バチリギと黒いネジ

@sanbun_ao

第1話

大人達はおかしい。

街の異変にも、世界の歪みにも、なんにも気付いちゃいない。

ぼくは正気だ。でも、気付いてしまった。

街の路地には動く死者が居て、通勤ラッシュのサラリーマンの中に異星人が紛れてて、隣のクラスメイトは爆弾で首が飛んで死んでしまった。

おかしいと気付いてから、ぼくに付き纏う怪しい影がずっと、常に何処かで観ている。

それは大きな入道雲だったり、ウワサ好きのおしゃべりな他校の生徒だったり、通学でたまに会うお婆さんだったり。

世界はおかしい。誰も気付いてない。

ぼくしか気付いてない。

目がおかしくなったのか?頭がおかしくなったのか。

視界の隅で灰色になった靄がねっとりと、首を絞めて。

怖くなって、スマホを見ればあの子が微笑んでいたから、ぼくはそこで一呼吸つくんだ。

真実に気付いた事は、誰にも話していない。

誰かに話せば、ぼくの安全は勿論、誰の安全も保障できない。

宇宙人、未来人、異界の存在、そのどれでもないとても未知の存在かも。

敵が分からない以上、誰にも話せない。

正直怖い。苦しいし、誰かに話してしまいたい。

でも、ぼくだけが気付いてしまったんだから。

ぼくがなんとかしなきゃ。

ぼくだけで、なんとか戦わなきゃ。



最近はポッケにカッターを入れる事にした。

いざって時の、祈りも込めて。

隣のうるさい女子の首に切り付けてやろうかとも思った。

でも、これが敵による黒い電波だと気付いた。

危ない。危うく洗脳されるところだった。


ニュースで同じぐらいの女子が逮捕された。

「誰でもいいから、殺してみたかった」

もしかしたら、彼女も選ばれた者だったのか。

でも、きっと負けたんだ。

黒い電波か、宇宙人の洗脳か。

もしかしたら大人達に操られたのかも。

ぼくは大丈夫だ。まだ戦える。

残された選ばれし者は、僕だけかも。

そう思うと、急に世界が狭くて怖くなる。

でも、大丈夫。ぼくはまだやれる。

まだ戦える。絶対に負けない。

なにも気付いていない大人にも、クラスの派手な女にも、バカな体育系のアイツらにも、誰にだって譲れない。

だって気付いちゃいないんだ。

だから、オレがやるしかない。


春が少し終わりを告げた。

暑い、そろそろ夏服に変えたい。

でも先生方はお偉いルールの元、まだ解禁してくれない。

たったそんな事も分からない大人が、世界の異変に気付ける訳がない。

だから、オレがいる。

相変わらず、世界の異変には誰も気付いていない。

いや、気付いて無視しているのかも。

街を歩く大人たち。急足なのに、目は死んでる。

急かされているのかも。

オレがちゃんとしないと。

オレが倒さないと。



「少年、なにかお困りかい?」

先輩と出会ったのは、そんな一言だった。

通学路。

オレは黒い影に怯えて、ポケットのカッターを確認してた時のこと。

「無視か、イヤホンとかしてた?あっでもだったら校則違反じゃん」

「イヤホンなんてしてません、勝手に決めつけないで下さい」

「聞こえてんじゃん」

同じ中学の制服。年次バッチの色から、多分一個上。

誰だろう。クラスの誰かのお姉ちゃんだろうか。

友達はいないから、多分違う。

クラスのバカ共とは会話はしていない。

オレが世界に気付いたことを悟らせないため。

もし、気付いた事を話したら巻き込まれるかもしれない。

話せないの少しだけ寂しい。

でも選ばれた者はいつだって、孤高なんだ。

だからこそ、目の前の先輩は誰。

疑問が膨れ上がる。

もしかして、敵?とうとう攻めてきた?

「少年、キミさ。知ってるでしょ?」

やっぱり、敵かも。

ぼくは突然の訪れに、焦る気持ちを抑えながらポッケに手を入れた。

「分かりやすいね、お姉さんそういうの嫌いじゃないよ」

「えっと、なにが目的?」

声を絞り出す。脂汗が顔中に溢れ出す。

焦るな、焦るな。やっと向こうから機会が来たんだ。

ぼくは戦える。いや。オレは戦う。

「分かりやすくキョドっちゃって、友達すくなそ」

「関係ないでしょう、友達とか。大体クラスの人はみんな」

「気にしてた?ごめんごめん」

なんだこの人。ぼくを馬鹿にしに来たのか?

ニヤニヤとぼくの顔を覗く。

あまり女の子と話した事ないな。

こんなに話したの小学校以来か?

