第2話 可愛すぎる

 豊永光輝とよながみつてる、15歳、高校1年生。


 彼女いない歴=年齢という、典型的なキモオタである。


 しかし……


「2年の松宮まつみやさんって、美人だよな」


「おまけに乳もデケーし」


「でも、超イケメンの彼氏がいるって」


「ああ、豊永とよながさんだろ?」


「あれ? てか、このクラスにも同じ苗字のやついなかったっけ?」


 心臓が落ち着かない。


 色々な意味で。


 みんな楽しい青春を夢見て高校に入学するだろう。


 けど、僕はハナから負け組。


 教室の隅っこで、泥のように溶けて過ごすものだと思っていた。


 けれども、そんな僕に、彼女ができた。


 みんなが憧れの、松宮かなでさん。


 ちなみに、ハイスペで評判の我が兄、豊永樹生いつきの元カノ。


 2人はしっかりと交わり、かなでさんはしっかりと経験済み。


 言い方は悪いけど、僕は兄のおさがりで中古な彼女さんをもらった。


 それでも、愛している。


 どうしようもなく。


 ピロン♪


 スマホにメッセが届く。


 今まで、家族以外から届いたことがなかった。


 それが……


『光輝くん、おはよう。いきなりだけど、今日の放課後は何か予定ある?』


 女神からメールがきた。


『かなでさん、おはようございます。いえ、何もありません』


 強いて言えば、お気に入りのアニメショップでも行こうかと思っていたくらい。


『そっか……じゃあ、もし良ければだけど……放課後、光輝くんのお家にお邪魔しても良い?』


『あ、はい……もちろんです』


『じゃあ、楽しみにしているね』


 やりとりを終えた後、僕は思わずスマホを胸に抱く。


 かなでさんの温もりを噛み締めるように。


 ああ、愛しい。




      ◇




 僕は決して不真面目な生徒ではないが、今日は授業中、ずっと上の空だったと思う。


 かなでさんとの、放課後デートを思い浮かべて。


 いやいや、そんなデートだなんて、大層なものではないけど。


 などなど、ごちゃごちゃ脳内でつぶやきながら、僕は近所の公園にやって来た。


 それほど広い公園ではないけど、すぐに彼女の姿が目に入る。


 さすが、女神ヴィーナス


「あ、光輝くん」


 僕の姿を見つけるなり、ベンチからスッと立ち上がり、手を振るマイ・ヴィーナス。


 いや、かなでさん。


「お、お待たせしました」


「ううん、平気よ。じゃあ、行こうか」


「は、はい……」


 かなでさんが、学園のマドンナ。


 完璧超人な兄さんならともかく、僕みたいなキモ陰キャと一緒に下校とか、あり得ないから。


 だから、周りの評判というか、とにかくあまり波立たないために、わざわざ学校から離れた場所で待ち合わせをしたのだ。


「光輝くん、高校の授業はどうかな?」


「えっと……やっぱり、難しいですね。中学とはレベルが違うと言いますか」


「うふふ、そうね。じゃあ、分からないことがあったら、私に聞いて? あ、でも、樹生くんが教えてくれるか」


「いや、かなでさんが良いです」


「へっ?」


「はっ……も、もちろん、お時間があるなら、ですけど」


「そんな遠慮しないで……光輝くんのためなら、いくらでも時間を作ってあげる」


「本当ですか?」


「うん、だって、私は……」


 と言いかけて、かなでさんの顔が赤く染まる。


「かなでさん?」


「な、何でもないわ……あ、もうお家に着いたわよ」


「あ、本当だ。ど、どうぞ、おあがりください」


「ふふ、お邪魔します」


 微笑む女神が我が家に舞い込む。


 そして、僕は舞い上がる。


 我が家なのに、情けない。


「か、かなでさん、お茶飲みますか?」


「光輝くん、そんなに気を遣わないで」


「いや、でも……」


「じゃあ、私も手伝うから。2人でおやつの時間にしましょ?」


「は、はひっ……」


 何だ、この女神は。


 いるだけで、その場の空間が、いっきに安らぐ。


 癒し効果バツグンすぎるだろ。


 そのくせ、僕の心臓はひどく落ち着かないけど。


 クソ、この童貞野郎め……


 コポコポ。


「光輝くん、お茶入れたわよ」


「あ、ありがとうございます」


「あ、ごめんなさい。何かお菓子を買ってくれば良かったわね」


「へ、平気です。家にあるので」


 ガラッと戸棚を開けて見る。


 そこには、せんべいしかなかった。


 そういえば、兄さんが『現代人は顎が弱っているから、鍛えないといかん、ワハハ!』とか言って、たくさん買って来たっけ。


 僕は全然良いけど、かなでさんのような上品な女性レディに、こんな野暮ったいおかしを食べさせるなんて……


「……ごめんなさい、かなでさん。おかし、せんべいしかないです」


「え、良いわよ。私、おせんべい好きだし」


 女神さまぁ。


「じゃ、じゃあ、コレで」


 適当にお皿に盛って、運ぶ。


「じゃあ、いただきます」


「い、いただきます」


 2人してお行儀よく、お茶とせんべいをつまむ。


 カリッ。


 かなでさんのきれいな歯が、せんべいを砕く。


 何気ない光景も、女神だと一味も二味も違う。


「んっ、美味しい」


「よ、良かったです」


「でも、ちょっと硬いね」


 かなでさんは少し苦笑する。


 これもまた、何気ない発言のはずなのに……


 どうして、僕の股間がムズムズしてしまうんだ!?


「あっ、お茶に浸せば、少し柔らかくなるかもです」


「ああ、確かに。光輝くん、頭いいね」


「いや、そんな」


「そういえば、西洋ではお紅茶にお菓子を浸してい食べる文化もあるとかないとか……それの日本バージョンね、うふふ」


 何この女神、可愛すぎる。


「じゃあ、ちゃぷちゃぷ、と」


 だから、可愛すぎるってぇ!


「いただきます」


 シュクッ。


 その音から、ちゃんと柔らかくなったことが伝わる。


「あ、何か新食感かも」


「本当ですか?」


「光輝くんもやってみて」


「は、はい」


 僕もおせんべいをお茶に浸して、パクッ。


「……美味しい」


「でしょ? って、教えてくれたの、光輝くんだね、てへっ」


 ぺろっ、て可愛すぎるううううううぅ!


「硬いのも良いけど……柔らかいのも好きだな」


 だから、何かエロすぎるってええええええぇ!


 いや、落ち着け、僕。


 この女神さまに、罪など1つもない。


 大いなるギルティーは、僕にある。


 この、非モテの陰キャ、弱男め。







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