第2話 出会ってしまった二人

 王都ロゼッタ

アーベル達が踏み込んだこの世界で人族最後の砦として、関係が悪化するばかりの魔王国に睨みをきかせるローズ王国の首都。


 黄金の彫刻と真っ白な大理石で形どられたローズ城を中心として、貴族の暮らす貴族街、平民の暮らす平民街と同心円状に広がっていき、周りをぐるりと5メートル程のレンガの壁が囲んでいる。


 ようやく日がのぼってきた早朝。まだ静かな王都の郊外にレオ・カイトの家はあった。


 幼い頃魔物によって両親を殺され、孤児となってしまった彼は、祖母の貸してくれた家に身を寄せている。


 そんな彼は両親の仇である魔物達を討つために、王国が募集する魔物を狩るハンターとして最上位のS級の資格を最年少の12歳で取得した天才である。


 20キロ離れた依頼の地へ向かうため、早朝から準備をしながら、何やらぶつくさ呟いている。


「はぁ〜ねむぅ」


あくびをしながら朝食を食べ終え、甲冑を装備する。S級になった時、国王から頂いたものであり、ロゼッタで腕寄りの魔術鍛治屋が制作した1級品である。


「断っても良かったんだけどなぁ今回の依頼」


「でも家賃の支払日も近いし、貯金もないしなぁ」


食料と傷を瞬時に治せるポーションの入ったリュックを背負い、最後にこれもまたS級記念で王から授けられた片手剣を腰に提げ、外へ出る。


「おう、遅かったな」


外の道には祖父が農民の使う簡素な馬車に乗って待っていた。今日は農作業がひと段落した日で、手の空いた祖父に送って行ってもらう事になっている。


「ごめんじぃちゃん!待った?」


「いんやそんなことはねぇ。目が覚めちまったからよ、早く来ちまった」


そっか。とレオが返すと、馬車の荷台に飛び乗る。すると祖父は2頭の馬に鞭を打ち、馬車の車輪は動き出した。


視界一面に広がる田園風景。その中でレオの祖父母が所有している土地は決して広くは無い。


目的の場所である常夜の森まで到着する時には日はすっかり上っていた。


「あなたがカイトさんですね?」


先に現地でキャンプをしていた依頼人である王宮の役人が駆け寄ってきた。


「今回の依頼は伝書鳩で送った通り、魔王軍の動向を偵察してきて欲しいのです。先日偵察に向かったハンター達は尽く行方不明でして…」


魔王国との戦争が噂される現在、王都からさほど離れていない地域に魔王軍の存在が報告されたことは王国も深刻に受け止めているらしい。


魔王軍とは、獣のような魔物と、それを統率する1部の知性のある魔族によって構成される魔王直属の軍隊である。


「じゃあ行ってくる」


祖父に向かって言うと、レオは馬車から飛び降りる。その背中を見つめながら祖父が申し訳なさそうに口を開ける。


「すまねぇな。ばぁちゃんも本当は家賃なんか払わせたくねぇはずなんだ。だが最近税やら物価やらが高騰しててなぁ…」


「わかってるよ。大丈夫。もう俺はS級なんだ。そこいらの子供と一緒にしてもらっちゃ困るよ」


レオは笑って答える。


「だからって何も命懸けの仕事じゃなくてもなぁ」


不満そうに祖父は答えると、キャンプの道具を出し野営のて用意を始めた。


「じゃあ明日の朝には戻ってきます」


帰還する時間を役人たちや祖父に報告すると、森の中へ踏み込んで行った。





常夜の森

高く聳えた木の葉は大きく、陽の光を遮り、昼も夜も問わず薄暗い。視界が聞かないので迷いやすい為、森に人は滅多に近づくことが無い。


元から野生の魔物の報告はあったが、統率された魔王軍なら話は別だ。


「よくよく考えたら国境からどれだけ離れてるんだか、こんな内地に魔王軍がいる訳ないでしょ」


疑問を呟きながら森の中を進むレオ。体感で3時間以上はたっただろうか。すると森の奥から聞いた事のない音が聞こえてくる。


「ターンターンターン」


続けて人の叫び声のようなものも聞こえる。


「こんな所に人?」


一瞬魔王軍配下の魔族かもと思ったが、明らかに人の声がはっきりと聞こえる。


「人が襲われているのかな?」


そう思ったレオは一目散に声の進む方へ疾風の如く駆け出して行った。


声の聞こえた辺りにたどり着くと、直視できないような凄惨な現場が広がっている。


魔物にやられたのだろうか、4、5人の上半身のない死体や両断されてしまっている死体。


「ゔっ」


思わず吐き出してしまった。


すると、少し離れたところに、もう1人血溜まりの中に倒れた男がいる事に気がついた。