何を考えている。アレは世界の異常に気付ける前の話。今は違うし、そんな話す暇もなかった。

「キミさ、思わない?世界はおかしいって」

急に、先輩の声が変わった。

いや、立ち方、空気、全てが変わった。

それは、選ばれた者の背中。

「あれ、えっともしかして違った?」

「先輩も、気付いたんですか」

先輩が少し驚いた顔をして、意味ありげに微笑んだ。

「うん、そうだと言ったら、どうする?」

ぼくは悩んだ。

味方かどうか、敵じゃないか。

それは勿論だけど、同じ位悩んだこと。

女の子を巻き込んでいいのか。

たとえ一歳上でも、先輩は女の子だ。

戦いに巻き込むなんて。

しかも、よく見るとちょっと可愛い。

いやそんな事はどうでもいいんだけど。

「少年、いつもこの道歩いてるよね多分」

やっぱり敵かも。

「そ、そうですね。先輩ストーカーでしたか」

えっ!?と急に大きい声をを出すから、周りの生徒がこっちを見た。

まずい、仲間でも、敵でも、クラスメイトにバレたらイジられる。

先輩もそう思ったのか、少し慌てながら。

「また、あとでね」と振り向き、駆けていった。



その日の休み時間。給食時間。授業終わりの部活前。下校時間。

先輩と会う事はなかった。

もしかしたら、敵が送った刺客だったのかも。

それか、一瞬だけ世界が見せた夢。

考えれば考えるほど、おかしい。

授業中も、窓の外のカラスを眺めながら、先輩の事を考えていた。

絶対におかしい。

前までは、世界をどう守るか。

どう戦うか。敵はなんなのか。きちんと考えていたのに。

給食準備中も、窓の外を走る他クラスと別年に先輩を探していた。

絶対におかしい。

やはり、敵の洗脳かも。

じゃなきゃ、こんなにも考えないし、ドキドキもしない。

それに少し、少しだけ可愛いような気がしてきた。

朝は突然の出来事。だって急だ。

仲間かもしれない先輩が現れた。

でも、今の所、敵だと思う。

そうじゃなきゃ、おかしい。

ありえない。

悶々となんてしていない。

絶対に負けない。敵には負けない。

そう決意を固めた。

明日戦いが起きるかも。

先輩が声をかけてきたら、どうしよう。

そんな事を考えすぎて、その日は全然寝れなかった。



「よっ少年」

先輩は性懲りもなく現れた。

少しだけ、ぎこちない笑顔で。

「なんですか、やっぱストーカーですか」

「ち、違うって!それやめてよ」

たじろぐ先輩は、やっぱり少し可愛い。

悔しい。洗脳が進んでる。

じゃなきゃ絶対こんなに心臓が焦らない。

ぼくは今までずっと一人で戦ってきたのに。

脆くなってしまった。

「キミは、気付いてるんだろ」

背中に銃を突きつけるような緊張感。

実際、味わった訳じゃない。

漫画でしか見たことないけど、きっとこんな気持ち。

なんて答える。敵だったら殺されるかも。

でも、味方かも。

今まで出会えなかっただけで、先輩も選ばれた者かも。

「せ、世界がおかしい事にですか?」

すると先輩は少しだけ、間を置いて。

「そうだよ、少年。世界がおかしいんだ」

誰も気付いていないと思っていた。

ぼく一人だと思っていた。

でも、先輩の微笑みは気付いた者の緊張があった。

きっと同じだ。ぼくらは仲間だ。

「先輩も、そうなんですね」

ぼくが正直嬉しかった。

だってクラスメイトに言ったら、「ウケるマンガのよみすぎ」って鼻で笑われた。

一生後悔させてやると、心に決めた。

正しいのはオレで、お前らが知らないだけだと。

「あぁ、そうだよ少年。私もそうだ。キミもか」

先輩は少しだけ振り向いてこう語り出す。


チューニング病。世間では略して、チューニ病と言われる。思春期に多く見られる、精神的不安定。

でも、その実態は私達にしか知らない、世界の裏側と繋がるモラトリウム。

「そう、私とキミ。我々しか知らない。

世界の真実さ。」

ぼくは今の今までで十数年。

この瞬間のために生きてきたのかも。

鳴り止まない心臓と、突然の訪れ。

ぼくは嬉しくなって、一人足早に先を歩く先輩に駆け寄る。

「先輩も、選ばれた者。だったんですね」

「ああ、そうだよ少年。そして、私はこの選ばれた者。即ち、チューニング病罹患者を、バチリギと呼んでいる」

「バチリギ……、どういう意味です?」

先輩はあーと小声で少し唸ってから、

「夢で見た。なんかカッコイイかなって」と微笑んだ。

ぼくは釣られて、そうですねと微笑む。




今は遠い、青く黒い過去の話。

ぼくらが世界を救うとか、壊すとか。

悪が、善がなんだと一喜一憂していた記憶。

思い出すと正直しんどい。

昔の伝説の一章として、一生恥じるだろう。

世界が憎い訳じゃない。

みんなが敵な訳じゃない。

ただ、仲間が欲しかった。

一緒に戦える仲間が。

カッコつけれる友達が欲しかった。

ただそれだけの、単純なお話。

ぼくらがチューニング病だった頃。

選ばれし何者だった頃。

先輩に少年と呼ばれるだけで、幸せだった頃。

そんな普通の少年の、ただの黒歴史。

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