第3話 最強と天才の驕り
依然として姿を見せない黒服4人を除き、1年生は13のグループに分かれることとなった。
場所は移り生活棟一階、食堂。全学園生が一度に押し寄せても収容可能な規模のそこには、既に数名の上級生が待機している。
グループ数と同じ13人。うち2人は、黒服。
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先輩座談会 ~❀何でも任せろ!❀~
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そう書かれた横断幕の下。
長身痩躯、しかし男子相応に引き締まった体つきであるのは、その黒色の制服の上からでもよく分かる。
アッシュグレーの髪。灰色に近い瞳。眉目秀麗、彼を前にして誰しもが脳裏に浮かべるのは「王子様」という単語。そんな青年がほんわかした笑顔を浮かべ、新入生たちに「待っていたよ」とでも言いたげに大きく手を振る。
彼は『生徒会長』と書かれたタスキを身に着けていたが、そもそも聖アヴァラルドに生徒会は存在しない。非常にわかりにくい小ボケだった。
「おっす~」
自称・生徒会長の気さくな挨拶に何人かが頭を下げる。
「はじめして。学園最強の男です」
「まず名乗ってからでしょ」
「……スベったかな」
「見て分からない?」
呆れたように指摘するのは彼の右横、同様に黒服の女性。美しい黒髪を後ろで束ね、背は高い。端的に述べて整った顔であり、歌劇の中から飛び出して来たかのような凛々しさだ。王子の横に佇む様は、さながら騎士。
彼女は一歩前に出る。
「こんにちは。私はルージュ・アカツキ。3年生。みなさんの2年先輩。というかここにいる全員が3年生なんだけど」
清々しい笑顔を浮かべそう名乗ったルージュ。それを待っていたかのように、新入生のうち何人かの女子示し合わせたように声を揃え
「「「アカツキセンパーイ!!」」」
と黄色い声を飛ばした。
彼女はそれに応えるように小さく手を振ると、そのまま人差し指を唇に当てて「静かにするように」とジェスチャーする。
「はぅっ!!!!!!!」
「カオルコっ、しっかり!」
………声を上げた新入生のひとりが卒倒した。困ったように笑うと、ルージュは続ける。
「今から座談会をします。私たち3年生がみんなのテーブルまで行くから、今後の不安とか疑問とか、何でもぶつけて。話せることは何でも話すよ」
おおっ、と湧く1年生たち。釣られてアルトも思わず感嘆の声が口から漏れかけた。
アルト含め、新入生たちは彼ら彼女らを知っていた。そこに立つ3年生たちはみな、昨年の『
特に黒服のふたりには熱視線が向けられる。彼らは優れた容姿と輝かしい成績でもって君臨する、天が二物も三物も与えた存在。憧れとする者も多い、学生ウィザーズ界のスター選手。
銀髪碧眼の青年はエルハ・コルボー。毎年10月に開催される、由緒正しき魔法学園6校で争われるウィザーズの大会『
そしてルージュ・アカツキ。昨年の『六星戦』では個人戦4位、タッグ戦・クロスウィザーズ2位、3人チーム戦・トライウィザーズ2位と常に好成績を収める才女。
学生ウィザーズ界隈のみならず、世界が注目する選手がいまここにいる。彼らと同じ学び舎に入学できたことを、新入生の誰もが噛みしめる。
「じゃあ時間も勿体無いし、早速はじめ──」
「アルト・ラインくんはどこ?」
恙無く進行していたルージュを遮り、エルハは大きな声で新入生たちに尋ねた。
「なんかすごい子居るって聞いたんだけど」
返答する者はいなかった。
ただ、食堂の隅の方で固まった件の男の方に視線を向ける者は数名おり、エルハにとってはそれだけで十分な回答だった。
「へぇ。じゃあ僕あっち行くから。あとは適度によろしく」
「ちょっとエルハ」
「任せたぞ副会長」
「副会長、何それ……?」
呼び止め虚しくエルハは一直線にアルトのいるテーブルへと向かってくる。
王子様は爽やかなニヤケ顔で空いていた席に腰掛けると、
「よろしく!」
とそこにいた7人の1年生たちの顔をしっかりと記憶するように眺めた。
それを合図にしたように、他の3年生たちもそれぞれのテーブルへと散り始める。
「あ、一応。コレ」
エルハはタスキを指してはにかむ。
「嘘じゃないんだぜ。僕は『生徒会長』だ。まあこの学校に生徒会は無いんだが、あはは」
疑問符を浮かべる新入生たちに対し、エルハは渋い顔つきになり、
「生徒会長は自らの意思で動き、学園生と同じ目線で学園生のために最善をつくす特別な役職だ。全うしたまえ、ミスター・コルボー」
