第8話 代価

閑静な住宅街

都心からは離れた駅から徒歩10分程度の距離にある一軒家


その家の前に男が二人立っている。


ひとりは携帯を構えて、もうひとりの男とその後ろに建っている家を映している。


携帯電話を構えた男の前では、茶髪で目は細い、へらへらした顔つきの男が喋っている。

どちらも20代前半くらいだろうか。


「こちらが前渡宣子まえわたりよしこさんのお宅で―す!さっそく突撃して、そのお顔を拝見してみましょう!」


静かな場所には合わない高く耳障りな声が周囲に響く。

携帯電話のカメラに向かって話している男が体の向きを変え、住宅の玄関へ向かいインターホンを押す。


ピーンポーン


インターホンを鳴らして数秒待ってみるが、人が出てくる様子はない。


「あれ~、おかしいですね!宣子さんはこの時間家にいるはずなんですけどね~」


ピーンポーン


へらへらしている顔の男は、再度インターホンを押す。


「宣子さーん!いますよね?カメラ越しに見てるだけじゃなくて出てきてくださいよ!」


男はインターホンについているカメラに顔を近づけ、間延びした耳に障る口調で喋る。


「・・・はい、どちら様でしょうか?」


周辺の住民への迷惑を気にしてのことか、インターホンの向こうから女性の声が聞こえる。


「宣子さんですかー?こんにちは!動画配信者のゆで汁エッグでーす!玄関のドアを開けて直接会話させてもらえませんか―?」


「そんな名前の配信者の方は知りませんが・・・急に来てなんの用ですか?」


ゆで汁エッグと名乗った茶髪の動画配信者は、相変わらずインターホンに顔を近づけたまま、インターホンの向こう側にいる前渡宣子に話しかける。


「あれ~?本当に僕のことを知らないんですか??

・・・まあいっか、とりあえず玄関を開けてもらえませんかねー?

このままインターホンに話かけていると、どんどん周りの住民の人にも注目浴びちゃいますよ?」


「知りませんよ。なんでいきなり来た知りもしない人と対面で話さないといけないんですか?」


急な迷惑客の訪問に宣子の声音には、いら立ちが見え始める。

そんなことは気にもかけず・・・というよりも気づくこともなく、へらへらとより大きな声で話を続ける。


「宣子さーん、専業主婦ってストレスが溜まるんですかね~?

いろんな動画に誹謗中傷を書かれてませんか~?

少なくとも僕のチャンネルには、ひどいことを書いてくれちゃってますよね?

いやー、あんたの書き込みのせいで僕の心は酷く傷ついちゃいましてー

・・・このままどれだけ僕の心が傷ついたか1時間くらい語っちゃいますか~」


インターホンの向こうでは、しばらく沈黙が続く。


「・・・少々お待ちください」


そして、玄関の扉の奥から人が近づいて来る気配を感じる。


ガチャッ


玄関のドアが開けられ、女性が顔をのぞかせる。


「おっ、宣子さんですよね!?

直接話しをする気になってくれたんですね!」


玄関ドアの隙間から顔を覗かせている女性は、へらへらしているゆで汁エッグを訝しげに睨んでいる。


「私の家の玄関で、これ以上大声で喋られることが迷惑なだけです。

それに、私があなたの誹謗中傷をしたってどういうことですか?

意味が分からないんですけど・・・」


「ああ、ここまで話してもシラを切るんですか~

あんたは俺のチャンネルのコメントや、あんたのSNSのアカウントで俺の誹謗中傷を何件も書いてるよね?

弁護士と探偵に相談して、もうあんたが俺の誹謗中傷をしている「ヒキコ」だってことは分かってるんだよね~」


ゆで汁エッグを名乗る男が、「ヒキコ」というアカウント名を出した瞬間に宣子の顔がこわばる。


「わ、わたしがそのアカウントの持ち主だったとして、直接会いに来て何をするんですか?これ以上大きな声で迷惑をかけるなら警察呼びますよ!」


「そうっすか。んまあ、俺たちは警察呼ばれても何も困らないんで、勝手にどうぞ!

俺たちが直接ここに来たのは、宣子さんにお願いがありまして~」


そう言って笑みを浮かべながら、細い目でいやらしく宣子をじっと見つめる。

その間ももう一人の男は携帯でゆで汁エッグと宣子のやり取りを映し続ける。


「な、なんですか・・・お願いって」


「いやぁ、さっきも言いましたけど、あんたの誹謗中傷で俺の心がとーっても傷ついちゃったんですよね。

だーかーらー、これまでにさんを探し出すのにかかったお金!

それと僕の傷ついた心を癒すためのお金!

それを請求しに来たんですよー!」


宣子はゆで汁エッグの話を聞きながら、眉間の皺を深くしていく。


「お金って・・・そんなの急に言われて払うわけないでしょ!!

私がヒキコだったとしても、そんなお金この場で払う必要なんてない!」


それを聞いて、今までへらへらしていたゆで汁エッグの表情が真顔に変わる。


「はあ~、あんた何も分かってないね。このまま名誉棄損であんたを訴えてもいいんだよ?

そうなったら、金も時間もかかる。

さらに、旦那にもバレずにはすまない。

今日俺たちが平日の昼間に来てるのは、旦那がいない時間にわざわざ来てあげてるの!

それに、今ならここで撮っている動画も発信せずに、SNSへのあんたの悪名も晒さずに済ましてあげるよ。

もしこれ以上駄々をこねるんなら、裁判もするし、あんたのプライベートも全部晒し上げる。それでもいいんすか?」


話を聞きながら、ゆで汁エッグを睨みつけていた宣子の目つきは徐々に暗くなり、顔は俯いていく。


「・・・いくら・・・いくら払えばいいの」


「ざっと200万円」


真顔になっていたゆで汁エッグの顔は、元のへらへらした顔に戻っていた。


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誹謗の代償 独り踊り @HitoriOdori

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