投げつけるも、彼女からの反応はなく無言のままだった。

 ちょっと顔を上げてみる。……あ、すっげえ悪い顔して微笑んでるぞ。

「お、今なんでもするって言ったネ?」

 嫌な予感がして背中に悪寒が走る。

 するとテクネはピアノの鍵盤でも叩くように指を動かすと、その周囲に無数のハログラム画面が映しだされた。何かを検索しているようだ。……レントゲン写真?

「あの、何を調べてらっしゃいますでしょうカ?」

「うん? これはね、誤って人間の肛門に挿入された異物の事故情報。みんな、座ったら瓶が突き刺さったとかプラモデルが入り込んだとか言ってるけど、そんなわけないよねえ? 覚悟と好奇心が人知の限界を超える。それはおぞましくも美しいと思わない?」

「思いません」

「あっそ。さあ、オモチャくん。最初は何がいいかな? 優しいモノから徐々に慣らしていって、大きくてガチガチに硬ぁいのにしてイくの。反り返りがついてのがオススメみたい」

「……あ、あう……、あうーっ……!」

 自分の想像力を呪う。恐ろしさにがヒクヒクする。僕の顎は震えて歯がカチカチを音を立てていた。もう、お嫁にいけないかもしれない。

「……なーんて、うっそぴょーん! ビックリした? ねえ、その情けない顔。キュートアグレッションなんだけど。ハハッ!」

 キュートなんとかってなんだよ。

 テクネは上機嫌に椅子まで走って飛び乗ると、クルクル回りながら笑っていた。

 ……十歳年下の少女に手玉に取られて泣きそうになっているアラサー男の心境を二文字で述べよ。答えは屈辱!

「たまには気分転換に外で探偵ごっこするのもいいかもねー。ボクの考えも仮説なのに変わりはないし、証拠を集めないと実証できない」

 山の天気のように気まぐれな彼女の性格だが、僕が歯を食いしばって耐えていると風向きが良くなってきた。

「じゃ、じゃあ、調査にご協力いただけるということで――」

「条件がある。キミはオモチャとしてボクの言いつけを絶対に守ること。調査するのはキミの役目でボクがするのはアドバイスだけ。あと、ボクに教えをうのならリスペクトした呼び方をすること」

「リスペクト?」

「……『先生』って、呼んで?」

「先生! 灰瀬先生! テクネ先生!」

「うーん、悪くないかもねえ……!」

 テクネはニンマリと笑って満足気だった。

 彼女のご機嫌をとるのは難しいのか簡単なのか。ああ、思えば昔もそうだったな。甘いお菓子をまた持参しよう。

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