……と、理事長ロミオの完璧なモノマネを披露した。
つい先程本人と会話したばかりのアルトは、タイムリーなその芸に吹き出さずにはいられなかった。
「ぶふっ、めちゃくちゃ似てるじゃないですか」
「だろう?」
得意げに微笑むエルハはまさに好青年。目を惹く容姿に親しみやすい人柄は、人見知り気味のアルトですら心を開きかけていた。
「改めて。エルハ・コルボーだ、よろしく頼む」
萎縮気味だった新入生たちも身構えるのをやめ、座談会が始まった。
「で。杖もなし、詠唱もなしって本当かい」
名乗るだけの簡単な自己紹介を全員が終えると、早速エルハはアルトに絡み始める。
「は、はい」
「君たちも見た?」
アルトを除く6人のうち4人が首を横に振った。
「話は知ってる?」
今度は全員が首を縦に振る。
「じゃあマジなんだ、無杖無詠唱って」
「あ、その。コルボー先輩」
恐る恐るという風に。小さく手を上げ、たまたま席を同じくしていた新入生の少女、セクレタ・アーシスが尋ねる。明らかに話題の転換を意識した切り出しに何かを察し、エルハも聞く姿勢を示した。
「あぁ。ごめんねひとりで盛り上がって。どうしたのかなアーシスさん」
「いつから、社長に?」
「おぉ、知ってるの」
「いえ、あ、ええと……人づてに」
「なるほど」
改めて改めまして、とエルハは前置きをした後。
「確かに。僕は魔法の杖メーカー【コルボーワークス】社長、エルハ・コルボーでもあるよ」
そう名乗った。
一瞬の間があり、やがて理解を終えた後輩たちの顔が変わるのを見て、エルハは楽しそうに口角を上げる。
「家業を継いだのは去年。六星戦が終わり、僕としても落ち着いた頃だ」
……エルハは「魔法の杖」製造会社、その御三家とも呼ばれるうちのひとつ【コルボーワークス】の御曹司。ここまでは有名な話だ。
コルボーワークスはかの【黒猫工房】、【フロッグアンドリザード(F&L)社】と肩を並べるどころではなく、業界でのシェア率はダントツのナンバーワン。それがいつの間にか、エルハを社長とする組織になっていたらしい。
しかし家族経営とはいえ齢17にしてトップに立つのは異例であり、何より彼はまだ、現役のウィザーズ選手でもある。
「面白い話をしよう」
そう言って少しだけエルハが身を乗り出す。それに釣られる形で、聞いていたアルトたちも椅子をテーブル側に引き寄せて前かがみになった。
「というか知っている人は知っているだろうけど」
一呼吸置き、真面目な顔になって彼は語る。
「コルボー家の男子は代々、『2月20日に生まれ、18で結婚し20までに子をもうけ、25で家業を継ぎ、50で表舞台から退くと還暦で他界する』──。
そんな、あたかも定められたかのような運命の上で生きている。理由は分からないけれど、父さんもそうだったし、祖父も、その祖父もそうだった」
アルトは何か途方もない話をされたかのような感覚に陥った。
皆とともに、そんなことあり得るのかと懐疑的な視線をエルハにぶつけてみるが、彼は飄々と話を続ける。
「嘘みたいだろ。本当なんだぜ。だって記録として残ってる。まあ、なんだ。呪いみたいなのじゃない。実は『発展のメソッド』なんだと僕は思ってる。【コルボーワークス】という会社を大きく発展させるためのメソッド。僕たちコルボーの家にだけ刻み込まれた習性と呼んでもいいだろう」
「でも」
思わずセクレタが口を挟んだ。
「コルボー先輩はもう社長、なんですよね……?」
「ああ。僕は自由やりたいからな。習性なんか無視してやって、先に社長になった」
運命に喧嘩売ってるんだよ、と彼はまた笑う。
「決められた生き方なんてものはない。僕が決める。だから結婚もしないし、今の今まで彼女なんか出来たためしがない」
ただモテないだけかもしれないけど。
付け加えられたそんな一言に一同が笑みを浮かべた中、ひとり。セクレタ・アーシスはまんまるい目を見開いて、その茶色い瞳は星を宿したかのように、輝いた。
「決められた生き方なんて……」
呟くよりも小さく反芻された言葉に何の意味があったのかは本人にしか分からない。
エルハは彼女に一瞬目に留めるものの、その後何事も無かったかのように話を結びに持っていく。
「社長になったのはそういうことだ。反抗期だよな、うん。もっとも仕事の大半は父さんに丸投げしてるけどね。まだウィザーズやりたいし」
へぇ、と間抜けな感嘆の音がアルトから漏れ、エルハの視線はそちらに向かった。
「なあアルト・ライン君」
「………俺ですか?」
