三章:魔女

file_010

 淡海府の保護観察所は司法省繋がりということで同じビルの三階に置かれていた。

 狩井カリイさんが事前に話を通していたらしく、テクネとは定期的な面談で接している担当保護観察官の小原オハラサチさんはすぐに対応してくれた。

 僕の母より少し若いくらいの年齢か、おっとりした口調だが話の内容は明瞭めいりょうで、経験値を感じさせるベテランだった。罪を犯した子供たちと献身的に付き合い更生させていく、大変だが誇りある仕事だ。


 テクネとの面会前に、彼女の様子や注意すべきことなどを伺う。

灰瀬ハイセさんは、火災事件直後は本当に誰とも会えない精神状態でしたし、無気力で、ほぼ寝たきりの状況が続いていました。何にも反応がなかったんですが、所持品だったハログラムのコードを書けるファイフラを渡すと今度は息を吹き返したように没頭し、睡眠も食事も忘れるほどでした。生き甲斐と呼べるものなんでしょう。そこから心のケアやリハビリで体力を戻し、今では少しずつですがコミュニケーションの幅が増えてきました。直接対話ができるのはまだ私と先生くらいで、仕事をしている会社の人とは文章のやりとりだけなんですけどね。だから、あなたと面会を承諾したのは、意外でした。精神的なショックから彼女は

「そんな……!」

 彼女の幼少期の記憶から忘れられていることは覚悟していたが時間が経てば思い出してくれるだろうと、どこか楽観的に構えていたところもあるので動揺した。

 ショックによる記憶の封印ということは、思い出したくても無理やりフタがされているのでは。僕のほうから会わなくなったのだから、自業自得とも言えるだろう。

 しかし、それでも面会できるというのは一体……?

「もしかしたら、彼女は過去と向かい合う決心をしたのかもしれません。事件以前の知り合いは、ほぼいませんし、これまで私たちが尋ねてみても不機嫌な態度になったり取り乱すだけでした。自分の過去を知る人から話を聞いて、ライフヒストリーを再構築することで自信を取り戻したいという思いがあるのかと」

「なるほど。事件自体については触れないほうが良いですか?」

「向こうが話し始めるのを待ってあげてください。それぞれのタイミングがあります。今日は私も同行するので、錯乱などする場合になったらすぐに面会は中断します。もう自殺は考えてないと思いますが……」

 会話については、けっこう慎重に言葉を選ばないといけないのだろうな。気を引き締める。

「例えばハログラムについての質疑だったり、最近話題の透明人間について聞くのは?」

「ハログラムについては問題ないでしょう。今も多くの開発に取り組んでいますし。透明人間の事件については、そうですね、人の死が関わることなので反応が悪かったら話を変えましょうか」

「わかりました」

 小原さんは手元のハログラムに新しいメッセージの通知を確認する。

「あ、彼女から返信ありました。今から研究所のほうへ伺って良いそうです。じゃあ行きましょうか」

「よろしくお願いします」

 立ち上がって移動を始める。小原さんは扉を開けようとして一瞬立ち止り、こちらに振り返った。

「念のため忠告しておきますが、彼女は【魔女】です」

「はい?」

「あの子なりのですが、です。私も最初にあのを見せられて、なんとか耐えられましたが、やはり苦しかった。これまで無理強いしてでも彼女に会おうとした人たちもいました。どうなったか、わかります? ……だから、彼女が会わないというより、んです」

 急に、抽象的で要領を得ない話をされる。何を警告しているのだろうか。

「どういうことですか?」

「脳を焼かれないように要注意ってことです。会えばわかりますよ」

 小原さんの目は笑っていなかった。冗談ではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る