「ノックス」

 とっくに日は暮れ煌々とした月が空の真上にかかる頃、ダリオッド伯爵邸の周りに、四人の人影があった。


「作戦はいいな?」

「ああ、任せな」


 アラン、ユラ、リオン、ロゼの四人はダリオッド伯爵邸の塀の外にいた。


「二人も大丈夫だな?」

「当然でしょ」


 店を出た時は眠そうだったロゼも、今はしっかりと目を覚ましている。


「んじゃ、行ってくるわ! 」


 ひらりと、アランが軽く塀を飛び越える。わざと衛兵に気付かれるように物音を立てながら。


「誰だ!怪しいやつめ!」

「あれ、見つかっちゃったか」


 二人の衛兵に剣を突きつけられ、わざとらしくそう言うアラン。そして剣を抜く。


「仕方ない」


 いうや否や、アランは一人に襲いかかる。


「リドル!ここは俺に任せて、ほかの奴らを呼んで来い!」

「わかりました!」


 一人が走って行ったのを見て、アランはわざと挑発するように笑う。


「さて、お前で俺を倒せるのか?」



⎯⎯一方


 剣戟の音を静かに聞いていた外の三人も動き出していた。


「さて、そろそろ私の出番か?」


 黒装束に身を包んだユラが不敵に笑う。


「もう行っていいよ」


 ロゼの一言を合図に、ユラも立ち上がった。



⎯⎯キンッ!


 金属同士がぶつかり合う音がして、一人の衛兵の剣が弾かれる。


「何者だ!」

「答える義理はないな」

「仲間はいるのか!」

「さあ?」


 すでに相手をしている衛兵の数は十を超えている。それでも飄々としているアランに、初めにアランを発見した衛兵は、違和感を覚えていた。

(なんだ?何かおかしい・・・)


「先輩!」

「ッ!」


 ガキンッと間一髪のところで上から来た一振りを防ぐ。周りを見れば彼の同僚が全員地面に倒れていた。幸い死んではおらず気絶しているだけだ。


「どうした?お前の相手は俺だぞ?」


(こいつ・・・、さっきから!)

 そこでふと彼は思い至った、もしかしたら彼はわざと挑発しているのではないかと。


(もしや、他に仲間がいるのか!?仲間を侵入させるためにわざと俺たちをここに縫い付けて・・・)


「おい!もう一度聞く、仲間はいるのか!?」

「当ててみろよ」


 アランが再び挑発的に笑ったその時。


「もう一人侵入者がいたぞ!屋敷の中だ!」


 遠くから声が聞こえたその瞬間、アランが苦虫を噛み潰したような表情になったのを見て、衛兵の彼は自身の予測があっていたことを確信した。それと同時に、目の前のこの男の目論見が失敗したことも。そうのだとも知らずに。


「チッ、悪いが俺はここで帰らせてもらうぜ」


 その確信を裏付けるように、アランは再び塀を飛び越えて出て行った。


(急いで屋敷内に戻らなければ!)


 あの男に伯爵邸の衛兵の四分の三が倒されてしまったのだ。今屋敷の中では人が足りていないはずだ。そう思い、衛兵は慌てて走った。



⎯⎯「待て!」


 怒号の中を、ユラは逃げ回っていた。


「待てと言われて止まる奴がどこにいる」

(アランがいい仕事をしてくれたようだな)


 予想以上に追っ手が少なく、ユラはせっかく準備した煙幕弾が使えなくて残念がっていた。


 そこにアランの相手をして唯一まだ動けた衛兵が合流する。


「おい!さっきのやつは捕えたのか!?」

「さっきのやつはそいつが侵入するための囮だ!」

「そういうことか!」


 どこかから聞こえた声に、ユラはアランの撤退を知る。


「次は私に掛かっているという訳か。面白い」


 そう呟いてユラは速度を上げた。鬼ごっこはこれからだ。



⎯⎯その影で


 ロゼとリオンは、ユラがぞろぞろと衛兵を引き連れて走り去っていくのを、曲がり角の死角から見ていた。


「あれだけ騒いでたら、さすがに気づかれないでしょ」

「僕たちも行きましょう」


 遠くから聞こえる喧騒を気にせず、二人は静かに廊下を歩く。


「ここか」


 執務室と書かれた扉を開け、ロゼたちはその部屋へ侵入した。そして、手当たり次第に棚、引き出し、本棚を漁り出す。鍵のかかっているところは、丁寧に針金でピッキングする。