「月並みな問いだが、君の目標、あー、夢って何なんだ。引く手あまただろうに、なぜこの学園に来たのか知りたいんだが。聞かせておくれよ」
その瞬間だけ食堂内の音が一切消えたように、アルトは錯覚した。
他のグループの話し声。笑い声。椅子を引く音や厨房で昼食の準備を始めた調理師たちが立てる音すらすべて。
消えるはずがない。事実1秒もしないうちにまたその音は彼の耳に流入しはじめた。だが同席していた者たちも、近くでひっそりエルハの言葉に聞き耳を立てていた他のグループも、アルトの返答が気になるらしくほんの僅かな無言の間を生み出していた。
「え、っとですね。夢とか目標とか」
ポリポリと頭をかき、黒縁のメガネを指で押し上げ、彼は言う。
「そういうのはまだ分かんない、です。無いというか。うん、無いです」
「じゃあなぜアヴァラルドじゃなきゃいけなかった?」
「責任って言うか」
「………ほほう?」
「俺……変じゃないですか。『杖』いらないし。詠唱とか無くて」
「ああ。全くその通り」
「ここが最高峰の魔法学園なら。俺のこの力……自分でも分かってないんです、けど、解明てまきたら学園のためになるかもしれない。俺はここで学んでより強くなれるし、そうすれば誰かの役にも立つかもしれない。変な力持ってるなりの責任です。面接でもそう答えました」
続きがあると思い口を噤んだままだったエルハだが、アルトの言葉はそこで終わりだった。
じわじわと何かが伝播するように時間をかけ……やがてエルハはのけぞり、大口を開けて笑った。豪傑笑いよろしく、その大きな音が食堂内を響き渡る。
そして、告げる。
「君、不遜だなぁ!」
道化じみたわざとらしい言い方。
顔は、笑っていなかった。
「まず前提としてだ」
聞い聞かせるように、一本指を立てて最強は語る。
「この学園に来るのは。よし誰かの役に立つぞというような良い子じゃない。社会に出てみんなを幸せにする歯車候補生じゃない。最強の魔法使い、ウィザーズで勝って勝って勝ちまくって、人を魅了し続ける圧倒的な『個』を目指すヤツらさ」
静かだった。
エルハの口を借りて出る正論が、その空間を支配する。
「役に立ちたい。そんな言葉が出るのはね、アルト・ライン。君が自分のことを『最強だと思ってるから』なんだ。君は既に先の先を見てるってことになるし、言い換えれば、『お前らなんか眼中にない』っていうふうにもとれる」
「……俺は、そんなこと」
「思ってないわけない。無杖無詠唱はスゴいんだから。あぁ正直に言う、間違いなく君は最強に近い。君もそれを知ってるし、だから回りの人間を見下してて、それがバレないようにオドオドしてる」
「……………そんなこと」
「じゃなきゃ責任なんて言葉出るわけ無いだろ。だって君の言う責任は『強さ』に対する責任なんだから」
「……………」
「つくづく不遜だ。倒しがいがある」
にっ、と白い歯を見せ、エルハは心からの笑みを零した。少年のようなその表情は、これまでの好青年かくありきというような清々しさはなく、ただ子どものような純粋さだけが濃縮され表層に現れたようだった。
「僕は最強だから生徒会長を任された。みんなのためになれるように、と。つまりこれも強さの責任なわけだ」
「え、と」
「僕も不遜だということさ。誰かの役に立ちたいという気持ち、それが本当なら……まず僕に勝ってみろ。今その役目は僕のものだ」
「それは……ウィザーズやろうって話ですか」
「そう聞こえたかな?」
今すぐにでも彼らが立ち上がりウィザーズを始めかねない空気感に、しびれを切らしたのはルージュだった。
「エルハうるさい。座談会なんだから、せめて座ってて」
最もな言い分にエルハは肩を竦める。
「いつかやろうぜ、って話だよ。今すぐじゃない」
「言い訳がましいわよ」
「今やっても僕が勝つに決まってる。そんなの面白くないじゃん、ね」
誰も──その言葉がひょうきんな冗談であるようには聞こえなかった。
「それに多分、その驕りはすぐ消える。取り敢えずいつかウィザーズはやる。なんなら明日にでも」
「ほんとやめなさいよ、誰彼かまわず強そうな子に唾つけるの」
「うい」
アルトを一瞥すると、エルハはすまなそうな顔で
「ごめんマジで。イジワルだったよな僕」
と一言謝った。
「……いえ」
───やりたい放題な人。
アルトはそう思った。
「さ、座談会続けようぜ。何でも聞いてくれ。恋人の作り方以外なら何でも答えられる自信はあるぜ?」
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