第57話  リカルドの帰還

 リカルドは、長い長い時間を落下してしていくような感じがした。

 着地した所は、見たことのある場所だった。

 でも、少し、雰囲気が違う。


<また、あなたですの!? つくづく、わたくしの巣がお好きなのですね!?>


<奥方!? ってここは銀の森!?>


<そうですわ>


風の奥方は、深く溜息をついた。


<今、イリアス様をお呼びしますわ>


<!? イリアスってあの銀髪の神のことか? アンナは無事に帰れたんだよな?>


 久しぶりに見た風の奥方は、半透明ながら妖艶さが増していた。

 リカルドは、ちょっと見惚れてしまった。


<じゃあ、アンナに会いに行ってくらぁ!!>


リカルドは風の奥方の巣を離れようとすると、奥方に止められた。


<お待ちなさい。イリアス様がもうすぐ、いらっしゃいましてよ> 


<アンナに会う方が先だぜ!!>


<アンナ様は、ずいぶん待ってましたのに>


<えっ!? えっ!? えっ!! 何!? 何!? 何!?>


 リカルドは、パニックである。


<ルナシエ歴の三百五十五年ですわ、西域では、カスパールという国が砂嵐で滅んだそうですわ>


<カスパールが滅んだって……俺は、もとの時間軸に帰って来たのか? アンナは? アンナは天界から帰れたのか?>


<アンナ様は元の時代に帰られました。イリアス様と共に……>

 

<俺だけなんで、五百年も飛んでるんだよ!!>


 奥方は、再び大きく溜息をついた。


<それについては、イリアス様がお答えしますわ>


 リカルドは樹の下を見た。

 銀色に光る、天界で見た神がそこにいた。

 聖なる光の神は、風の奥方の巣まで浮き上がってきた。


『そなたが、西域の砂漠で理不尽に暗殺された王子とはな……

そなたを、守護する風の精霊が力加減を誤って、五百年の過去に魂だけを飛ばしたのだ。身体が無かった故に、精霊にするしかなかったのだ』


<それで!?>


『そなたの故国、カスパールは砂嵐に巻き込まれて全滅した』


<兄上や、民は?> 


『全滅だと言っただろう……オアシスと契約していた精霊が、同時に加護していた王子のために無茶な力を使って消滅したのだ……仕方あるまい』 


 リカルドには、もうどうでも良いことだった。

 たが、望むことは一つだった。


<だったら、元の時代に帰してくれ!! あの時代が良いんだ!!>


『人間の記憶がありながら、ずいぶん精霊らしくなったものよの』

 

 神は、笑ってアンナレッタの後の生涯のことをリカルドに語り始めた。 

 アンナレッタは、後にエル・ロイル家を継ぎながら、冒険者ギルドにも登録し、魔族討伐に積極的に参加していたという。

 パーティー仲間の魔法使いとの間に二児を儲けたと。


<そんな事を聞いても俺は嬉しくないんだよ!! 帰せ!!>


『アンナレッタのその後の人生に、そなたはいないのだ。そなたをこの時間軸に戻すことは、創世神の願いでもあるのだ』


イリアスは、パチンと指を鳴らすとなんとリカルドの身体が現われた。


<!?>


「天界で、時間を遡ったら、カスパールの第二王子の肉体を手に入れたのだ。死なせるには惜しい風の使い手だ。どうだ? 人間に戻りたいであろう?」


リカルドは、躊躇った。もう五百年の時空を超えることは無理なのだ。

イレギュラーなことだったのだ。


『人間に戻って、学び舎で学ばぬか? 良き魔法使いとなるだろう』


<魔法使い……>


『アンナレッタのことは忘れろ。そなたは人として生き直すのだ』


<い……嫌だ!! アンナのことを忘れるくらいなら、このままで良い!!>


リカルドの本気の想いを、イリアスは受け止めていた。 


『良いのか、若僧の精霊で? 誰かと契約が必要なのだぞ』


<それでも良い!!>


イリアスは、風の騎士のことを奥方に託すと、リカルドの肉体を持って、姿を消した。


<奥方、アンナは何処にいるんだ?>


リカルドは、風の奥がに聞いた。


<一族の方々の眠る墓地ですわ>


リカルドは、古い墓所でアンナレッタの名を見つけて、いつまでも大きな声で泣いていた。



(完)




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アンナレッタと風の騎士/光の神殿が消えた件 月杜円香 @erisax

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