「どう?ある?」

「今のところはないですね」


 バサバサと棚から出てきた物を全部机の上に投げるロゼ。一方でリオンは一個一個丁寧に戻していた。


「ないね」

「ないですね」

「じゃあ寝室の方か」

「ですね」

「行こう」


 二人が立ち上がったその時。


 ガチャ。


「ひっ! だ、だれッ、かぁ・・・」


 運悪く入ってきてしまったメイドは、声も立てられずに気絶させられてしまった。その後ろにはリオンが白い手拭いを彼女の口に当てている。


「反応が早くなったね」

「ありがとうございます。彼女、どうますか?」

「後でどこかに寝かせておこう。運べる?」

「問題ありません」


 答えながらリオンは、お姫様抱っこなんていう優しいことをする訳がなく、容赦無く肩に担いだ。



⎯⎯七分後


「この・・・、ちょろまかと! 」


 まだ衛兵に追っかけられていたユラは、突き当たりの窓が開いているのに気づく。

(おっ、いけたのか!じゃあこの鬼ごっこも終わりだな)


「悪いね。目的は達成できなさそうだし、逃げさせてもらうよ」


 そんな誤解させるようなセリフを吐きながら、その窓から飛び降りた。


「なっ!?」


 後から慌てて下を覗き込んだ衛兵たちだったが、人影は一つも見つけられなかった。


 だが、彼らの真上にあたる屋上には、ユラ、ロゼ、リオンの三人がいた。


「ありがとう」

「いえいえ」


 そう言ってロープを回収するリオン。あのときユラは飛び降りたのではなく、すぐ横に取れ下がっていたロープを掴んで、壁を駆け上がってきていた。その後に下を覗く衛兵たちが見つけられる訳がない。


「ものは回収できたのか?」

「うん、ちゃんとあったよ」


 ほら、と見せるロゼ。


「じゃあ目的は達成したし、帰るか」


 トン、とユラが屋根から飛び降りたのにリオンとロゼも続く。三人は正門側に降りたが、門番もこの騒動に駆り出されていない。まだ騒然している屋敷をあとに、三人は優雅に正門から出て行った。



⎯⎯その次の日


「いらっしゃいませ」

「ケーキとコーヒーですにゃ」

「もちろん、当店のコーヒーは全て厳選した物を使用していますわ」


 いつも通り賑わうカフェ・ルミエールで四人の紳士がこんな話をしていた。


「そういえば、今日驚くことを耳にしましてね。ダリオッド伯爵が奴隷売買に関与していたという話なのですが」

「ええ、私も聞きました。今朝査察隊が踏み込んだのだとか」

「帳簿があったらしいですね」

「ええ、全てダリオッド伯爵の直筆で事細かく書かれていたらしいですよ」

「なんと、ではもう言い逃れはできなさそうですね」

「明日には伯爵ではなくなっているかもしれませんよ」

「当然でしょう」


「まあ、それも我々には関係のないことですよ。それよりも、先日デビューしたルベリー家のご令嬢の噂、みなさんお聞きになられましたか?」


「ああ、もちろん」

「『海姫』のことでしょう?」

「ええ、すでに求婚者が絶えないらしいですよ」

「それはそれは。私はまだお目に懸かれていませんが、さぞかし美しいんでしょうね」

「それがですよ、私昨日とうとうかのご令嬢に・・・⎯⎯」


 三日後、ダリオッド伯爵が人身売買の罪により貴族位が剥奪され、全財産が差し押さえられたことが、全国民に知らされた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜と闇と光の狭間で @fuyuno-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る