第4話 私の天使
「ううぅ、ひっくっ……」
彼女の肩を抱くようにして背中をさすり続けていると、少し彼女が落ち着いてくる。
「
「あの時、私が死んだ夫ではなく生きている娘を抱きしめることができていれば……そう思えてならないのです」
「そうできていれば違う現在があったかもしれないことは否定しません。それでも真尋ちゃんは今の状態からこれから先の彼女自身の人生を歩んでいかなくてはならないのです」
「そのための手段が催眠療法ということですか?」
「そうなります。一旦クッションとして家族がこれからも続いていくと信じられれば……彼女にとっての父親が今もいると思えれば、時間をかけて乗り越えていく未来が見えてくると思うのです」
二人でしばらく黙り込む。
「ぶしつけですが、お一人でこの娘さんの面倒を見るのは大変では? 配偶者を無くされたばかりの貴女に聞くべきことでないのは分かっていますが再婚のご予定はありますか?」
「ありません。あの子には父親を
「お気持ちは分かります。ですが、このままでは貴女が一人で頑張ること自体が父親の不在を強調し、真尋ちゃんのトラウマを刺激するという悪循環になってしまうのです」
「そんなことを言われても! 私はどうすればいいんですか!!」
彼女が声を荒げる。それはそうだろう、自分だって良識を疑う話を今からするのだ。
「偽装家族でもいい、偽物でもいいので真尋ちゃんにお父さんを作ってあげることを検討して貰えませんか?」
「そんな、私は彼を……夫を愛しています。忘れることなんてできません」
「だからこその提案です。偽装でいいのです。私が真尋ちゃんの父親に、パパになることを許してもらえませんか?」
言ってしまった……もう後戻りはできない。
「……私はもう自分のことはどうでもいいのです。ただ娘の……真尋の未来に影を落とさないのであれば……」
「それであれば、私が彼女の主治医として、そして貴女のご家族となり……貴女と真尋ちゃんを治療する上で必要なことです。どうか、私に貴女と真尋ちゃんの人生をお任せいただけないでしょうか?」
「分かりました……先生、どうかあの子をよろしくお願いします」
「違います。貴方のことも大切にしますから……」
私は彼女の手を握り正面から目を見つめる。
「そ、そんな風に言わないでください……先生のことは本当に立派な方だと思っています。ただ、私にはまだあの人を……
ここが……今がこれから先、私が自分の天使とずっと一緒にいられるかの
私は彼女の手を握る。
「あなたを幸せにしたいんです。あなたの娘だから……真尋ちゃんのことをどうにかしようと頑張ってきました。あなたの荷物を一緒に背負わせて下さい」
彼女の目が潤んでいる。
「
泣いている彼女の背中を撫でるために隣に座って背中に手を回していた。その手をぎゅっと抱きしめるようにして彼女の腰に回す。強く、強く抱きしめる。
「すみません……医者としては失格かもしれないですけど……好きです」
そうして私たちの影は一つになった。
…
……
………
「パパ、急がないと遅刻しちゃうよ!」
中学生になった真尋は健康で美しく育った。
今ではあの頃の暗さはみじんも感じられない。妻の実家との関係も私と妻が結婚したことで改善し、祖父母からも可愛がられている。
長い黒髪を一つにまとめてポニーテールにして今日もテニス部の朝練に行くのだという。
「真尋、そんなに引っ張ったら転んじゃうって」
「もう、精神科医っていっつも座りっぱなしだからそんな風になっちゃうんだよ。今度一緒にテニスしよう。私が天国に連れていってあげるから……たっぷり搾ってあげる」
「ひぇっ、勘弁してよ。もう若くないんだから」
「もう、いつまでも若いパパでいてよね」
中学生になった私の天使との朝の
「あらあら、仲が良いんだから……はい、二人ともお弁当」
美しい妻と天使のようにかわいい義娘。
私は幸せに包まれていた。この一瞬のために生きているのだと思えるほどの充実感と幸福感が私を満たしている。
そして、私の天使には絶対に幸せな人生を送らせてあげたいと思うのだ。
(完)
8歳の天使に恋をしたので母親と結婚して幸せにする みどりの @badtasetedog
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