他の死体と同じ黒服を着ていて、白い髪をしたその男は比較的綺麗な形をしているので、もしかしてと思い、近づいてみる。


「この人、息がある!」


そうと分かるが否や、リュックからポーションを取りだし、男の口へ流し込む。傷は深く大きく、傷が治りきるまでに、ほとんど使い尽くしてしまった。


しかしまだ意識は戻らない。毒などを食らっている可能性もある。ポーションに解毒できるほどの力はない。1度森から出て、医者に診せねば。


「くう…重い」


そう思い、野宿用の寝袋に入れて、ロープを巻き付け、引きづりながら、ゆっくりと引き返そうとする。残念だが偵察依頼は延期だ。


心の優しいレオに死の危険のある人間を見捨てることなどできなかった。


茂みから何かが飛び出てきた


「ギギィ!」


「っ!」


男を入れた寝袋を手離し反射的に飛び退く。


「ゴブリン…!」


レオがゴブリンと読んだそれは140センチ程で、木の棍棒を持った二足歩行の魔物である。凶暴な性格で、力も俊敏さも人間を上回る。


2匹が目の前に立ちはだかる。後ろからも3匹、囲まれてしまった。


「この人を引きづって逃げるのは無理か」


「急に出てきて驚いたけど、そもそも逃げる必要も無いよね。たかがゴブリン程度、敵でもないさ」


余裕な発言をすると、腰の剣を抜き、ゴブリン達へ向ける。すると刃が赤黒い輝きを放つ。


《閃炎薙》


そう唱えながら自分の周囲をぐるりと剣で横に振り抜く。その時、剣からは炎が溢れ出し、たちまち囲んでいたゴブリン達を消し炭にしてしまった。


「よいしょっと」


また男を繋いだロープを腰に巻き付け、森の外への移動を再開する。野営地に着くのは夜中になってしまうだろうがこの際仕方がない。


ここで1度レオたちの世界について補足を入れる。


魔法

この世界では当たり前の様に人、魔族関係なく使用する、非物理的な技術である。火、水、地、闇、光癒の6つの属性があり、それぞれの得意不得意がある。


人と魔族は生まれつき得意な属性1つとそうでない他の属性が有り、得意でない属性の魔法は、使用しようとすると体に大きな負担がかかる。


魔力

人、魔族、魔物の体に宿る不可視のエネルギーで、それを体外へ放出する時、魔族、人は効率よく魔力を使うため、魔法として放出する。時間経過などで自然回復する。


しかし、魔物は知能的な問題から魔法が使えず、基本的に体の一部を強化するのに使用する。


魔族

人間族のことを昔から差別してきた歴史があり、人よりも基礎魔力量や身体能力が高い。知能は人に若干劣るが大差は無い。


魔族よりも非力で魔力量も少ないが、高い知能で創意工夫を施し、様々な魔法の術式を編み出してきた。様々な種族のいるこの世界で、支配している領土は決して広くは無い。


そんな世界に魔法も魔力も魔族も知らず、異物として紛れ込んでしまったこの黒服の憲兵を今、レオは正義感から救おうと懸命に引きづっている。


「やっと着いた…」


必死の思いで野営地に到着したのは、真夜中のことだった。役人達や祖父は目を丸くしている。


「カ、カイトさん…?」


昼間話した役人が不思議そうに尋ねる。


「帰還を予定されていた時間よりも早いですね…そしてその寝袋にくるまっているお方は?」


「この人は…森で怪我をして倒れていたんです。ポーションでも意識が戻らないので…毒等を受けている可能性を考えて…早く帰還しました」


疲れから今にも倒れそうな声で返答する。


「それはお疲れ様でございます。ということは魔王軍の偵察は完遂できなかったのですね…」


残念そうにする役人をよそに、その上司らしき人物が何か焦った様子で走ってきた。


「と、とにかく!その怪我をしていた人を軍医に診せましょう!」


疲労からぼーっとしていたレオも慌ててそれに応じた。必死で運んでは来たものの、レオはまだ、この男のことを一切知らない。


この世界で生まれ、必死に生きてきた天才少年レオと、別の世界で生まれ、まだその変化に適応しきれていない憲兵の青年アーベルの異質なこの出会いは、果たしてどんな結末を迎えるのだろうか。






































 

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Another World しろうるふ @shirowolf

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