第11話 勇者クラウス

「え……」


 一番驚いたのは、アーサー王子だった。

こんな簡単に倒せるなんてこれってもしかして余裕? と思い始めたアーサー王子は初めて倒した魔物をお土産に宿舎に持って帰るとかと言っていたが、流石にそれは嫌だとレインハードをはじめとするパーティーメンバーが反対した。

結果的に、帰ったらすぐにギルドに持って行こうと話し合いの末にそう決まった。


「それより、Bランクの魔物がこんなに弱いなんてどういうことなんでしょうか?」


 レインハードがジゼルに聞くと、端的に答えた。


「日和っているからです」


「日和ってると弱くなるものなんですか?」


「そうですね。魔力量は変わらないですが、本調子が出ないというか、いわば弱体化してしまいますね」


 それを聞いたレインハードとアーサー王子はあからさまに調子に乗り始めて、ダークウルフを見つけるとすぐに追いかけて、木刀でバンバン叩き、倒していた。


「アーサー様ー! ここにいますよ!」


「わかったレイン! こっちまで誘導させて!」


「朝飯前だッ……ぜっ!」


と調子に乗っていると、レインハードは追いかけていたダークウルフに逆に追い返され、そしてお尻をがぶりと噛まれてしまった。


「大丈夫か! レイン!」


「ううっ……なんで私ばっかりこんな目に合うんですかああ」

そう言いながら、涙目になっていたレインハードを「よしよし」と慰めるヘーデは、ジゼルからすると滑稽に見えた。

呆れた顔で彼らを見ていたが、その間もしっかりとクエストの仕事をこなしていた。


「なあ、レイン! これめっちゃ楽勝だね! 僕、最強勇者なのかも!」


「よっ! 最強勇者アーサー様!!」


 ジゼルは調子に乗る二人を見て「はああ」と溜息をついた。

完全に集中力の切れたジゼルはアーサー王子を注意するために、彼に近づいた。


「もうアーサー! ふざけないでちゃんとやって——」


「危ないッ、ジゼル!」


 と背後から走ってきた闇に身を隠していたダークウルフにジゼルは気づかなかった。

ダークウルフがジゼルを背後から襲おうと飛び上がるが、それにすぐさま気づいたアーサー王子はジゼルの身を守るために、彼女に被さるように押し倒した。


 その間に、近くにいたレインハードがアーサー王子の木刀を使って、そのダークウルフをぶっ叩いた。


「痛っ……アーサー、ありがとう。あたしの方が集中してなかったみたい」


とは言ったもののアーサー王子の姿は周囲を見渡しても見つからなかった。


「……ここぉ」


 アーサー王子はジゼルの小さな胸の中に埋もれていたのだ。


「きゃああ!」


 そう叫んで、頬が赤くなり照れたジゼルは、アーサー王子を押し退けた。


「ごめんごめん」


 また子供のようにシクシク泣き始めたジゼルに気持ちの籠っていないごめんを連発するが、一向に顔を両腕で隠して泣き止まない。


「わざとじゃないんだって……」


と何度言おうと、彼女は泣き止まなかった。


 ついに顔を上げたジゼルは、泣き止んだ。


「アーサー、アーサー」


 連続でアーサーの名前を呼び始めたジゼルは少し妙だった。


「アーサー、アーサー……」


「だからごめんって!」


 何度か謝った後だった。


「アーサー、アーサー…………後ろ」


 そう言われた瞬間、アーサー王子は背中から異様な雰囲気を感じ取った。

魔力探知がままならないアーサー王子でも、その威圧は彼でも感知した。


 ゆっくりと背後を振り向くが、見上げなければ、その全身を捉えることはできなかった。


 全長およそ五十メートル、全高およそ三十メートルの巨体を持ち、真っ黒で立派なタテガミはヒラヒラと風に靡いていた。

真っ黒な毛皮、鋭く大きい牙、鉤爪の鋭利さ、顔と身体に無数の古傷。

闇の覇者でもあるかのように見えた巨大な獅子は、文字通り圧倒的強者を象徴していた。


 アーサー王子は、近くにいたはずのレインハードとヘーデの姿を目視できずに焦った。


 すると、闇の巨大獅子は片腕を横に広げて、そして手の甲をこちらに向かって振ってきた。

アーサー王子の背後をスルッと抜けた甲は、ジゼルに直撃した。


 死の恐怖を奮い立たせる攻撃は、アーサー王子には一切当たらなかった。

ただアーサー王子を吹き飛ばせるには攻撃の余韻の風だけで十分だった。


「——まずいッ」


 遠くに飛ばされたアーサーは、身体が動かずにいた。

辺りが一瞬で灯りを失ったことで、ジゼルの身に何か起きたのは察したが、そんなことよりも自分の身のことについて考えるのに精一杯だった。


 巨大な足音と振動が段々と近づいてきてるのがわかったが、恐怖に溢れた心臓の音が大きくなっているのも気づいた。


 辺りが暗くて前が見えなかったが、きっとすぐ側まであの巨大獅子は来ているのだろう。

この時点では恐怖も既に無くなっていた。

「これで終わるのか」と本気でそう思った。


「グルルッ……」


 低く響く咆哮をした巨大獅子は、赤く鋭い眼でこちらの様子を伺っているのがわかった。


「…………ナゼ……ココ、ニ、イル……」


「え?……」


 キリッと睨んできた巨大獅子はまたもや横に腕を上げて、そしてアーサー王子の目の前で手を振った。


 吹き飛ばされたアーサー王子は、脱力した様子で草原を転がり続けていった。

止まったアーサー王子はその場で気を失っていた。


「想像以上だ、暴獅子ウガルルム!」


「そんなことより早く助けてあげて」


「ああ、わかってる」


 遠くから見ていた二人組は、アーサー王子が気を失った直後に、すぐさま彼らの元へと駆けつけた。


「お前は転移魔法で遠くまで奴らを飛ばしてくれ」


「ったく、人の使い方が荒いんだから」


「わりい、わりい」


 ニヒヒと笑った鎧の男は、連れにそう指示してから、その場をゆっくりと立ち去ろうとした暴獅子ウガルルムの方を見た。

そして手に持っていた聖剣エクスカリバーを振った。


『聖光』ホーリーグレイ


 一筋の光が聖剣から飛び出して、暴獅子ウガルルムに突き込まれた。

ゆっくりと歩いていたウガルルムは一瞬動きを止めた。

またゆっくりとこちらを振り返り、そして赤い眼でこちらを睨んできた。


「わーお、すごい迫力だね」


「遊んでないで、貴方も転移魔法でこっちを助けてよ」


「わかった、わかった。だけどこれは驚いた。一切怯まないなんて……まさに暴獅子、いや魔獣の王ウガルルムだな」


「手を動かしなさいよ、クラウス。私の大切な弟が死んだら、貴方もここで死んでもらうわよ」


「怖いね〜、まさに暴獅子イルマ」


「あんたねーッ!」


「わりいってー!」





 この時の記録によると、これが事実上、初めて暴獅子ウガルルムの出没が確認された瞬間だった。

暴獅子ウガルルムに遭遇したCランクパーティーは、後に来たSランク冒険者の二人、イルマ=フランツと勇者クラウスによって救助された。

また暴獅子ウガルルムは誰にも致命傷を与えることなく、その場を去った。

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勇者の王子さま〜アーサー王子は勇者になりたいんです〜 ハチニク @hachiniku

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